バイデン米政権のアフガン政策に批判高まる

バイデン米政権のアフガン政策に批判高まる 米世論は変わるのか
https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-58227157

『2021年8月16日
ボーア・デング、サム・ファルザネ、タラ・マケルヴィー、BBCニュース(ワシントン)

Hadia Essazada
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アフガニスタンからアメリカへ亡命したハディア・エッサザダさんは、過去のトラウマと未来への不安に苦しめられている

アフガニスタンの反政府勢力タリバンは電光石火で国中を席捲(せっけん)し、15日にはついに首都カブールに入り大統領府を押さえた。その猛攻を受けてアメリカでは、軍や政界、アフガニスタン系アメリカ人の間で、駐留米軍を急ぎ撤退させたジョー・バイデン大統領への批判が高まっている。しかし、国民の大多数は、バイデン大統領の判断を支持しているようだ。今のところは。

ハディア・エッサザダ氏は、タリバンが自宅にやって来たときの恐怖体験を語り、涙した。タリバンはまず父親を殴打し、続いて彼女の兄を殺した。

「兄を探していたので、まず父を鉄の棒で殴った」のだと、エッサザダ氏はBBCペルシャ語に話した。彼女の兄は、1990年代にタリバン支配に抵抗して戦った闘士だった。

家族は北部マザーリシャリーフの自宅からいったん逃げ出したが、「6カ月後に自宅に戻ると、タリバンがまたやってきた。そして弟を連れ去った」のだという。

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「それから何日かして、近所の商店主が父に、弟が殺されたと告げに来た」

タリバンはエッサザダ氏の弟を処刑し、市中でその遺体を引きずって回った。親族は何週間も遺体を引き取ることが許されず、許されたころには遺体はすでに野犬にひどく痛めつけられていた。

20代になったエッサザダ氏は現在、アメリカで暮らしている。タリバンが再びアフガニスタンを支配するようになった今、アフガニスタンとアメリカ両国の安全が心配だと言う。
「タリバンは何も変わっていない」とエッサザダ氏は言い、今後はタリバンがかくまう武装勢力が欧米を標的にするはずだと予測する。「本当にまたアフガニスタンに戻りたいんですか?」。

離脱を約束したバイデン氏
アフガニスタン情勢についてハリス副大統領や国防担当チームと協議するバイデン大統領(ホワイトハウス提供)
画像提供,TWITTER @WHITEHOUSE/HANDOUT VIA REUTERS
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アメリカ最長の戦争を終わらせるというバイデン大統領の決定は、20年間の苦労と犠牲を無駄にしたと、批判の声が出ている。人道危機をもたらし、アメリカの信頼を損なったと。

とりわけアフガニスタン紛争に直接かかわってきた多くのアフガニスタン人やアメリカの軍人や政治家は、カブールの政府が自分たちだけで国の安全を守れるという大統領の見解を、以前から疑問視していた。

バイデン氏は、アフガニスタンから離脱させるという長年の約束を実現すると決めた。15日の首都陥落を受けて、果たしてアメリカの有権者はその決定をまもなく後悔することになるのか、様々な観測が飛び交っている。

US helicopter over Kabul, 15 August
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米政府は在カブール大使館員の避難を急いだ。その様子に大勢が、1975年のサイゴン陥落(下図)を連想した(写真は15日、カブール上空を飛ぶ米軍ヘリコプター)

Saigon evacuation in 1975
画像提供,REUTERS

米軍を撤収させるというバイデン氏の判断は、意外なものでは決してない。バラク・オバマ政権の副大統領だったころから、バイデン氏はアフガニスタンでの軍事作戦は限定的なものであるべきだと力説していた。

デラウェア州選出の連邦上院議員だった2001年には、アフガニスタンでの軍事行動を認める満場一致の採決に、バイデン氏も賛成した。しかし2009年に当時のオバマ大統領が増派を決めた際には、それに反対している。

オバマ政権の国家安全保障会議(NSC)の一員だった元外交官のブレット・ブルーエン氏は、「アフガニスタンについてバイデン氏の姿勢は、はっきりしていた」とBBCに話した。「とっとと出るべきだと言っていた」。

バイデン氏は当時からアフガニスタンから離脱するべきだと力説し、時には自分自身の個人的な問題として周囲に訴えかけたとブルーン氏は言う。「そうやって会議に出ている全員を説得しようとした」。

大統領候補となった2019年、バイデン氏は有権者に、自分の息子は軍人として戦地に行った、そういう子供を持つ親が大統領になるのは、1950年代のドワイト・アイゼンハワー氏以来だと繰り返していた。

オバマ政権初期のアフガニスタン特使だったリチャード・ホルブルック氏は、バイデン氏が怒る様子を回顧録に書いている。「(アフガニスタンの)女性の権利のために命を危険にさらすような、そのために自分の息子をまたあそこに行かせるつもりはない(中略)そのためにいるんじゃない」と、バイデン氏は語気を強めたという。

しかし、人の親としての視点よりも、外交政策にかかわった長年の経験こそがおそらく、アフガニスタン情勢に対するバイデン大統領の見方を形成したのだろうと、ブルーエン氏は言う。

「こういう紛争をあまりにたくさん経験してきた人なので。ヴェトナムとイラク戦争だけでなく、コソヴォもグレナダも。こういう厳しい事態を前にして、ある種の冷静さや、ある種の疲弊感が、あの人にはあるのだと思う」

大統領選に向けた2020年、バイデン氏は米CBSニュースに対して、米軍がアフガニスタンに残る理由はただひとつで、「タリバンやISIS(イスラム国)やアルカイダが、あの国に拠点を再構築できないようにするため」に目的を限定すべきだと話していた。

それは実現できなかった。15日にタリバン戦闘員はほとんど無抵抗の首都に入った。アメリカや同盟諸国はぎりぎりまで、職員を飛行機で脱出させようと大わらわだった。

カブール国際空港から出国しようとする人たち
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タリバンが首都を包囲してから数時間のうちに、カブールのカルザイ国際空港は民間機の発着を停止した。カブール郊外にある国内最大の刑務所でも、警備していた治安部隊はタリバンに降伏した。

これに先立ちバイデン氏は14日、「アメリカや同盟諸国の人員が、秩序だって安全に出国できるよう、駐留中に我々を助けてくれたアフガニスタン人や、とりわけタリバンの脅威にさらされている人たちが、秩序だって安全に避難できるよう」、米兵約5000人を現地に派遣する決定を余儀なくされた。

初期の兆候
今月初めにマスコミにリークされた米情報機関の分析は、欧米が支援するアフガニスタン政府は米軍撤収から90日以内に崩壊する可能性があると警告していた。

ドナルド・トランプ前大統領はバイデン大統領を、「弱い、無能、戦略的にまったくちぐはぐ」だと非難し、辞任を要求している。しかしそもそもは、米軍撤収計画を練り上げてタリバンと交渉し、昨年2月の時点で今年5月に撤収すると合意したのはトランプ政権だったため、トランプ氏自身も現状について部分的に責めを負うべきだという指摘もある。

バイデン政権の撤収計画に対する反論は、すでに数年前に出ていた警告にも通じる。

2009年にアフガニスタン駐留米軍のスタンリー・マクリスタル司令官(当時)は、バイデン氏が示す駐留部隊削減案は成功するか尋ねられて、「端的に言って、ノーだ」と答えていた。

今年7月2日に米軍が撤収して以降、タリバンはあっという間に全国を制圧した。その様子から、マクリスタル氏の予測は正しかったことが分かる。

カブール市内の位置関係
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マクリスタル氏の後任司令官になったデイヴィッド・ペトレウス退役将軍はBBCに対して、「現状はもちろん、ひたすら悲惨だ」と話した。

「決定をそっくり覆すべきだ。(撤収の)決定を後悔することになると心配したし、すでに後悔している。深刻な間違いをしてしまったとアメリカや同盟各国が認めない限り、良い結末はありえない」

2009年にパキスタンの駐米大使だったフサイン・ハッカニ氏はBBCに、「(バイデン氏は)常々、『我々はアルカイダと戦っているのであって、タリバンではない』と言っていた。私はそれは、おめでたい発想だと常に思っていた」と述べた。

アフガニスタン系アメリカ人のシェール・ホサイン・ジャゴリ氏は、2003年に米軍通訳をしていた際に、腕を失った。

今ではアメリカ市民となったジャゴリ氏は、米軍の撤収に激怒している。バイデン氏は「アフガニスタンの人たちをタリバンの手に放り出した」とBBCペルシャ語に話した。

「自分はもう米政府を信用しない。妻と息子はバイデンに投票したが、私はやめておけと言った。私が正しかったと、2人も今になって認めている。2人はもう二度と投票しない」
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タリバンの支配から逃れようと……アフガン首都で混乱 空港や銀行に市民殺到

一方で世論調査では、米軍撤収は常に高く支持されている。20年にわたる人命と資金の犠牲、繰り返された撤退の約束に、アメリカ人は疲れ果てているのだ。

オバマ氏は在任中、撤収を約束した。大統領候補としてトランプ氏は「果てしない戦争」を再三再四、批判し続けた。トランプ政権は今年5月1日を撤収期限として、タリバンと合意していた。

シカゴ大学ハリス会議によるわずか1カ月前の世論調査でも、回答者の7割以上が、バイデン氏による米軍撤収を指示していた。

しかしそれは、タリバンによる電光石火の急進撃の前のことだ。

現地の情勢が変化し、かつて米軍に協力したアフガニスタン人が処刑されたという情報に元米兵たちは衝撃を受けている。かつて連合軍が守っていた地点はタリバン戦闘員に占拠され、様々な支援団体が人道危機がやってくると警告している。

こうした状況ですでに、1975年との比較が続いている。ヴェトナム戦争の最後にアメリカが不名誉な撤退を迫られたサイゴン陥落のことだ。

「アメリカ人は理論の上では、アフガニスタンから出たがっていた」と、ブルーエン氏は言う。「けれども実際に、タリバンが市内を車で走り回る映像や、米軍がサイゴン的に逃げる様子を目にすると、なかなかにわかには受け入れがたい状況だ」。

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アフガニスタン情勢の変化:アメリカの作戦展開とタリバンの進攻
2001年10月: 9月11日の米同時多発テロを受け、ブッシュ米政権主導によるアフガニスタン空爆開始

2009年2月: アメリカはさらに兵士1万7000人の増派を決定。NATO加盟国もアフガニスタンへの増派などを約束

2009年12月: バラク・オバマ米大統領(当時)は、アフガニスタン駐留軍を3万人増員し、計10万人に拡大すると決定。一方で、2011年までに撤退を開始すると表明

2014年10月: アメリカとイギリスが、アフガニスタンでの戦闘作戦を終了

2015年3月: オバマ大統領が、駐留軍の撤退延期を発表。アフガニスタンのアシュラフ・ガニ大統領の要請を受けたもの

2015年10月: オバマ大統領が、2016年末までは兵士9800人をアフガニスタンに残すと述べた。これ以前は、1000人を残し全軍を撤退させると約束していた

2016年7月: オバマ大統領は「安全保障上の不安定な状態」を理由に、2017年には米兵8400人が駐留すると発表。NATOも駐留を継続することに合意したほか、2020年までアフガニスタン政府軍への資金援助を続けると強調した

2017年8月: ドナルド・トランプ大統領(当時)が、タリバンの勢力拡大を受けた増派表明

2019年9月: アメリカとタリバンの和平交渉が決裂

2020年2月: 数カ月におよぶ交渉の末、アメリカとタリバンがドーハで合意に至る。アメリカは駐留軍撤退を約束

2021年4月: ジョー・バイデン大統領、9月11日までに駐留米軍を完全撤退させると表明

5月: 米軍とNATO各国軍の撤退開始

5月: タリバン、南部ヘルマンド州でアフガニスタン軍へ大攻勢開始

6月: タリバン、伝統的な地盤の南部ではなく、北部で攻撃開始

7月2日: カブール北郊にあるバグラム空軍基地から、米軍やNATO加盟各国軍の駐留部隊の撤収完了

7月21日: タリバンが半数の州を制圧と米軍幹部

8月6日: 南部ザランジの州都をタリバン制圧。タリバンが新たに州都を奪還するのは1年ぶり

8月13日: 第2の都市カンダハールを含め4州都がタリバン支配下に

8月14日: タリバン、北部の要衝マザーリシャリーフを制圧

8月15日: タリバン、東部の要衝ジャララバードを無抵抗で制圧。首都カブール掌握

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(英語記事 Afghanistan conflict: As Kabul falls, Biden backlash grows)』