屏風(びょうぶ)の数え方 : 知っていると教養人っぽい!?

屏風(びょうぶ)の数え方 : 知っていると教養人っぽい!?
https://www.nippon.com/ja/japan-data/h01096/

『「一■の屏風が、宴席に華やかさを添えた」――さて、■に入る漢字はなんでしょう。「枚」でも「個」でもありません。知らなくても生きていけるけれど、知っているとちょっと使ってみたくなる。 

屏風(びょうぶ)の「屏」は「おおって防ぐ」「さえぎる」などの意味。もともとは、風をさえぎり、外からの視線を避けるための道具だったが、平安時代の頃から屏風に絵を描くことで、芸術的な価値のある調度品として発展した。

現代の一般家庭には無縁の存在だが、高級な旅館に泊まったり、ホテルの宴会場などでは目にすることも。うっかり「素晴らしい屏風が2枚飾ってありました」などと言って恥をかかないための基礎知識。

屏風は「扇(せん)」と呼ばれる縦長の画面を6枚つなぎ合わせた「六曲屏風」が基本形。右側が「第一扇」で、左へと視線を動かすことを想定して描かれている。「二曲」「四曲」「八曲」と画面の数にはバリエーションがある。

屏風を数える単位は「隻(せき)」。ちなみに「隻」は単数を示す助詞で、「隻眼の武将・伊達政宗」のように、「本来は対であったものの片側」を指す言葉。

六曲一隻

「二隻」の屏風で一組になっているものを「一双(いっそう)」という。

江戸時代初期に俵屋宗達(たわらや・そうたつ)が描いた「風神雷神図」は、最も有名な屏風絵と言っていいだろう。向かって右の「右隻(うせき)=風神」から「左隻(させき)=雷神」へと視線を動かして鑑賞する。

二曲一双

京都・建仁寺「風神雷神図」(高精細複製品 / 国宝である本物は国立京都博物館に寄託されている)(PIXTA)

バナー写真 :PIXTA

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美術館』

みずほ銀行「5度目」のシステム障害

みずほ銀行「5度目」のシステム障害、原因はDBサーバーのハード故障
山端 宏実、伊神 賢人 日経クロステック/日経コンピュータ
2021.08.20
有料会員限定

https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00001/05941/

 ※ 全くの素人の勝手な「感想」だが、末端の運用要員が「やっちゃいけない”操作”を、やった。」んじゃないのか…。

 ※『業務チャネル統合基盤のDBサーバーが故障した』…。

 ※RDB(リレーショナル・データベース)って、”作法に則った操作”を行わないと、DB自体が”破損”して、正常に動作しなくなる…、と聞いたことがある…。

 ※ 確か、言語自体SQLとか使うんじゃなかったか…。

 ※『4件のシステム障害を受けて、第三者委員会が2021年6月にまとめた報告書は「MINORIの構造、仕組み自体に欠陥があったのではなく、これを運用する人為的側面に障害発生の要因があった」と結論付けた。』…。

 ※「これを運用する人為的側面」って、何だよ…。

 ※ 要するに、末端の運用要員の「誤操作」ってことじゃないのか…。

 ※「担当ベンダーは富士通で、同社のLinuxサーバー上で動作する。」…。

 ※ お安く上げようと考えて、「Linuxサーバー」を使ったはいいが、末端の運用要員まで、キチンと「Linux使い」になっていたのか…。

 ※ この業界、「下請けに丸投げ」が横行しているからな…。

 ※ しかも、「下請けの下請けの下請け…。」になっているのが、現状らしい…。

 ※『今回のシステム障害に関し、富士通は「お客様のシステムのことについては回答を控える」(広報IR室)とコメントした。』とか、お高く構えていられる立場にあるのか…。

 ※ それとも、度重なる「トラブル」を受けて、富士通側では「責任を負わなくても済む」契約内容に、改訂でもしたのか…。

 ※ 末端の運用要員は、みずほ側で「確保・調達する」とかなんとか…。

 ※ まあ、そんなところクサイ話しだな…。

 ※ 『NTTデータ・NECが震撼、日本のソフト開発費が「安過ぎ」て海外下請けが脱走
https://diamond.jp/articles/-/278146?utm_source=wknd_dol&utm_medium=email&utm_campaign=20210821 』

『NTTデータ、NECと縁の深い大連で
下請け中国企業が逃げ出している

「『もう日本向けの仕事はやめたらどうですか。中国テンセント向けなど、もっと割のいい仕事が山ほどありますよ』。そう中国のパートナー企業の経営者に言われました」

 ソフトウエアのオフショア開発会社、大連プロックスソフトウェアを経営する若狭谷亘氏はこう苦笑いした。同社は国内企業からの発注を受け、中国・遼寧省大連市の拠点でソフトウエア開発を行っている。開発には自社エンジニアに加え、中国のパートナー企業とも連携している。

 パートナー企業とは平たく言えば「下請け」だ。つまり若狭谷氏は中国の下請けから、「日本の仕事は割に合わない」と言われたわけだ。若狭谷氏は近年、中国の下請け探しに苦労しているのだという。

 大連は1990年代から、日本企業を顧客とするオフショア開発を中核産業としてきた。NTTデータやNEC、日立ソフトウェアエンジニアリング(現日立ソリューションズ)といった、日本の大手企業を「お得意さま」とし、中国の大都市の中でもひときわ、日本とつながりが深い。日本語をよく理解し、日本企業の要望に応えられる開発企業やエンジニアが多いことで知られている。

 ところがその大連で近年、日本企業との取引を敬遠する動きが広がっている。これはNTTデータやNECといった企業にとって、さらには日本のIT業界全体にとって、由々しき事態である。(※ 無料は、ここまで。)』

 ※ こういう話しも、ある…。

※ Windowsベースのサーバーだと、こういうGUI画面で操作できる…。

※ しかし、Linuxベースだと、全部が全部そうはいかんだろう…。

『みずほフィナンシャルグループ(FG)は2021年8月20日、傘下のみずほ銀行とみずほ信託銀行で8月19日から20日に起こったシステム障害に関し、都内で記者会見を開いた。障害の原因は、営業店や行内端末と勘定系システムをつなぐ「業務チャネル統合基盤」のデータベース(DB)サーバーのハードウエア故障にあった。

関連記事:
みずほ銀行でシステム障害、全463店舗で取引できず

 みずほFGによると、業務チャネル統合基盤のDBサーバーが故障したのは8月19日午後8時57分。詳細な原因は調査中だが、「かなり複雑な壊れ方をした。冗長構成のバックアップ機器への切り替えは機能したが、(バックアップ機器に)故障が波及したようにみえる」(みずほFGの石井哲執行役デジタルイノベーション担当役員兼IT・システムグループ長兼事務グループ長)。

 結果的に復旧作業に時間がかかり、翌20日の営業開始に間に合わず、全463店舗で店頭における取引を受け付け・処理できなくなった。同日午前9時45分に融資や外為の一部を除いて店頭での取引の受け付けを再開し、午前11時58分にシステムが全面復旧した。

関連記事
みずほ銀行システム障害、一部取引を除いて再開

業務チャネル統合基盤は富士通が担当

 業務チャネル統合基盤は新勘定系システム「MINORI」への移行に歩調を合わせる形で導入した。担当ベンダーは富士通で、同社のLinuxサーバー上で動作する。今回のシステム障害に関し、富士通は「お客様のシステムのことについては回答を控える」(広報IR室)とコメントした。

みずほフィナンシャルグループにおけるシステム構成の全体像
(出所:みずほフィナンシャルグループの資料などを基に日経クロステック作成)
[画像のクリックで拡大表示]』

『MINORIを巡っては、2021年2月から3月にかけて、2週間のうちに4件のシステム障害が起こった。4件のシステム障害を受けて、第三者委員会が2021年6月にまとめた報告書は「MINORIの構造、仕組み自体に欠陥があったのではなく、これを運用する人為的側面に障害発生の要因があった」と結論付けた。

 みずほ銀行の藤原弘治頭取は会見で「第三者委員会でMINORIそのものに問題はなかったと評価をいただいている。現時点でハード障害の原因が特定されていないため、結論付けるのは早いかもしれないが、現時点で評価は変わっていないと思う」と語った。

記者会見で陳謝するみずほフィナンシャルグループの坂井辰史社長(中央左)やみずほ銀行の藤原弘治頭取(中央右)ら
(撮影:日経クロステック)
[画像のクリックで拡大表示]
 「再発防止に努めるなかでこのような事態が起こったことについて深くおわび申し上げる。役職員一丸となって内容や原因をしっかり精査し、再発防止策をさらに強固なものにする」。みずほFGの坂井辰史社長は会見でこう強調した。

 坂井社長は一連のシステム障害で記者会見のたびに再発防止を誓ってきた。しかし、顧客に大きな影響を及ぼすシステム障害を3月12日の4件目から半年を置かずに再び起こした。これまでの原因究明や再発防止策の結果に問題はなかったのか。2021年に入って「5度目」のシステム障害はみずほFGに疑問を投げかけている。』

パキスタン南西部で自爆テロで少なくとも2人が死亡

パキスタン南西部で自爆テロで少なくとも2人が死亡
https://www.aljazeera.com/news/2021/8/20/at-least-two-killed-in-suicide-bombing-in-southwest-pakistan

『(※ 翻訳は、Google翻訳)

内務省と警察によると、パキスタン南西部のバロチスタン州のグワダルで中国人を乗せた車両を狙った自爆テロにより、道端で遊んでいたパキスタンの子供2人が死亡した。

バロチスタン州での攻撃で、中国人と他の2人のパキスタン人が負傷した。爆撃の数時間後、分離主義者のバロック解放軍は、港町グワダルでの爆撃の責任を主張した。

読み続けます

パキスタンは、米国のアフガニスタン軍の撤退は「論理的結論」であると述べています
今日、米国とパキスタンの協力はかつてないほど必要とされています
何千人ものアフガニスタン人がチャマン国境を越えてパキスタンに入る
パキスタンのスタートアップは、国内最大の資金調達ラウンドを見ている
警察は、中国人労働者が3台の車両で移動しており、治安部隊に護衛されていると述べた。将校が彼を傍受しようとしたとき、攻撃者は彼のデバイスを爆発させました。

自殺爆発は、午後7時(グリニッジ標準時14:00)頃に港湾都市グワダルのイーストベイロードで発生しました。警察の声明によると、中国国民は軽傷を負った。

分離主義者の戦闘機は、バロチスタンで長期にわたる武装蜂起を行った。

この地域は、中国人が中国の一帯一路イニシアチブの一部である600億ドルの中国-パキスタン経済回廊に関連するプロジェクトに取り組んでいる重要な地区です。プロジェクトには、道路建設、発電所、農業開発が含まれます。

中国は近年、アラビア海のグワダルの深海港の開発において重要な役割を果たしてきました。しかし、経済回廊プロジェクトのために働いているパキスタン人と中国人に対するいくつかの攻撃がありました。

先月、パキスタンと中国の労働者を乗せたバスが、自爆テロ犯が車両を標的にした後、パキスタン北西部の峡谷に落ちた。アフガニスタンと国境を接するカイバル・パクトゥンクワ州での攻撃で、9人の中国人と4人のパキスタン人が殺害された。

出典:通信社 』

「金鉱の上に横たわる貧者」

「金鉱の上に横たわる貧者」―アフガンの地下資源と中国
https://news.yahoo.co.jp/byline/endohomare/20210820-00254221

『アフガン人を中国では「金鉱の上に横たわる貧者」と称するが、タリバン勝利の前から中国がタリバンと経済協力を誓い合った狙いの一つにアフガンに眠る地下資源がある。これまでの動きと現状を考察してみよう。

◆アフガンに眠る地下資源の実態

 中国の「商務部国際貿易経済合作(協力)研究院・中国駐アフガン大使館商務処・商務部対外投資経済合作司」は2020年、『対外投資合作国別(地区)指南 阿富汗(2020年版)』という調査報告書を発行した(以後、報告書)。商務部というのは中国の中央行政省庁の一つで、「阿富汗(アフハン)」は「アフガン」を指す。

 アフガンには1兆ドルから3兆ドルにのぼる地下資源が埋蔵されたままになっていると言われ、報告書では「金鉱の上に横たわる貧者」という言葉でこの状況を表現している。
  報告書によればアフガンには「鉄、フェロクロム、銅、鉛、亜鉛、ニッケル、リチウム、ベリリウム、金、銀、プラチナ、パラジウム、タルク、大理石、バライト、宝石および半宝石、塩、石炭、ウラン、石油、天然ガス」などが開発されないまま眠っているそうで、その埋蔵量は現在わかっているものでは、おおむね以下のようになるとのこと。

      図表1 アフガンに眠る地下資源の主要なデータ

『対外投資合作国別(地区)指南 阿富汗(2020版)』(中国商務部など発行)より
 コンデンセートとは、天然ガスの採収の際に地表で凝縮分離する軽質液状炭化水素のことで、天然ガスコンデンセートとも呼ばれる(常温常圧で液体)。

 まだ探査が進んいないのか、ニッケル、リチウム、ベリリウム、パラジウム…などのレアメタルの埋蔵量に関しては書かれてないが、中国にとっては魅力的なものばかりだ。中国は世界的なレアメタルの生産地ではあるものの、最近では米中覇権における戦略的物質の一つとして益々需要が高まっている。

 報告書には地下資源の分布図も掲載されている。

 中国語で書かれているので、それを日本語に置き換えたものを以下に示す。

       図表2:アフガニスタンに眠る地下資源の分布図

『対外投資合作国別(地区)指南 阿富汗(2020版)』(中国商務部など発行)より
 図表2で「新しく入札した」と書かれているが、この「新しく」は、上記分布図が作成された時のことで、この分布図がどの時点のものかは報告書には書いていない。おそらく10年ほど前にアメリカが調査した結果を参照しているのではないかと推測される。

 中国企業に関しては「中国石油」や「中冶集団」などの名前が見られるが、これらは中国独自の情報として記入したものと思う。ここでは銅鉱山に関してご紹介する。

◆アフガン最大級の銅鉱山を早くから中国が押さえていた
 実は銅鉱に関しては、2008年に中国冶金科工集団(中冶集団)と江西銅業集団が新たなコンソーシアム(共同事業体)を形成したとき、アフガニスタン政府はこのコンソーシアムがアフガニスタンの経済発展を後押ししてほしいと大きな期待を寄せていた。

 そのためアフガン最大の銅山であるメス・アイナク銅鉱山(Mes Aynak)(世界で2番目に大きい未開発の銅鉱床)に関して、アフガニスタン政府は中国に「2008年から、30年間の採掘権」を与えているが、紛争が多く開発はなかなか進まなかった。

 2016年6月2日になると、中冶集団は中国五鉱集団に併合された(鉱は中国語では石偏)。
 これは、2015年12月8日に国務院の国有資産監督管理委員会が世界に並び立つ企業を創設するための戦略的再編を行った線上にあるが、事実、五鉱集団はフォーチュン500社に選ばれている。五鉱集団は探査から高度な処理まで、サプライチェーンのすべての部分に精通した巨大企業となり、2016年にはアフガニスタン政府との契約が更新された。契約ではアフガニスタン政府への手厚い保険料やロイヤリティの支払いが約束されているだけでなく、現地で緊急に必要とされている鉄道や発電所などのインフラの建設も約束されていた。

 前述の中国商務部を中心とした「報告書」にあるアフガン地下資源分布と開発現状のマップには、「五鉱集団」ではなく、「中冶集団」の企業名があることから、このマップは少なくとも2016年以前の情報に基づいていることが分かる。

 もっとも、これも長引く紛争で実行に移されることはなかったのだが、「2016年半ば」に転機が訪れた。

◆「2016年」からタリバンと中国が取引開始

 実は2016年にタリバンにとって衝撃的な事件が起きた。

 2016年5月21日にタリバンの最高指導者だったアクタル・マンスール師が米軍によって殺害されたのだ。殺害を命じたのはオバマ元大統領。これによりタリバンを和平交渉の席に就かせようとしていた機運は遠のき、タリバン代表がその2ヵ月後の7月18日から22日まで北京を訪れ、中国に救いを求めている。

 「外国の軍隊により占領されている屈辱」を訴え、「国際会議で取り上げてほしい」と中国に要望した。

 中国がタリバン側に立って国際社会で主張してくれる代わりに、ある種の「交換条件」として「China gets an all-clear from the Taliban to mine for copper in Afghanistan(タリバンの許可を得て、中国がアフガニスタンで銅を採掘する)」

という事態にまで発展しているが、2016年における中国側からの公式発表は何一つない。
 ということは、これらは秘密裏に進行していたことになり、このときタリバンは「中国に30億ドルの鉱山プロジェクト再開の許可を与えた」と言っているが、アフガニスタン政府は、「過激派グループがほらを吹いているだけだ」とせせら笑っていた。このときメス・アイナク銅山がある地域は、タリバンが支配していたようだ。

◆運搬手段は「一帯一路」のインフラ投資につながる
 問題は地下資源を採掘しても、それを如何なる交通手段で運搬するかということである。

 パキスタンやアフガニスタン一帯は山だらけなので、パキスタンとは「パキスタン回廊」とまで呼ばれるまでに至るほど、「一帯一路」によってインフラが整備され物流に困難をきたすことはなくなったが、アフガニスタンには紛争が絶えないためにインフラ投資をするまでに至ってない。

 2008年にメス・アイナク銅山の採掘権を30年間獲得した時に、中国冶金集団公司がアフガニスタンで南北貫通鉄道を作る話を具体化しようとしていた。

 たとえば2010年9月にはAgreement signed for north-south corridor(南北回廊に関する協定を締結)が成され、アフガニスタン政府のワヒドゥラ・シャハラニ鉱山大臣と中国冶金集団は、カブールとウズベキスタン、パキスタンを結ぶ鉄道の詳細調査を行う契約を締結している。

 また、2011年10月にはConstruction on Kabul-Torkham Railway to Start Soon, Ministry of Mines Says(カブール~トーカム間の鉄道建設が間もなく開始されると鉱山省が発表)といったニュースもあったが、それらは全て、2016年の「タリバンと習近平政権」の水面下の話し合いまで待たなければならなかった。

 その「水面下の話し合い」が表面化したのが、8月15日のコラム<タリバンが米中の力関係を逆転させる>で書いた今年7月28日の天津におけるタリバン代表と王毅外相の会談である。

 ことのき中国が突如タリバンに接近したと思ったら大間違いだ。

 地下資源開発、特に銅の採掘において、中国は長い年月をかけて用意周到に時期が来るのを待っていただけなのである。

◆駐アフガンの中国大使館が撤収しようとしなかった事実

 その証拠に、タリバンの快進撃が始まった8月半ば、アメリカ大使館を始めとして多くのNATO側諸国の大使館が慌ただしくアフガニスタンから撤収しようとしていたのに対して、中国大使館とロシア大使館は微動だにしようとしなかった。

 タリバンによって守られることを確信していたからだ。

 この事実に注目している人は少ないが、これこそが「タリバンの背後に中国あり」を如実に示す、何よりの証左なのである。

◆2016年にもう一つの「交換条件」か?

 2016年におけるタリバン訪中に始まり、その年に行われたインフラに関する商談に至るまで、中国はタリバンとの接触に関して一切公表しないのだから、ここからは「推測」となる。

 中国の動向をじっくり見ていると、2016年あたりから中国における「テロ活動」が急激に減少していることに気が付く。

 もちろんこの年は習近平が陳全国を新疆ウイグル自治区の書記に就任させて、ウイグル族の活動を徹底して監視するシステムを構築した年ではある。それが功を奏したこともあるだろうし、また顔認証や監視システムが導入されて2016年あたりを境にして「セキュリティ」が強化されたこともあるだろう。

 しかし、2014年まで、あんなに盛んだったイスラム過激派グループによるテロ活動が一気に消滅したことの裏には、どうしても「2016年におけるタリバンとの接触」があるのではないかと思われてならないのである。

 すなわち「タリバンを支援するので、その代わりにタリバンは東トルキスタン・イスラム運動の応援を絶対にしてはならない」という「交換条件」を中国はタリバンに要求したのではないかと思うのだ。だからこそ、8月18日のコラム<タリバン政権のテロ復活抑止に関する米中攻防――中露が「テロを許さない」と威嚇する皮肉>を書く必要に迫られた。

 なお、2016年以降、中国はタリバンを前面に出した「和平協議」に注力していく。そこにトランプが乗ったという側面が、どうしても否定できないのである。

 長くなりすぎた。これに関しては、また別途、考察を試みたい。

遠藤誉
中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史  習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(3月22日出版)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』、『激突!遠藤vs田原 日中と習近平国賓』、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』,『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『卡子 中国建国の残火』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。』

「最も長い戦争」を強制リセットしたバイデンの「アメリカ・ファースト」

アフガン崩壊:「最も長い戦争」を強制リセットしたバイデンの「アメリカ・ファースト」
https://www.dailyshincho.jp/article/2021/08210730/?all=1

『アフガニスタンの首都カブールがタリバンの手に落ちた。どうにか安定した国家を建設しようとした国際社会による20年におよぶ取り組みが水泡に帰したと言っても大袈裟ではないだろう。いま、ある種の徒労感が国際社会を覆っている。アメリカがアフガニスタンに介入したのは、9.11テロ直後の2001年。アフガニスタンは「最も長い戦争(longest war)」と呼ばれるまでになっていた。

 この急展開のトリガーは米軍の撤退だった。アメリカは秩序だった撤退を目指していた。しかし、タリバンのブリッツ(電撃作戦)によって、事態は急変、カブール上空を飛び交う大型ヘリコプターCH-47チヌークを見て、サイゴンの陥落を思い浮かべなかった人はいないだろう。

「アフガニスタン自身の手に委ねる」という撤退のシナリオは、あっという間に「混乱」と「退散」の言説に取って代わられてしまった。

批判をかわすバイデン政権のロジック

 ジョー・バイデン政権は想定外の事態に慌て、予定されていたバイデン大統領本人の会見を前倒しで実施したものの、大統領は撤退という自らの決定の正しさをただひたすら繰り返すばかりで、説得力を欠いていた。問題は、撤退の是非そのものではなくて、あくまでそのタイミングと手法にあったからだ。

 バイデン政権は、ドナルド・トランプ前政権とは違い、「プロ集団」であることを自負していただけに、その慌てぶりが際立ってしまったことは否めない。

 まだ内戦が続いている状態で、スマートに引き上げる方法などなかっただろう。かつてアフガニスタン担当国連事務総長特別代表を務めたラフダール・ブラヒミは、正しい撤退の方法などなかったという点で、今回の撤退は最善の撤退であり、同時に最悪の撤退であったと述べている。その意味で混乱を伴う撤退になることは多くの人が想定していた。

 圧倒的な勝利の後の撤退でない限り、撤退は散らかったものになる。しかし、それでも今回の撤退は想定しうる限り最悪事態に近いものだった。唯一、救いと言えば、死傷者の数が少なかったことだ。しかし、これとてアフガニスタン国軍が抵抗せず、戦闘を放棄したからに過ぎない。ただ今後、事態がどう展開していくかは依然として不透明だ。

 バイデン政権としても、もし米軍が引き上げれば、アフガニスタン政府や国軍がもたない可能性は十分に承知していた。米軍撤退後のアフガニスタン情勢につき楽観的な展望を語る声はほぼなかった。ただし、事態がここまで急展開するとは想定していなかったはずだ。1年、もしくは半年でも、政府や国軍が持ち堪えてくれれば、アメリカとしてはどうにか乗り切れる、そういう判断があったはずだ。

 つまり、20年かけて、アメリカをはじめ、国際社会は、アフガニスタン政府、市民社会が独り立ちできるよう手助けし、30万人に及ぶ国軍も育成、最新の装備も提供してきた。それでも独り立ちできなければ、もはや、責任はアフガニスタン側にあり、その責任を全うすることを放棄したというロジックで、想定できる撤退に対する批判をかわすということだ。

 しかし、今回のタリバンによるアフガニスタンの制圧は、米軍の撤退が直接トリガーになっていたことは誰の目にも明らかであり、アフガニスタン側の責任をただひたすら強調する議論は責任逃れにしか見えなかった。

 アメリカはなぜタリバンのブリッツを予測できなかったのか。なぜ、30万に及ぶ国軍がメルトダウンしていくかのように消えていく可能性を察知できなかったのか。

 もちろん、ある政府がいつ転覆するかということをピンポイントで予測することなどほぼ不可能に近い。政府側が1年から1年半くらいは持ち堪えるという想定は、タリバーンによる制圧が近づくとともに、少しずつ短くなっていった。カブール陥落直前には、場合によっては、30日以内にカブールが陥落するかもしれないという情報が飛び交うようになっていた。

 しかし、現実にはそれから数日で最悪の事態が発生し、人々は十分な準備もできないまま、カブール空港になだれ込んでいった。

 なぜ、ここまで大きく読み違えてしまったのか。これは今後、詳細な分析がなされるであろう。

衝撃的だった国軍のメルトダウン

 とりわけ衝撃的だったのは国軍のメルトダウンだった。しかし、国軍の無能力や腐敗ぶりについては、「アフガニスタン・ペーパーズ」(ペンタゴンの内部文書)の例を挙げるまでもなく、散々伝えられていた。

 30万人いるとされた国軍も、相当数が「ゴースト・ソルジャー」(給料だけが支払われているかたちになっているが実在しない兵士)とされ、最終的な局面では5万人程度しか戦闘に従事していなかったという見方もある。しかも、国軍は米軍の支援のもとで戦うことを前提に訓練されており、それなしに機能するかについては疑問が呈されていた。

 国軍がその能力と数において、タリバンに優っていたことは事実として否定しようがなかった。しかし、「戦う意志」という点では、タリバンにはるかに及ばなかった。あくまで米軍に支えられることで軍としての体裁を保ってきた国軍は、後ろ盾となってきた米軍の撤退とまさに歩調を合わせるかのように「傀儡軍」としての実態が露わになり、メルトダウンしていった。タリバンは、なんのために戦っているのか分かっていた。しかし、国軍の兵士はあくまで雇用された兵士に過ぎなかった。

 米軍の撤退が決定すると、アフガニスタンにおけるアメリカのプレゼンスは常にアンビバレントなものだったが、それでもかなり広範に「(やっぱり)見捨てられた」という感覚が蔓延していったようだ。

タリバンとしては、その「見捨てられた」という「弱み」につけ込んで、一気に攻勢に出たということだろう。アメリカの撤退によって状況が根本的に変わったという印象を、タリバンはブリッツを通じて決定づけた。国軍のメルトダウンぶりを見ると、まさに心理戦の次元でタリバンが圧倒的に優位に立っていたと言える。 傀儡軍であった国軍の脆弱性を見抜けなかったアメリカは、そのメルトダウンを確認するや、自らのために戦おうとしない国をアメリカが守る義務はないと居直った。これはこれで圧倒的に正しいロジックだ。

 しかし、問題はそこではなくて、米軍がいれば戦い続けたであろう国軍の正当性(この正当性自体、きわめて不安定な正当性ではあるが)を、撤退の決定によって奪い、自ら作り上げた軍隊を自らの手で融解させてしまったことだ。

 長期的にはこうならざるをえなかったというある種の運命論、もうこれ以上はどうにもならないという諦観、それが多くのアメリカ人に共有されている感覚であり、アフガン紛争自体がもう意識の中で周縁の方に追いやられているなか、今回の「カブール陥落」がどれほどアメリカ国内で長期的なインパクトを持ち続けるかは現時点では何とも言えない。
 共和党は果敢にバイデン大統領の最高司令官としての資質を攻撃してくるだろう。確かにもうすでにその批判は始まっている。しかし、その共和党にしても、「再介入」を訴える声はほぼない。

 現在のアメリカには撤退そのものについては広範な合意がある。そもそもタリバンを交渉可能な相手として認定し、撤退の道筋をつけたのがトランプ政権であったことを忘れてはならない。

国境を越えては広がらないバイデン大統領のコンパッション

 それにしても、今回の事態に対応するバイデン政権を見ていて、特に強く印象に残るのは、バイデン大統領の姿勢だ。

 バイデン大統領は、2020年の大統領選挙を戦ったときに、トランプ大統領とは異なり、自分は人の痛みがわかる(コンパッションのある)リーダーであることを強調していた。トランプ大統領はお世辞にも人の痛みがわかる大統領ではなかった。トランプ大統領の人種問題や移民問題への対応を見ても、そのコンパッションの広がりは極めて限られていた。むしろ、自分とは異なる人々への違和感に突き動かされていたと言っても過言ではない。しかし、バイデン候補のメッセージは、自分はそうではないということだった。

 このメッセージに説得力があったのは、バイデン大統領自身が、これまで色々なものを失ってきたからだ。若い頃、妻と娘を交通事故で失い、その事故を生き延びた長男のボーを、2015年には脳腫瘍で失っている。この喪失感ゆえのコンパッションがバイデンの強みだった。

 しかし、今回の事態を見ていると、そのコンパッションは国境を越えては広がっていかないという印象を禁じえなかった。

 国際社会が懸念しているのは、タリバン支配下で脅かされるであろう女性の権利、さらにアメリカや国際機関、そして外国報道機関をアシストしたアフガニスタンの人々が今後直面するであろう状況だ。外国勢力に協力した人々の背中には標的となる的が貼ってあるような状態だとも言える。しかし、バイデン大統領の対応を見て目立つのは、もちろん懸念は示しつつも、そうした問題への無関心ぶりだ。

実質的な「アメリカ・ファースト」

 バイデン大統領は、かつてバラク・オバマ政権でアフパック(アフガニスタンとパキスタン)担当特別代表のリチャード・ホルブルックと次のような言葉を交わしたことが伝えられている(George Packer, Our Man, Alfred A. Knopf, 2019)。

 バイデンは、ホルブルックにこう語ったという。アメリカはアフガニスタンに対して責任を負っていないし、そんなことは気にしなくていい。ニクソンとキッシンジャーはベトナムで同じことをやったが、特に責任追及されることもなかった、と。さらにバイデンは続けた。自分は(アフガニスタンの)女性の権利のために、アメリカの青年をアフガニスタンに派遣し、彼らの命を危険に晒すようなことはしない、それはうまく行くはずもないし、それは彼らの仕事ではない、と。

 ここには、現在のバイデン大統領の対応との一貫性を見ることができる。つまり、バイデン大統領のコンパッションは国境を越えた広がりを持たず、あくまでアメリカの大統領としてアメリカ人の境遇にフォーカスするという姿勢である。用いる言葉は異なるが、それは実質的には「アメリカ・ファースト」であり、普通のアメリカ人にとって対外関与がどういう意味を持つかという視点にあくまでこだわる「ミドルクラス外交」だ。

 バイデン政権にとって、アフガニスタンからの撤退はまさに「ミドルクラス外交」の実践だ。多くのアメリカ人にとって、アフガニスタンは「忘れられた戦争」である。かつては、イラク戦争との対比で「必要な戦争」であり、「正しい戦争」だと呼ばれたこともあった。しかし、それも2011年のビン・ラディン殺害で大きく変わった。その後は、ミッションを絞り込めないまま、アメリカはアフガニスタンへの介入を続けた。

 それを強制的にでも終わらせるとの強い信念を持って大統領になったのがバイデンだった。確かに、その撤退のオペレーションは混乱に満ち、タリバンのブリッツの引き金にはなったが、そうした中でも、ぶれないのは、アメリカ外交の強制的リセットをバイデン大統領が思い描いているからだ。

 独り立ちできるかどうかの瀬戸際の国家をアメリカがあっさり見捨てるというのは、ショッキングな話だ。アメリカの自己イメージと合致しない部分もあるだろう。

 しかし、いまのアメリカにはもうそれを続ける体力も忍耐力もない。このまま混乱が続き、アフガニスタンが泥沼の内戦に陥れば話は別だが、もし仮に非戦闘員の撤退(NEO)がそれなりにうまく進めば、アメリカ人は驚くほど早くアフガニスタンという国の存在自体を意識の隅に追いやることになるかもしれない。

中山俊宏
1967年生れ。慶應義塾大学総合政策学部教授、日本国際問題研究所上席客員研究員。専門はアメリカ政治・外交、国際政治。日本政府国連代表部専門調査員、津田塾大学国際関係学科准教授、青山学院大学国際政治学科教授を経て、2014年より現職。著書に『アメリカン・イデオロギー――保守主義運動と政治的分断』(勁草書房、2013年)、『介入するアメリカ――理念国家の世界観』(勁草書房、2013年)、共著に『アメリカ現代政治の構図』(東京大学出版会)、『アメリカのグローバル戦略とイスラーム世界』(明石書店)などがある。』

アメリカはついに中国に頭を下げた!

アメリカはついに中国に頭を下げた! 助けなければ「第2の911」が起こるかもしれない
https://3g.163.com/dy/article/GHK64MH70535MYRI.html

『(※ 翻訳は、Google翻訳)

タリバンが権力を奪還する中、特に米国は、アフガニスタンが再びテロの温床になるのではないかと深く懸念しており、中国に助けを求めるのは「恩着せがましい」。

8月16日、新華社通信によると、中国のワン・イー外相は、アフガニスタン情勢に焦点を当て、中米関係の発展について「意見交換」した。 リンカーンは、アフガニスタン問題に関する中国の交渉への「感謝」に「感謝の意を表明し、アフガニスタンの将来は国民次第だ」という中国の主張を支持した。 礼儀正しい後、リンカーンは、中国政府がタリバンが「過激主義と一線をなす」ことを確実にするために「重要な役割を果たす」ことを期待して、中国に助けを求めた。

「約束」という言葉は、電話会議が米国が主導し、少なくともアフガニスタンでは、米国が中国の援助を望んでいることは明らかである。 「実力的地位」で他国に演説した米国は、最近、米軍が予想していたよりも3ヶ月早く、アフガニスタンの首都カブールを雷に打ちひしがれ、20年間、米国との古いライバルであるタリバンを撃破したため、中国に1日もかかっていた。 今日、米国が支援するアフガニスタン政府は崩壊し、ガニ大統領は海外に逃れるために資金を持っている。

タリバンの復活はアメリカを心配させた。 AP通信などのメディアによると、米統合参謀本部議長のマーク・ミリは、タリバンがアフガニスタンを掌握し、米国が直面しているテロの脅威が高まっており、かつてはツインタワーに「怒り」を抱いており、3,000人以上の死者を出したアルカイダのテロ組織がアフガニスタンで再編成される可能性があると述べた。 さらに悪いことに、バイデンがアフガニスタンから撤退し終えると、CIAもアフガニスタンから撤退することを意味する、と米メディアは伝えた。

したがって、タリバンが権力を掌握して以来、米国はアフガニスタン情勢を「目をつぶる」、いわゆる「恐怖は未知」であり、すでに衰退している米国は、9月11日のようなテロ攻撃に再び直面した場合、本当に「衰退」する。 「大敵」は当然、米国は顔を見ず、リンカーンは王氏を見つけ、中国政府が「手を出す」ことを期待して、中国政府が「すべての過激主義」と「線引き」し、アフガニスタンがもはやテロの温床にならないよう、大きな影響力を行使しなければならない。

米国がドアに来て批判されたり、中国を求めたりすることはめったにない。もちろん、王毅外相はこの機会を逃さず、米国を打ち負かす傾向を利用するだろう。王毅外相は、「歴史、文化、国情が全く異なる国々に外国のモデルをふさわしい」、「最終的には足場を固めるのが難しい」、「権力と軍事的手段は問題を悪化させるだけだろう。「もっと」、「この分野の教訓は真剣に反省する価値がある」。王毅外相は米国を偽装して批判し、アフガニスタンでの米国の失敗は「悲惨」であると指摘し、米国に「反省」と「同じ過ちを繰り返さない」よう促した。

△タリバンが大統領官邸を占領

王毅外相はまた、アフガニスタン情勢に「深刻な悪影響を及ぼした」として「軍隊を急いで撤退させる」という米国の決定を批判し、「新たな問題が生じた場合、絶壁を抑えるよう米国に警告した。 「それは「さらに無責任な態度」です。加えて、王毅外相はまた、テロリズムに関する「二重基準」について米国を怒って批判し、「東イラン運動」テロ組織の特徴を撤回した。「これは危険で間違っている。」米国は抑圧するために法律を変更した。中国。」彼はまた、中国の支援と協力を頼りにした。」「そのような論理はどこにあるのか?」彼は米国に「中国に対する合理的な政策を追求する」そして「中米関係をできるだけ早く軌道に戻す」よう促した。

中国外相の発言は「全火力」と言え、ブリンカーン氏の鼻を指さし、米国は「そうではない」と述べている。しかし、王毅外相の怒りに応えて、米国務長官は州ブリンコルはそれを論駁するために何も言わなかった。ブリンケン氏は、主要な国際問題について、「中国と米国がコミュニケーションを維持することが重要である」、「中国と米国の平和的共存を達成することが共通の目標であることに同意する」と認め、「米国はあらゆる形態のテロリズムに反対し」、「中国西部で製造しようとはしていません。混乱」。明らかに、この短い呼びかけで、米国は反撃することができず、頭を頷くだけでした。

米国が中国に「うなずく」ことはめったにない理由は、主に中国がアフガニスタンのタリバンにかなりの影響力を持っているからです。実際、7月末に「中国への秘密訪問」を主導したアッタの指導者であるバラダールは、組織の「第2位」ではなく、タリバン組織の実際の指導者であるだけでなく、「タリバンの創設者」、彼はアフガニスタンの新しい大統領になるはずです。王毅外相とバラダールとの会談は、タリバン組織の彼と「公式のアイデンティティ」を認めることであり、中国のうなずきで、タリバンは「決定的な戦い」に決心し、一挙に権力を掌握した。

バラダールは、世界と戦うのは簡単で、世界に座るのは難しいことを知っていました。中国の支援がなければ、敷設された国もホットポテトであるため、タリバンの兵士に「誇りに思ってはいけない」と促しました。そして「アッラーの前で謙虚なままで」そしてアフガニスタンの大統領官邸で聖典を読んでください。来てください。戦後の復興への中国の参加は、バラダールとタリバンの「安定国家」の鍵です。この地球上の誰かが本当にアフガニスタンを救うことができるなら、この国は中国であり、中国は1人の兵士や銃弾を送っていません。 、米国とソビエト連邦の夢の目標は達成されました。それは本当に「正義で国を支配し、不思議な軍隊を使い、何も持たずに世界を奪うこと」でした。

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难得美国送上门挨批,而且还有求于中国,王毅外长当然不会放过这个机会,顺势就对美国进行了敲打。王毅外长表示,“事实再次证明”,“把外来模式生搬硬套到历史文化与国情截然不同的国家水土不服”,“最终难以立足”,“用强权和军事手段解决问题,只会让问题越来越多”,“这方面的教训值得认真反思”。王毅外长这是变相地批评美国,指出美国在阿富汗的失败是“注定的”,敦促美国“好好反省”,“不要重蹈覆辙”。

△塔利班攻占总统府

王毅外长还批评美国“仓促撤军”的决定对阿富汗局势“造成了严重负面影响”,警告美国悬崖勒马,“如果再制造新的问题”,“更是一种不负责任的态度”。此外,王毅外长还怒批美国对恐怖主义持“双重标准”,撤销对“东伊运”恐怖组织的定性,“这是危险的、也是错误的”,美国变着法地打压中国,“又指望中国支持配合”,“哪有这种逻辑”,他敦促美国“奉行理智对华政策”,“推动中美关系早日重返正轨”。

中国外长的表态可以说“火力全开”,差不多是指着布林肯的鼻子说美国“这不是那不是”了,然而对于王毅外长的怒火,美国国务卿布林肯愣是一句反驳的话都没有说。布林肯承认,在重大国际问题上,“中美保持沟通很重要”,“我同意中美实现和平共处是共同目标”,他保证“美方反对一切形式恐怖主义”,“不寻求在中国西部制造动荡”。很显然,这短短一通电话,打得美国毫无还手之力,只能点头认怂。

美国之所以罕见对中国“点头哈腰”,主要是因为中国对于阿富汗塔利班具有相当大的影响力。事实上,7月末率团“秘密访华”的阿塔领导人巴拉达尔,才不是该组织的“二号人物”,他不仅是塔利班组织的实际领导者,而且还是塔利班的“创始人”,他笃定将成为阿富汗的新总统。王毅外长会见巴拉达尔就是承认他本人以及塔利班组织的“官方身份”,有了中国的点头,塔利班才下定决心“大决战”,一举夺取了政权了。

巴拉达尔清楚,打天下容易坐天下难,没有中国支持,打下的江山也是一个烫手的山芋,所以他叮嘱塔利班将士“不要骄傲”,“在真主面前保持谦卑”,并在阿总统府念起经来。中国参与战后重建,是巴拉达尔以及塔利班“坐稳江山”的关键,如果这个星球上还有谁能够真正拯救阿富汗,那么这个国家就是中国,中国没出一兵一卒,没动一枪一弹,就实现了美国、苏联梦寐以求的目标,当真是“以正治国,以奇用兵,以无为取天下”。

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インド海軍、ミサイル駆逐艦など南シナ海に派遣

インド海軍、ミサイル駆逐艦など南シナ海に派遣
https://www.epochtimes.jp/p/2021/08/77680.html

『一触即発の国境紛争の和解を目指して中印の交渉が進む中、提携諸国や近隣諸国との関係深化を図ることで継続的にインド太平洋における防衛態勢の強化に取り組むインドの姿勢には、中国を牽制したい同国の願望が如実に表れている。

ロイター通信の報道では、インド海軍は2021年8月上旬に友好国との安保関係強化を目的として南シナ海に海軍任務部隊を派遣すると発表した。インド海軍が発表した声明によると、誘導ミサイル駆逐艦と誘導ミサイルフリゲートを含む4隻の艦船が東南アジア、南シナ海、西太平洋を2ヵ月間航行する予定である。

同海軍は声明を通して、「今回のインド海軍艦船の展開は、海事領域における秩序の確保に向けて作戦範囲、平和的な存在感、友好国との連帯を強調することを目的としている」と述べている。 2016年の常設仲裁裁判所の判定を無視した中国が現在も広大な海域の領有権を主張し、環礁や岩礁を軍事化していることで長年にわたり南シナ海は紛争の火種となってきた。

インド海軍艦船は南シナ海を航行するだけでなく、2021年8月下旬にはグアム島沖でオーストラリア、日本、米国と合同訓練を実施する予定である。合同海軍演習「マラバール(Malabar)」に参加する諸国は、通称「Quad(クワッド)」として知られる日米豪印戦略対話(4ヵ国戦略対話)に参加している。 インドはまた、初の国産空母の試験航行を実施するなど海洋における存在感を強化している。

最近、インド南部に位置するケーララ州沖で試験航行が開始された空母「ヴィクラント(INS Vikrant)」(写真参照)が就役すれば、これがインド2隻目の現役空母となる。

フランス通信社(AFP)によれば、インドは「空母を国内で設計・製造できる数少ない諸国の仲間入りができる。これはインド政府が推進する「インドでモノづくりを(Make in India)」イニシアチブの推進力を示す真の証となる」と、インド海軍は発表している。 国間の協力体制強化を目的として、インドとその防衛提携諸国は継続的に「航行の自由」作戦を実施している。

2021年7月下旬、インドと英国がベンガル湾で演習を完了した後、満載排水量6万5,000トンの新空母「クイーン・エリザベス(HMS Queen Elizabeth)」を中核として構成された「英国空母打撃群21(CSG21)」が南シナ海の紛争海域に入域した。

中国は同空母打撃群を追い返すと脅しをかけていたが、CNNニュースの報道では、同空母打撃群は合法的に海域を航行して公海の最も直接的な航路を取って、演習が予定されているフィリピン海に向かったと、英国国防省が声明を通して発表した。

こうした海事紛争が続く一方で、インド軍は中印国境紛争の終結に向けて中国側と交渉を続けており、2021年8月上旬に両国が「迅速に」問題解決することで合意したとの声明を発表した。

同声明は12回にわたる和解交渉の末の成果であるが、チベット地域の実効支配線に位置する汽水湖「パンゴン湖」沿いでは、衝突発生以来数千人に上る両国軍隊兵士が対峙している。

ロイター通信によると、2020年6月に発生した衝突ではインドと中国の両軍に死者が発生した。長年緊張状態にあった国境において、これは過去40年あまりで初の中印軍隊間の流血乱闘となった事件である。

(Indo-Pacific Defence Forum)』

プーチン氏「価値観押し付けるな」

プーチン氏「価値観押し付けるな」 アフガン情勢で米欧批判―独ロ首脳会談
https://www.jiji.com/jc/article?k=2021082100234&g=int

『【ブリュッセル時事】ロシアのプーチン大統領は20日、モスクワでのメルケル独首相との会談後に共同記者会見を行い、アフガニスタン情勢について「外国の価値観を押し付ける無責任な政策は終わらせなければならない」と語った。20年にわたって駐留を続けてきた米欧を批判。イスラム主義組織タリバンによる統治の行方を国際社会は見守るべきだとの考えを示した。
タリバンの残忍性に批判 著名警官殺害、また「娯楽」敵視か―アフガン

 アフガンの首都カブール陥落後、プーチン氏が公の場でアフガン情勢に言及するのは初めて。
 プーチン氏は、タリバンがほぼアフガン全土を掌握したと指摘し「国家崩壊の回避にはこの現実から進めなければならない」と主張。周辺国へのテロリスト流出には警戒姿勢を見せつつ、タリバンがアピールする秩序の維持や地元住民らの安全確保に期待を表明した。』

タリバン、独記者家族を殺傷

タリバン、独記者家族を殺傷 抗議デモの市民も射殺
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB2014I0Q1A820C2000000/

『イスラム主義組織タリバンによる発砲がアフガニスタン各地で相次ぎ、20日までに多数の市民が死亡した。いずれもタリバンの支配に抗議するデモに参加していたもようだ。ドイツの公共放送、ドイチェ・ウェレは19日、同社のジャーナリストの家族1人がアフガニスタンでタリバンに殺害されたと報じた。タリバンは17日の記者会見で融和姿勢を見せたが、武力を乱用しており、国内外から批判が強まっている。

【関連記事】アフガン経済に打撃 米欧、資産凍結や支援中止

ドイチェ・ウェレによると、ジャーナリストの別の家族も重傷。ジャーナリスト自身はドイツで働いており、無事だった。ドイチェ・ウェレは、タリバンがジャーナリストを組織的に捜索している証拠だと指摘した。タリバンはドイチェ・ウェレの少なくとも3人のジャーナリストの自宅に踏み込んだ。同社は独政府に対応を求めている。

ドイツ政府の報道官は20日、出国するためカブールの空港に向かっていた同国の男性1人が銃撃されたと明かした。命に別条はなく、治療を受けた。ドイツは航空機をカブールに派遣し、自国民らの退避を支援している。

ロイター通信などによると、アフガン市民らの抗議デモは19日までにカブールや東部の主要都市で起きた。19日はアフガンが英国の保護領から独立した記念日で、カブールの集会では一部の参加者が国旗を掲げ、厳格なイスラム法の適用を示唆するタリバンの統治を認めない姿勢を示した。同日、東部のアサダバードではタリバンの戦闘員の発砲で複数の市民が死亡した。

東部のジャララバードでは18日、タリバンの掲げていた旗を降ろしたデモ参加者が銃撃を受け、少なくとも3人が死亡した。

「家をノックして危害を与えることはない」。タリバンの報道担当は17日にカブールで開いた記者会見でこう話し、融和姿勢を演出した。だが、タリバンへの不信感が高まれば、タリバンが描く新政権の立ち上げを巡るシナリオは揺らぎかねない。

北東部のパンジシール州ではタリバンへの抵抗勢力が集まる動きがある。出国したガニ元大統領の政権で第1副大統領を務めたサレー氏や、旧タリバン政権に抵抗して2001年に暗殺されたマスード司令官の息子、アフマド・マスード氏がタリバンへの抵抗を呼びかける。

アフマド氏は米紙ワシントン・ポストへの寄稿で「再びタリバンに立ち向かう」と主張したが、武器が足りないとも明かし、支援を求めた。だが、アフマド氏やサレー氏のグループの拠点はタリバンに事実上、包囲されており、大きな勢力で反攻する機運は感じられない。

タリバンはカブールへの進撃の途上、各州の知事、軍閥指導者を「利益は保障する」と言って懐柔してきた。アフガン市民の大半はイスラム教徒で、多くが住む農村部はもともと、イスラムの価値観を重視する土地柄だ。タリバンに対する抗議や抵抗は、宗教色の薄い世俗派が目立つ都市の一部に限られているようだ。

都市部では01年に米軍の攻撃で崩壊した前のタリバン政権による厳しい統治が語り継がれている。女性は全身を布で覆って隠すよう強いられ、親族の男性と一緒でないと外出が認められなくなった。音楽や美術も大きく制限された。多くの市民は自宅にこもっているとの報道もある。(花田亮輔、小川知世、ベルリン=石川潤)

【関連記事】
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・アフガン新政権、人権尊重見極め承認判断 G7外相が一致 』

自衛隊機の派遣「検討していた」

自衛隊機の派遣「検討していた」 アフガン大使館員退避
防衛相「現地の治安、急激に悪化」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA203C20Q1A820C2000000/

 ※ 日本から、延々と派遣するとなると、時間の問題や給油の問題がある…。

 ※ それと、今回の情勢では、「空港」に行きつくまでの「経路」の「警護」が問題だった…。

 ※ 各要衝で、タリバンが「検問」してたようだからな…。

 ※ スピード重視で、「とっとと、逃げた。」のが、功を奏した形なんだろう…。

 ※ 某国(米国では、無い)が協力してくれたようだ…。

 ※ まあ、日頃からの行い(信用)と、意思疎通(何かと、お互い協力しておく…)が重要だ…。

 ※ ヒトでもクニでも、「信用第一」と言うことだ…。

 ※「信無くば、立たず。」って、ホントだな…。こういう「土壇場」「極限状態」でこそ、効いてくる…。

『岸信夫防衛相は20日の記者会見で、アフガニスタンの日本大使館職員の退避に自衛隊機の派遣を検討していたと明らかにした。派遣に至らなかった理由について「現地の治安情勢が急激に悪化した。関係国の軍用機で退避するのが最も迅速な手段だということを踏まえた」と説明した。

大使館職員12人はイスラム主義組織のタリバンによるアフガン制圧を受け、17日にドバイに退避した。

自衛隊機による邦人退避は2016年に南スーダンで大使館職員を輸送した事例などがある。自衛隊法は外国で騒乱が発生した際、外相からの依頼で邦人を保護・輸送できると規定する。』

トルコ大統領と茂木外相会談

トルコ大統領と茂木外相会談 アフガン情勢で協力
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA203FX0Q1A820C2000000/

『茂木敏充外相は20日、トルコのイスタンブールでエルドアン大統領と会談した。アフガニスタン情勢について意見を交わし、協力していくことで一致した。チャブシオール外相とも協議した。

両国は海洋秩序などの課題について議論する「日トルコ海洋協議」を立ち上げると合意した。エルドアン氏は会談で、法の支配に基づく国際秩序の構築に向けて議論を深めたいとの意向を示した。

外相との会談では中東地域の安定化や難民への対応で協力を申し合わせた。茂木氏は「地域の大国かつ日本の戦略的パートナーであるトルコとの関係を重視している」と述べ、2国間の関係強化を求めた。

イラク、イスラエル・パレスチナ間の問題などでも意見を交わした。

トルコは北大西洋条約機構(NATO)の加盟国で唯一、イスラム教徒が大多数を占める。アフガンを掌握したイスラム主義組織タリバンとも対話ルートがある。

中国や北朝鮮などの東アジア情勢も話し合った。茂木氏は「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けた取り組みを紹介した。

トルコにいるシリア難民は360万人超で、世界最大の受け入れ国となっている。茂木氏は日本の支援策として、難民を受け入れる自治体のインフラ整備のために、最大で450億円の円借款を申し出た。』

アフガン経済に打撃

アフガン経済に打撃 米欧、資産凍結や支援中止
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM203IY0Q1A820C2000000/

『イスラム主義組織タリバンが制圧したアフガニスタンの経済は一段と混迷しそうだ。海外からの援助に依存してきたが、米欧はタリバンへの資産凍結や支援中止を相次ぎ表明している。タリバン側は世界に新政権を承認させようと、イスラム法の範囲内という条件付きながら女性の権利確保、報道の自由容認など柔軟な姿勢をみせるが、国際社会は慎重だ。

【関連記事】反タリバン抗議、アフガニスタン各地で 発砲で死傷者

国際通貨基金(IMF)は18日、タリバンが支配するアフガンが国際社会から認められていないとして経済支援の送金を止めた。外貨支払いの準備不足に備える特別引き出し権(SDR)も使えないようにした。米メディアによると、バイデン米政権はアフガンの前の政府が米国で保有する約95億㌦(約1兆円)の中央銀行の資産を凍結した。

アフガン中央銀行のアフマディ総裁は18日「タリバンが使える可能性があるのはアフガン名義の海外準備預金のうち、おそらく0.1~0.2%程度だ」とツイートした。金融情報のリフィニティブによると18日に1ドル=86.05アフガニと、アフガン通貨はデータが遡れる1999年以降で最安値をつけた。

ドイツメディアによると、同国のマース外相は「タリバン政権には1セントも支援しない」と述べ、年4億3000万ユーロ(約550億円)だった援助の打ち切りを示唆した。民主主義を重視する米欧は厳格なイスラム法の適用を公言するタリバンによる新政権の樹立を強く懸念している。

日米など主要7カ国(G7)の外相は19日のオンライン協議で、タリバンによる新政権を承認するかどうかは基本的人権を尊重するかどうかを見極めて判断することで一致した。新政権が国際社会に受け入れられなければ、海外からの援助に6割以上を頼るアフガン経済は苦境に陥る可能性が高い。

すでに市中では混乱が広がっている。「銀行やATMでお金が引き出せない」。首都カブールに住む30代の男性は日本経済新聞の取材にこう答えた。金融機関の手持ちの資金は減っているもようで、営業を再開できない商店も多い。タリバンの監視強化による物流の乱れなどで、一部の商品の価格が大幅に上昇しているとの現地報道もある。

アフガンの1人あたり国内総生産(GDP)は20年が508㌦で、最貧国と呼ばれる水準にある。国連世界食糧計画(WFP)は市民の3人に1人にあたる1400万人が深刻な飢餓に直面しているとみている。(馬場燃)』

中国、タリバン支援強調

中国、タリバン支援強調 伊外相と電話会談
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN20DZZ0Q1A820C2000000/

『【北京=共同】中国の王毅(ワン・イー)国務委員兼外相は20日、イタリアのディマイオ外相と電話会談した。アフガニスタンで実権を掌握したイスラム主義組織タリバンについて「現代の政治勢力」となるよう国際社会が手助けすべきだとの認識を示した。中国外務省が発表した。

王氏はタリバンが今後取り得る政策には「不確実性」もあると指摘。イタリアや欧州にとっては多数の難民を防ぐことが重要で、地域を安定させるため、タリバンに圧力や制裁を加えるべきではないと強調した。』

独ロ首脳、最後も議論かみ合わず

独ロ首脳、最後も議論かみ合わず ウクライナ情勢も協議
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR20E2A0Q1A820C2000000/

『【モスクワ=石川陽平】ドイツのメルケル首相とロシアのプーチン大統領が20日、モスクワで首脳会談に臨んだ。9月の総選挙後に退任するメルケル首相にとっては最後のプーチン氏との直接会談で、ウクライナ情勢や人権問題などを協議した。16年に及ぶ在任中、ロシアとの接点を探り続けたが、終わりまで議論はかみ合わなかった。

【関連記事】メルケル独首相「タリバンと対話」 ロシアに協力要請

会談後の記者会見でメルケル氏は、これまでのロシアとの協議は対立の多いものだったとしながらも、国際舞台では「対話に代わる合理的な選択肢はない」と強調した。プーチン氏も「必ずしも双方の見解が一致してきたわけではないが、率直で内容の濃いものだった」と述べた。

約3時間続いた20日の独ロ首脳会談では、親ロシア派武装勢力との東部紛争が続くウクライナ情勢が焦点になった。メルケル氏は記者会見で「残念ながら境界線でウクライナの兵士が死亡している」と指摘したが、プーチン氏は強硬姿勢を崩さず、和平と停戦に向けた合意順守をウクライナに働きかけるようメルケル氏に要求した。

有罪判決を受けて服役中のロシアの野党指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏を巡っても、解放を求めたメルケル氏に対し、プーチン氏は犯罪者だとの見解を改めて主張した。ベラルーシについてはメルケル氏が野党弾圧を批判したものの、プーチン氏は内政干渉すべきではないと突っぱねた。

旧東ドイツで育ったメルケル氏は欧州の首脳としては最もロシアの立場を理解しようと努め、経済関係も重視してきた。それでも独ロや欧ロ関係の悪化に歯止めをかけられなかったのは、リベラルな欧州を主導したメルケル氏と強権体制の構築に走ったプーチン氏の間に埋められない溝があったからだろう。』

王毅氏、タリバンに「圧力やめよ」

王毅氏、タリバンに「圧力やめよ」 中英外相協議
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM209AB0Q1A820C2000000/

『【北京=羽田野主】中国の王毅(ワン・イー)国務委員兼外相は19日、ラーブ英外相とアフガニスタン情勢を巡り電話協議した。王氏は「国際社会は(イスラム主義組織タリバンに)圧力を加えるのではなく、励まして導くべきだ」と主張した。タリバンの政権運営を見守るべきだとの考えを伝えた。

中国外務省の発表によると、英国側から電話した。王氏はタリバンが「テロリズムと一線を画し、再びテロリストの集結地にならないようにすることができるか」を見定めると強調した。ラーブ氏は「英中はアフガン問題で連携を強化できる」と話したという。

アフガンと70キロメートル以上にわたって国境を接する中国は中国国外を拠点とするウイグル独立派組織「東トルキスタン・イスラム運動(ETIM)」の流入に警戒を強めている。中国はアフガンの復興に向けて経済協力をする代わりにテロ対策の徹底を求める。

中国外務省の華春瑩報道局長は19日の記者会見で、タリバンは「前回政権を担った時と比べてより冷静で理性的だ」と評価した。「穏健な政策の実行を望む」と期待も示した。タリバンに懸念を示す米欧を念頭に「(タリバンの)過去だけでなく、現在の様子を見なければならない」と主張した。』

バイデン米政権のアフガン政策に批判高まる

バイデン米政権のアフガン政策に批判高まる 米世論は変わるのか
https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-58227157

『2021年8月16日
ボーア・デング、サム・ファルザネ、タラ・マケルヴィー、BBCニュース(ワシントン)

Hadia Essazada
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アフガニスタンからアメリカへ亡命したハディア・エッサザダさんは、過去のトラウマと未来への不安に苦しめられている

アフガニスタンの反政府勢力タリバンは電光石火で国中を席捲(せっけん)し、15日にはついに首都カブールに入り大統領府を押さえた。その猛攻を受けてアメリカでは、軍や政界、アフガニスタン系アメリカ人の間で、駐留米軍を急ぎ撤退させたジョー・バイデン大統領への批判が高まっている。しかし、国民の大多数は、バイデン大統領の判断を支持しているようだ。今のところは。

ハディア・エッサザダ氏は、タリバンが自宅にやって来たときの恐怖体験を語り、涙した。タリバンはまず父親を殴打し、続いて彼女の兄を殺した。

「兄を探していたので、まず父を鉄の棒で殴った」のだと、エッサザダ氏はBBCペルシャ語に話した。彼女の兄は、1990年代にタリバン支配に抵抗して戦った闘士だった。

家族は北部マザーリシャリーフの自宅からいったん逃げ出したが、「6カ月後に自宅に戻ると、タリバンがまたやってきた。そして弟を連れ去った」のだという。

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「それから何日かして、近所の商店主が父に、弟が殺されたと告げに来た」

タリバンはエッサザダ氏の弟を処刑し、市中でその遺体を引きずって回った。親族は何週間も遺体を引き取ることが許されず、許されたころには遺体はすでに野犬にひどく痛めつけられていた。

20代になったエッサザダ氏は現在、アメリカで暮らしている。タリバンが再びアフガニスタンを支配するようになった今、アフガニスタンとアメリカ両国の安全が心配だと言う。
「タリバンは何も変わっていない」とエッサザダ氏は言い、今後はタリバンがかくまう武装勢力が欧米を標的にするはずだと予測する。「本当にまたアフガニスタンに戻りたいんですか?」。

離脱を約束したバイデン氏
アフガニスタン情勢についてハリス副大統領や国防担当チームと協議するバイデン大統領(ホワイトハウス提供)
画像提供,TWITTER @WHITEHOUSE/HANDOUT VIA REUTERS
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アメリカ最長の戦争を終わらせるというバイデン大統領の決定は、20年間の苦労と犠牲を無駄にしたと、批判の声が出ている。人道危機をもたらし、アメリカの信頼を損なったと。

とりわけアフガニスタン紛争に直接かかわってきた多くのアフガニスタン人やアメリカの軍人や政治家は、カブールの政府が自分たちだけで国の安全を守れるという大統領の見解を、以前から疑問視していた。

バイデン氏は、アフガニスタンから離脱させるという長年の約束を実現すると決めた。15日の首都陥落を受けて、果たしてアメリカの有権者はその決定をまもなく後悔することになるのか、様々な観測が飛び交っている。

US helicopter over Kabul, 15 August
画像提供,REUTERS
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米政府は在カブール大使館員の避難を急いだ。その様子に大勢が、1975年のサイゴン陥落(下図)を連想した(写真は15日、カブール上空を飛ぶ米軍ヘリコプター)

Saigon evacuation in 1975
画像提供,REUTERS

米軍を撤収させるというバイデン氏の判断は、意外なものでは決してない。バラク・オバマ政権の副大統領だったころから、バイデン氏はアフガニスタンでの軍事作戦は限定的なものであるべきだと力説していた。

デラウェア州選出の連邦上院議員だった2001年には、アフガニスタンでの軍事行動を認める満場一致の採決に、バイデン氏も賛成した。しかし2009年に当時のオバマ大統領が増派を決めた際には、それに反対している。

オバマ政権の国家安全保障会議(NSC)の一員だった元外交官のブレット・ブルーエン氏は、「アフガニスタンについてバイデン氏の姿勢は、はっきりしていた」とBBCに話した。「とっとと出るべきだと言っていた」。

バイデン氏は当時からアフガニスタンから離脱するべきだと力説し、時には自分自身の個人的な問題として周囲に訴えかけたとブルーン氏は言う。「そうやって会議に出ている全員を説得しようとした」。

大統領候補となった2019年、バイデン氏は有権者に、自分の息子は軍人として戦地に行った、そういう子供を持つ親が大統領になるのは、1950年代のドワイト・アイゼンハワー氏以来だと繰り返していた。

オバマ政権初期のアフガニスタン特使だったリチャード・ホルブルック氏は、バイデン氏が怒る様子を回顧録に書いている。「(アフガニスタンの)女性の権利のために命を危険にさらすような、そのために自分の息子をまたあそこに行かせるつもりはない(中略)そのためにいるんじゃない」と、バイデン氏は語気を強めたという。

しかし、人の親としての視点よりも、外交政策にかかわった長年の経験こそがおそらく、アフガニスタン情勢に対するバイデン大統領の見方を形成したのだろうと、ブルーエン氏は言う。

「こういう紛争をあまりにたくさん経験してきた人なので。ヴェトナムとイラク戦争だけでなく、コソヴォもグレナダも。こういう厳しい事態を前にして、ある種の冷静さや、ある種の疲弊感が、あの人にはあるのだと思う」

大統領選に向けた2020年、バイデン氏は米CBSニュースに対して、米軍がアフガニスタンに残る理由はただひとつで、「タリバンやISIS(イスラム国)やアルカイダが、あの国に拠点を再構築できないようにするため」に目的を限定すべきだと話していた。

それは実現できなかった。15日にタリバン戦闘員はほとんど無抵抗の首都に入った。アメリカや同盟諸国はぎりぎりまで、職員を飛行機で脱出させようと大わらわだった。

カブール国際空港から出国しようとする人たち
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タリバンが首都を包囲してから数時間のうちに、カブールのカルザイ国際空港は民間機の発着を停止した。カブール郊外にある国内最大の刑務所でも、警備していた治安部隊はタリバンに降伏した。

これに先立ちバイデン氏は14日、「アメリカや同盟諸国の人員が、秩序だって安全に出国できるよう、駐留中に我々を助けてくれたアフガニスタン人や、とりわけタリバンの脅威にさらされている人たちが、秩序だって安全に避難できるよう」、米兵約5000人を現地に派遣する決定を余儀なくされた。

初期の兆候
今月初めにマスコミにリークされた米情報機関の分析は、欧米が支援するアフガニスタン政府は米軍撤収から90日以内に崩壊する可能性があると警告していた。

ドナルド・トランプ前大統領はバイデン大統領を、「弱い、無能、戦略的にまったくちぐはぐ」だと非難し、辞任を要求している。しかしそもそもは、米軍撤収計画を練り上げてタリバンと交渉し、昨年2月の時点で今年5月に撤収すると合意したのはトランプ政権だったため、トランプ氏自身も現状について部分的に責めを負うべきだという指摘もある。

バイデン政権の撤収計画に対する反論は、すでに数年前に出ていた警告にも通じる。

2009年にアフガニスタン駐留米軍のスタンリー・マクリスタル司令官(当時)は、バイデン氏が示す駐留部隊削減案は成功するか尋ねられて、「端的に言って、ノーだ」と答えていた。

今年7月2日に米軍が撤収して以降、タリバンはあっという間に全国を制圧した。その様子から、マクリスタル氏の予測は正しかったことが分かる。

カブール市内の位置関係
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マクリスタル氏の後任司令官になったデイヴィッド・ペトレウス退役将軍はBBCに対して、「現状はもちろん、ひたすら悲惨だ」と話した。

「決定をそっくり覆すべきだ。(撤収の)決定を後悔することになると心配したし、すでに後悔している。深刻な間違いをしてしまったとアメリカや同盟各国が認めない限り、良い結末はありえない」

2009年にパキスタンの駐米大使だったフサイン・ハッカニ氏はBBCに、「(バイデン氏は)常々、『我々はアルカイダと戦っているのであって、タリバンではない』と言っていた。私はそれは、おめでたい発想だと常に思っていた」と述べた。

アフガニスタン系アメリカ人のシェール・ホサイン・ジャゴリ氏は、2003年に米軍通訳をしていた際に、腕を失った。

今ではアメリカ市民となったジャゴリ氏は、米軍の撤収に激怒している。バイデン氏は「アフガニスタンの人たちをタリバンの手に放り出した」とBBCペルシャ語に話した。

「自分はもう米政府を信用しない。妻と息子はバイデンに投票したが、私はやめておけと言った。私が正しかったと、2人も今になって認めている。2人はもう二度と投票しない」
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タリバンの支配から逃れようと……アフガン首都で混乱 空港や銀行に市民殺到

一方で世論調査では、米軍撤収は常に高く支持されている。20年にわたる人命と資金の犠牲、繰り返された撤退の約束に、アメリカ人は疲れ果てているのだ。

オバマ氏は在任中、撤収を約束した。大統領候補としてトランプ氏は「果てしない戦争」を再三再四、批判し続けた。トランプ政権は今年5月1日を撤収期限として、タリバンと合意していた。

シカゴ大学ハリス会議によるわずか1カ月前の世論調査でも、回答者の7割以上が、バイデン氏による米軍撤収を指示していた。

しかしそれは、タリバンによる電光石火の急進撃の前のことだ。

現地の情勢が変化し、かつて米軍に協力したアフガニスタン人が処刑されたという情報に元米兵たちは衝撃を受けている。かつて連合軍が守っていた地点はタリバン戦闘員に占拠され、様々な支援団体が人道危機がやってくると警告している。

こうした状況ですでに、1975年との比較が続いている。ヴェトナム戦争の最後にアメリカが不名誉な撤退を迫られたサイゴン陥落のことだ。

「アメリカ人は理論の上では、アフガニスタンから出たがっていた」と、ブルーエン氏は言う。「けれども実際に、タリバンが市内を車で走り回る映像や、米軍がサイゴン的に逃げる様子を目にすると、なかなかにわかには受け入れがたい状況だ」。

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アフガニスタン情勢の変化:アメリカの作戦展開とタリバンの進攻
2001年10月: 9月11日の米同時多発テロを受け、ブッシュ米政権主導によるアフガニスタン空爆開始

2009年2月: アメリカはさらに兵士1万7000人の増派を決定。NATO加盟国もアフガニスタンへの増派などを約束

2009年12月: バラク・オバマ米大統領(当時)は、アフガニスタン駐留軍を3万人増員し、計10万人に拡大すると決定。一方で、2011年までに撤退を開始すると表明

2014年10月: アメリカとイギリスが、アフガニスタンでの戦闘作戦を終了

2015年3月: オバマ大統領が、駐留軍の撤退延期を発表。アフガニスタンのアシュラフ・ガニ大統領の要請を受けたもの

2015年10月: オバマ大統領が、2016年末までは兵士9800人をアフガニスタンに残すと述べた。これ以前は、1000人を残し全軍を撤退させると約束していた

2016年7月: オバマ大統領は「安全保障上の不安定な状態」を理由に、2017年には米兵8400人が駐留すると発表。NATOも駐留を継続することに合意したほか、2020年までアフガニスタン政府軍への資金援助を続けると強調した

2017年8月: ドナルド・トランプ大統領(当時)が、タリバンの勢力拡大を受けた増派表明

2019年9月: アメリカとタリバンの和平交渉が決裂

2020年2月: 数カ月におよぶ交渉の末、アメリカとタリバンがドーハで合意に至る。アメリカは駐留軍撤退を約束

2021年4月: ジョー・バイデン大統領、9月11日までに駐留米軍を完全撤退させると表明

5月: 米軍とNATO各国軍の撤退開始

5月: タリバン、南部ヘルマンド州でアフガニスタン軍へ大攻勢開始

6月: タリバン、伝統的な地盤の南部ではなく、北部で攻撃開始

7月2日: カブール北郊にあるバグラム空軍基地から、米軍やNATO加盟各国軍の駐留部隊の撤収完了

7月21日: タリバンが半数の州を制圧と米軍幹部

8月6日: 南部ザランジの州都をタリバン制圧。タリバンが新たに州都を奪還するのは1年ぶり

8月13日: 第2の都市カンダハールを含め4州都がタリバン支配下に

8月14日: タリバン、北部の要衝マザーリシャリーフを制圧

8月15日: タリバン、東部の要衝ジャララバードを無抵抗で制圧。首都カブール掌握

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(英語記事 Afghanistan conflict: As Kabul falls, Biden backlash grows)』

コロンビア、アフガニスタン人を一時保護へ

コロンビア、アフガニスタン人を一時保護へ 米紙報道
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN20DZL0Q1A820C2000000/

『【サンパウロ=外山尚之】南米コロンビア政府がアフガニスタンの米国大使館で働いていた職員など約4000人の一時的な受け入れを検討していることが20日までに明らかになった。米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)が米政府関係者らの話として報じた。国外に脱出するアフガニスタン人が増える中、受け入れ体制の整備が課題となっている。

WSJによると、米国とコロンビア政府が最終調整しているという。現在、米国で避難民に対し特別移民ビザの発行を準備しており、事務作業が完了するまでの間、コロンビア国内で一時的に保護するとみられる。コロンビア大統領府は日本経済新聞の取材に対しコメントしないと応じた。

アフガニスタンでは現在、欧米などに協力した市民らがタリバンからの迫害を恐れ、国外への避難を申請している。既に米国やカナダ、英国などの国々が受け入れを表明しているが、国外脱出を目指す人数に対して受け入れ枠が足りていない状況だ。南米では現在、ブラジル政府が人道ビザの発給を検討しているという。

過去には2015年にシリア難民が大量に発生したが、受け入れ体制が追いつかず国際問題となった。シリア難民の多くは現在もトルコなど周辺国に滞留しており、今後、アフガニスタン難民が増えれば周辺国の負担が増す可能性が高い。』

サイゴン陥落と似て非なる悲劇

サイゴン陥落と似て非なる悲劇 ライオネル・バーバー氏
英フィナンシャル・タイムズ前編集長
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD182RN0Y1A810C2000000/

 ※「歴史はそのまま繰り返さないが、しばしば韻を踏む」…。

 ※ なるほど…。覚えておこう…。

『アフガニスタンのイスラム主義組織タリバンが素早い進攻で政府軍を制圧し、15日に首都カブール入りした。ガニ大統領は国外に退避した。(市民が国外脱出を求める)人道的な悲劇は、1975年に迎えたベトナム戦争の終結をほうふつとさせる。

75年4月、南ベトナムの首都サイゴン(現ホーチミン)の米大使館屋上からヘリコプターで撤収する米国人と避難民が運ばれた光景は、多くの人の目に焼き付いている。だがバイデン米大統領が今回、「サイゴン陥落の瞬間」を迎えたと結論づけるのは時期尚早だ。文化と歴史を見過ごしがちな米外交に珍しくない過ちとはいえ、米軍のベトナムとアフガンでのつまずきには重大な違いがいくつかある。

英フィナンシャル・タイムズ前編集長のバーバー氏

まず米国内の背景だ。ベトナム戦争で投入された兵士は最大時50万人と、アフガン戦争の5倍に上った。ベトナムでは米兵5万人を超える犠牲者が出たのに対し、アフガンでは2300人超だった。

かつては徴兵を恐れる学生の反戦運動が、各地の大学で活発化した。現在の米軍は職業軍人で構成され、アフガン戦争への反対運動はあまり盛り上がらなかった。

重要なのは現在、米国の状況が分断されているようにみえても、70年代前半とは比べものにならないという点だ。当時は、ニクソン大統領がウオーターゲート事件で74年に辞任へ追い込まれた事態に象徴される、権威の失墜の危機があちこちに広がっていた。

アフガンに米国が投じた戦費は、約2兆ドル(約220兆円)と高くついたものの、(ベトナム戦争には不参加の)英国をはじめとする北大西洋条約機構(NATO)加盟国と負担を分かち合えた。米国にとっては約20年と最も長い戦争となった。とはいえ地理的に遠く民族も多様で、歴史的に外国への不信感が強いアフガンで、女性の教育や中流階級の勃興を支えた。

こうした成果を、タリバンがつぶしにかかる恐れがある。トランプ前米大統領がタリバンとの協議で2021年5月までの米軍撤収に合意していたため、バイデン氏は難しい立場に置かれていた。バイデン氏は4月、米軍撤収を表明、米同時テロから20年となる9月11日までの撤収完了を目指すという賭けに出た。

米軍の今回の素早い撤収は、最高司令官であるバイデン氏に良い印象を抱かない軍人がいることをうかがわせる。バイデン氏が自ら立ち上がって戦おうとしないアフガン政府を戒めたのも、政府軍が米国のハイテク装備と後方支援に依存した状況を踏まえれば、見当違いだった。

ベトナムでは1975年、共産主義の北ベトナム軍が南部を制圧、民族的に同質ともいえる国土を統一した。アフガンは有力部族が複数存在し、国民国家としてまとまるのが難しい。
英国に脅かされた過去もあるアフガンは隣国パキスタンのほかインド、ロシアといった外国勢力から干渉を受けやすい。最近では中国が関心を強め、タリバン幹部を自国に招いていた。

米政府内の徹底した現実主義者なら、アフガン問題を他国が担ってくれるのを喜ぶかもしれないが、中国を利する恐れがある。アフガンに駐留した国際治安支援部隊(ISAF)の元司令官ジョン・アレン氏は、米安保専門サイトのディフェンス・ワンで「(中国に)従順なタリバン政権により、中央アジア諸国からパキスタン南部に中国が建設したグワダル港をつなぐ、南北の貿易回廊が出現する機会が生まれる」と指摘した。

もっとも、予想は必ずしも実現しないと認識しておく必要がある。共産主義勢力がベトナム全土を掌握した後も、盛んに吹聴された「ドミノ理論」通りとまではならなかった。カンボジアとラオスを除けば、東南アジアは共産化の波にのみ込まれなかった。79年にはベトナムと中国の間で中越戦争が起きたほか、ベトナムは(95年に)米国との国交を回復した。

タリバンとは、穏便に事が運びそうにない。タリバンは米同時テロを実行した国際テロ組織アルカイダをかくまってきた。「歴史はそのまま繰り返さないが、しばしば韻を踏む」という米作家マーク・トウェインが残したとされる言葉は、言い得て妙だ。

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