〔葉隠〕

葉隠
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%91%89%E9%9A%A0

 ※『毎朝毎夕、改めては死に改めては死に 、常住死身に成て居る時は、武道に自由を得、一生落度なく、家職を仕課すべき也。』

『二つ 二つ の場にて、早く死ぬ方に片付ばかり也。別に子細なし。』

という、「凄まじい」ものだ…。

※ 昔のサムライは、こうやって「胆力」を鍛えたものなんだろう…。

『内容

『葉隠』は一般の武士を対象にした武士道論ではなく、藩主に仕える者の心構えと佐賀藩の歴史や習慣に関する知識を集めたものであった[1]。江戸時代には公開が憚られ、一部の人々にしか知られていなかった[1]。

「朝毎に懈怠なく死して置くべし(聞書第11)」とするなど、常に己の生死にかかわらず、正しい決断をせよと説いた。後述の「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」の文言は有名である。同時代に著された大道寺友山『武道初心集』とも共通するところが多い。』

『当時、主流であった山鹿素行(古学、山鹿流とも称す)などが提唱していた儒学的武士道を「上方風のつけあがりたる武士道」と批判しており、忠義は山鹿の説くように「これは忠である」と分析できるようなものではなく、行動の中に忠義が含まれているべきで、行動しているときには「死ぐるい(無我夢中)」であるべきだと説いている。

赤穂事件についても、主君・浅野長矩の切腹後、すぐに仇討ちしなかったことと、浪士達が吉良義央を討ったあと、すぐに切腹しなかったことを落ち度と批判している。何故なら、すぐに行動を起こさなければ、吉良義央が病死してしまい、仇を討つ機会が無くなる恐れがあるからである。その上で、「上方衆は知恵はあるため、人から褒められるやり方は上手だけれど、長崎喧嘩のように無分別に相手に突っかかることはできないのである」と評している。』

『この考え方は主流の武士道とは大きく離れたものであったので、藩内でも禁書の扱いをうけたが(鍋島綱茂は吉良義央の甥、吉茂・宗茂は義甥にあたる。

また、山鹿流は吉良氏と昵懇だった津軽・松浦両家に伝承された[3])、徐々に藩士に対する教育の柱として重要視されるようになり、「鍋島論語」とも呼ばれた。それ故に、佐賀藩の朱子学者・古賀穀堂は、佐賀藩士の学問の不熱心ぶりを「葉隠一巻にて今日のこと随分事たるよう」と批判し、同じく佐賀藩出身の大隈重信も古い世を代表する考え方だと批判している。

また「葉隠」は巻頭に、この全11巻は火中にすべしと述べていることもあり、江戸期にあっては長く密伝の扱いで、覚えれば火に投じて燃やしてしまう気概と覚悟が肝要とされていたといわれる。

そのため原本はすでになく、現在はその写本(孝白本、小山本、中野本、五常本など)により読むことが可能になったものである。

これは、山本常朝が6、7年の年月を経て座談したものを、田代陣基が綴って完成したものといわれ、あくまでも口伝による秘伝であったため、覚えたら火中にくべて燃やすよう記されていたことによる。2人の初対面は宝永7(1710年)、常朝52歳、陣基33歳のことという。

浮世から何里あらうか山桜 常朝  白雲やただ今花に尋ね合ひ 陣基 』

『「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」

『葉隠』の記述の中で特に有名な一節であるが、『葉隠』の全体を理解せず、ただとある目的のためには死を厭わないとすることを武士道精神と解釈されてしまっている事が多い。実際、太平洋戦争中の特攻、玉砕や自決時にこの言葉が使われた事実もあり、現在もこのような解釈をされるケースが多い。[要出典]

しかしながら、そのような解釈は全くの見当違いである。「武士道といふは死ぬ事と見付けたり」で始まる一節は、以下のようなものである[4]。

原文

二つ々の場にて、早く死ぬ方に片付ばかり也。別に子細なし。胸すわつて進む也。(中略)

二つ々の場にて、図に当たるやうにする事は及ばざる事也。我人、生る方がすき也。多分すきの方に理が付べし。

若図に迦れて生たらば、腰ぬけ也。

此境危ふき也。図に迦れて死たらば、気違にて恥にはならず、是は武道の丈夫也。

毎朝毎夕、改めては死々、常住死身に成て居る時は、武道に自由を得、一生落度なく、家職を仕課すべき也。

(現代語訳)

どちらにしようかという場面では、早く死ぬ方を選ぶしかない。何も考えず、腹を据えて進み出るのだ。(中略)そのような場で、図に当たるように行動することは難しいことだ。

私も含めて人間は、生きる方が好きだ。おそらく好きな方に理由がつくだろう。(しかし)図にはずれて生き延びたら腰抜けである。この境界が危ないのだ。

図にはずれて死んでも、それは気違だというだけで、恥にはならない。これが武道の根幹である。

毎朝毎夕、いつも死ぬつもりで行動し、いつも死身になっていれば、武道に自由を得、一生落度なく家職をまっとうすることができるのである。

『葉隠』は武士達に死を要求しているのではなく、武士として恥をかかずに生きて抜くために、死ぬ覚悟が不可欠と主張しているのであり、あくまでも武士の教訓(心構え)を説いたものであった[4]。』

〔アンゲラ・メルケルの「胆力」…。〕

2019.12.14
【独露関係】プーチン冷笑:メルケルがいかに露大統領を残忍な非難で黙らせたか

『ロシアのプーチン大統領のやり方を知っておくのに有用な記事です。

【引用記事エクスプレスUK  2019/12/13】
https://www.express.co.uk/news/world/1217048/putin-news-merkel-russia-president-dog-kgb-spt?fbclid=IwAR1ow1QcM3TUpFY4coA6-g7EfLcMFs0WpEHXuaCe01h2UnX4_9f0yzVJa8M

ロシアのウラジミール・プーチン大統領は、近年、積極的な外交政策に多くのヨーロッパの指導者を激怒させている。
しかしこの敵対関係は、2007年にロシアの大統領がラブラドールを連れてドイツのアンゲラ・メルケル首相と会談したときに見られたような一対一の場合だ。

当時、メルケル首相は犬に対して嫌悪感を示し、同首相は反抗的な態度で反撃に出た。

若い頃に犬に襲われたメルケル首相は、犬が回りにいると落ち着かないということは多くの人に知られている。

そうしたことを知った上で、プーチン大統領は、コニと呼ばれる黒いラブラドールを連れて、ソチでの両者の会談にのぞんだ。

会談の間、コニは落ち着きを保とうとしていたが、目に見えて不快だったメルケル夫人に近づいた。

一方、ドイツ首相を威嚇するプーチン大統領の計画が功を奏しているように見えたため、プーチン大統領は自信を持って座っていた。

しかし、この動きは裏目に出たようだ。

メルケル首相は会談後、記者団に次のように述べた。

「彼が男性であることを証明するために、なぜそうしなければならないのか理解できます。」

彼は自分の弱さを恐れています。ロシアには何もないし、政治も経済も成功していない彼らが持っているのはこれだけです。」

ロシアのメディアは、この忌々しい言葉がロシアとロシア大統領のイメージを傷つけるかもしれないとして、ドイツ首相の力強い反撃を放送しなかった。

ロバート・サービス氏が2019年の著書 「クレムリンの冬」 で強調しているように、ロシアの大統領は、政敵と会談する前に、意図的に脅迫しようとする姿勢を見せるという。

サービス氏によると、プーチン氏は大統領官邸で前欧州委員会委員長のジョゼ・マヌエル・ドゥラン・バローゾ氏と会談した際、彼のカウンターパートに対して激怒しているふりをし、以前の旅行でカザフスタン大統領を軽蔑していると非難した。

この偽の怒りは、これから続く交渉で優位に立つために使われたとサービス氏は主張する。

プーチン大統領は容赦のない交渉姿勢で知られており、NATOの政敵との会談でしばしばこのような態度を示してきた。
しかし、サービス氏が指摘するように、プーチン大統領は、自身のユニークな経歴を使って西側諸国を威嚇しようとしているようだということである。

プーチン大統領は、1975年から1991年のソビエト連邦崩壊までKGBで働き、ボリス・エリツィン大統領の安全保障を指揮した後、政治に携わるようになった。

サービス氏は、元KGB諜報員でプーチン氏の政治的盟友だったウラジーミル・ヤクーニン氏がどのように訓練しているか説明し、次のように概説している。

「私は自分の振る舞いを道具のように使って、口説いたりコントロールすることに役立てることができる。」

「目の表情、肌の張り、顎の表情を微妙に変える方法を教えてもらいました。」

「時に私は柔らかく笑い、他の人では獣のようになることもあるが、感情のコントロールを失うことはない。」

サービス氏は著書の中で次のように述べている。
プーチン大統領は、他国の指導者に熱心に耳を傾ける人物として知られているが、彼はまた、自身が脅威を感じた場合、「親しみのある冗談」が怒りに取って代わることがあると警告している。

(海外ニュース翻訳情報局 MK) 』

ソ連への郷愁、プーチン氏の支えに

ソ連への郷愁、プーチン氏の支えに クーデター事件30年
編集委員 池田元博
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD177NP0X10C21A8000000/

『旧ソ連で世界を揺るがせた1991年の保守派クーデター事件が発生してから、19日で30年を迎えた。ソ連の体制擁護を唱えた保守派の企ては、民主化を求める市民らの抵抗であっけなく失敗。逆に、ソ連崩壊の引き金となった。国家独立後のロシアでソ連史の汚点とされてきた事件だが、ソ連時代のような大国主義を掲げるプーチン政権下で、その評価も変わりつつある。

Nikkei Views
編集委員が日々のニュースを取り上げ、独自の切り口で分析します。

1991年8月19日、ソ連の国営メディアはクリミア半島で夏季休暇中のゴルバチョフ大統領が「健康悪化」で解任され、ヤナーエフ副大統領が大統領代行に就任したと報道。国家非常事態委員会が全権を掌握したと伝えた。モスクワには戦車部隊が投入された。

ソ連崩壊招いた「三日天下」の政変

非常事態委のメンバーはヤナーエフ氏、クリュチコフ国家保安委員会(KGB)議長、ヤゾフ国防相ら8人で、ゴルバチョフ政権の保守派の重鎮だった。「過激派勢力がソ連の解体、国家の破壊、権力の奪取を狙っている」。同委の国民向けメッセージは、ゴルバチョフ氏が進めた改革路線を痛烈に批判していた。

実はゴルバチョフ氏の「健康悪化」はウソ。ゴルバチョフ氏が翌20日、ソ連を構成する共和国首脳と交わす予定だった新連邦条約の調印阻止を狙った保守派のクーデターだった。条約は共和国の主権を大幅に拡大する内容で、保守派はソ連の解体につながると猛反発していた。

しかし、クーデターはわずか3日で失敗に終わる。急進改革派の大物、エリツィン・ロシア共和国大統領が「反動勢力による政変」と保守派の行動を非難。国民にゼネストを呼びかけたこともあり、民主化を求める多くの市民が街頭に繰り出して抵抗運動を繰り広げたからだ。軍部でも亀裂が起き、21日に非常事態委は解散、メンバーは逮捕された。首謀者の一部は泥酔していたという。

1991年8月22日、モスクワ郊外のブヌコボ空港に到着した当時のゴルバチョフ・ソ連大統領(中央)。タラップの後方はライサ夫人と孫=タス共同

休暇先で軟禁されていたゴルバチョフ氏は無事帰還したが、政界の力関係はクーデター阻止の立役者のエリツィン氏に完全にシフトした。国民の圧倒的な支持を背景に、エリツィン氏は国家独立へと突き進む。同年12月8日、ウクライナ、ベラルーシ共和国の首脳と「独立国家共同体」の創設を宣言。ゴルバチョフ氏は12月25日に辞任を表明し、ソ連は消滅した。

新生ロシアでは保守派クーデターを否定的にとらえる一方、それを阻止した市民らの大規模な民主化運動を「8月革命」として称賛する傾向が長らく定着していた。

民主化運動は「8月革命」と呼ばれ、称賛されてきた(1991年8月23日、モスクワで倒されたKGBの生みの親、ジェルジンスキーの像の頭部を踏みつける人々)=AP共同
だが、プーチン氏が2000年に大統領に就任して以降、事件の見方は徐々に変化しつつある。

逆転したクーデターの評価

保守派と反保守派、どちらが正しかったか――。世論調査会社レバダ・センターによると、2001年は保守派14%、反保守派が24%。これが16年の調査では保守派15%で、反保守派は13%と急減した。プーチン氏が大国ロシアの復活を掲げ、「ソ連崩壊は20世紀最大の地政学上の悲劇」と公言してきた影響が大きいようだ。

プーチン政権下で保守派クーデター事件の評価も変わりつつある(2000年5月、エリツィン氏㊨が見守るなか、大統領就任の宣誓をするプーチン氏)=AP共同

もちろん、同氏はソ連の復活を目指しているわけではない。ソ連崩壊も「極めて非効率的な経済政策」が主因と冷静に分析している。とはいえ、最近の世論調査では、ソ連時代の方が良かったとする回答が75%に上ったものもある。ソ連時代に郷愁を覚える国民の琴線に触れるような政策をプーチン氏が唱え、自らの政権基盤固めに利用していることは疑いない。

ロシアの国営テレビは15日、保守派クーデターから30年の特別番組を放映。関係者の証言で構成し、エリツィン氏が米大使館に避難するよう促した側近の要請を断った裏話などを紹介した。

番組は一方で、ソ連の崩壊問題にも触れた。ベラルーシの独裁者、ルカシェンコ大統領も登場し「ソ連を崩壊させた罪はゴルバチョフ氏とエリツィン氏にある」と言明。保守派クーデターではなく、2人の個人的確執や権力争いが崩壊を招いたとの見解を披露した。プーチン政権下でのロシア社会の風潮を反映した番組といえなくもない。

保守派クーデターの首謀者の一人だったヤナーエフ元ソ連副大統領(2001年のインタビューで)

「もっと別のやり方があっただろうが、ソ連を救いたいという愛国心に偽りはなかった」。事件から10年後の2001年、首謀者だったヤナーエフ氏に話を聞いたことがある。印象的だったのは、国家再建に取り組むプーチン大統領を「好感が持てる」と高く評価していたことだ。

ヤナーエフ氏は10年に死去した。今年7月には非常事態委のメンバーで、最後まで存命していた元ソ連国防会議第一副議長のバクラノフ氏が他界した。事件の風化は進む。だが、ソ連崩壊の是非をめぐる論争がロシアで絶えることはない。

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トルコ外相、タリバン政権の承認「発足後に判断」

トルコ外相、タリバン政権の承認「発足後に判断」
チャブシオール氏単独インタビュー
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR18CUT0Y1A810C2000000/

※ 陸路の様子だ…。車で移動するとなると、こういうルートを辿ることになる…。ある意味、「幹線道路」なんだろう…。

※ 衛星画像…。やはり、山地が多いな…。

『【アンカラ=木寺もも子】トルコのチャブシオール外相は18日、日本経済新聞の取材に応じ、アフガニスタンに駐留する自国軍の撤収について「判断は時期尚早だ」と述べた。トルコは既に全土を制圧したイスラム主義組織タリバンと対話を始めており、首都カブールの空港警備継続を探る。タリバン政権を承認するかは新政権の発足後に検討する考えを示した。

トルコは北大西洋条約機構(NATO)の一員として、アフガンで首都カブールの空港警備などに参加してきた。米軍がアフガン撤収を表明した後、空港での警備任務を引き継ぐ考えを示していた。

チャブシオール氏は、タリバンによるカブール制圧で「状況は変わった」と認めたうえ、「新たな政権が成立するのを待ち、話をする」と説明した。約500人の駐留軍は「戦闘要員ではないことがよく理解されている」とも述べ、現時点では撤収を決めていないと強調した。

トルコはNATOで唯一、イスラム教徒が大多数を占める加盟国で、タリバンとも一定のチャネルがある。チャブシオール氏は17日、タリバンが発表した融和的な声明について「ポジティブだ」と歓迎する姿勢を示した。既にタリバンと対話を行っていることも明らかにしている。

ただ、タリバンは一貫してすべてのNATO駐留部隊の撤収を求めており、17日の記者会見でも改めて強調した。タリバンが駐留を認めるかは不透明だ。

トルコの調査会社メトロポールによると、カブール陥落前の時点で、62%の人がアフガンから撤収すべきだと答え、駐留継続に賛成する人は27%だった。それでも政府が意欲を示すのには、近年悪化した対米・欧州関係の改善につながるという思惑がある。ほぼ唯一の玄関口である空港の保安は、国外との往来に必要な最低条件だ。

トルコは今年だけで不法入国したアフガン難民1万3000人を空路で送還している。難民はタリバンの攻勢が強まった6月ごろから増えており、今後急増することも懸念される。空港が安心して使えなくなれば送還のルートも失う問題がある。

難民の多くはイランやトルコを通って欧州を目指す。米国や欧州からは、ホスト国としてトルコを含むアフガンの周辺国に期待する声が上がるが「欧州が(一方的に)トルコに要求するだけでは解決しない」とけん制した。

トルコは2016年、シリア難民を自国で受け入れ、欧州への移動を抑制する合意を欧州連合(EU)と結んだ。シリア人を含め400万人超の難民が滞在するが、見返りとなるEUへのビザなし渡航や満額の支援が実現していないと強い不満を抱いている。チャブシオール氏は「トルコ(だけで)は難民の負担に耐えられない」として、EUなどの協力強化を求めた。
タリバンが樹立する新政権を承認するかどうかは「政権発足後に検討する」と述べた。タリバンやカルザイ前大統領ら前政権の幹部と協議を始めたことに触れ、「平和的な政権移行が行われることを希望する」と期待した。

チャブシオール氏は20日、中東諸国を訪問中の茂木外相とイスタンブールで会談する。一時閉鎖を余儀なくされた日本の在カブール大使館は当面、イスタンブールに臨時事務所を置くとしており、「最大限の支援をしたい」と話した。

【関連記事】

・バイデン氏「アフガン駐留延長も」 米国人の退避まで
・危うい自国優先主義 中東安定へ試される結束
・タリバン支配、恐怖の記憶 「イスラム首長国」建設示唆

この記事の英文をNikkei Asiaで読む 』

危うい自国優先主義 中東安定へ試される結束

危うい自国優先主義 中東安定へ試される結束
アフガンの蹉跌 試練の世界秩序(中)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN171CD0X10C21A8000000/

『アフガニスタンでイスラム主義組織タリバンの攻勢が強まりつつあった初夏。「少なくともあと数カ月は遅らせたほうがよい」。米軍高官は8月末に迫る米軍の撤収期限の延期を提言したが、バイデン米大統領は耳を貸さなかった。

米軍撤収のレールを敷いたのは「米国第一」を掲げたトランプ前大統領だ。だが、国際協調をうたい、「米国は戻ってきた」と宣言したバイデン氏も「際限なき戦いは米国の国益ではない」と、自国優先の考えを公言してはばからない。

【前回記事】民主主義、繁栄もたらせず タリバン復権招いた米国
約450人の兵士の犠牲を出し、北大西洋条約機構(NATO)の有志連合軍の中核を担った英国では、アフガンの状況に困惑が広がる。ラーブ英外相は16日、アフガンの現状について「私たちが望んだものではない」と心境を吐露した。

同盟国の慎重姿勢を知りながらもバイデン氏が撤収を推し進めたのは、米世論の動向だ。米シンクタンクのシカゴ評議会によると、8月に入っても米有権者の70%がアフガンからの米軍撤収を支持した。バイデン氏が所属する民主党支持層では77%に及ぶ。

米国はアフガンでの開戦から20年で2千人を超える米兵が命を落とし、2兆ドル(約220兆円)以上を費やした。終わりが見えず、劣勢の戦況を隠蔽したことも明るみに出て、有権者には厭戦(えんせん)気分が広がった。

米国にとって、中東の安定は原油調達という実利のうえで不可欠だったが、シェール革命でこの地域への依存度はほぼゼロになった。さらに、「唯一の競争相手」とみる中国への対処を優先していることも中東への関心を失わせている。

中東で米国の重しが外れたひずみは大きい。内戦が続くシリアでは独裁体制のアサド政権による自国民への抑圧がやまない。イラクやレバノンではイランが支援するシーア派武装組織が影響力を強め、サウジアラビアなど周辺国の警戒感は強まっている。

原油輸送の大動脈であるホルムズ海峡の安定が失われれば、中東に原油の9割を依存する日本を直撃する。その予兆はある。ホルムズ海峡に近いオマーン湾では7月29日に航行中のタンカーが攻撃を受け船員2人が死亡する事件が発生した。米英はイランの関与を主張している。

中東情勢がこれ以上混迷すれば、過激派の「ゆりかご」になりかねない。米軍制服組トップのミリー統合参謀本部議長は15日、「(国際テロ組織)アルカイダが想定よりも早く復活する可能性がある」と上院議員との会議で述べた。

欧州では、15年に起きたシリア難民の大量流入の再来を懸念する。フランスのマクロン大統領は「欧州だけでは、現在の結果に耐えることはできない」と述べ、国際社会へ協力を呼びかけた。日米欧の主要7カ国(G7)は来週に開く緊急のオンライン首脳会議で、結束を改めて確認する。

この地域での新たな秩序づくりに民主主義陣営がどう関与していくのか。その行方は各国が注視しており、民主主義の行く末をも左右する。(ワシントン=永沢毅、ロンドン=中島裕介)

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渡部恒雄
笹川平和財団 上席研究員

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分析・考察 バイデン政権が、トランプ大統領の敷いたタリバンとの和平と撤退を9月までにという期限を区切って、拙速で進めざるを得なかったのは、2016年の大統領選挙でトランプに投票して、2020年でバイデンに鞍替えした票をつなぎ留めなければ、2024年の再選は難しいと考えているからでしょう。

つまり、「アメリカファースト」は、トランプ大統領個人が作り出したものというよりは、今のアメリカの社会が作りだしたものであり、政権が交代しようとも続いているものだと考えなくてはいけないことを、我々同盟国も認識しなくてはいけない、ということでしょう。

2021年8月19日 7:49いいね
19 』

抗体カクテル、活用急ぐ

抗体カクテル、活用急ぐ 東京など療養施設で投与開始
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE165PQ0W1A810C2000000/

『新型コロナウイルスの感染拡大を抑え込めない中、軽症・中等症向けの治療薬「抗体カクテル療法」の活用が始まった。医療現場では重症化を防ぐ効果が期待される一方、発症初期でなければ効果を発揮しないため、迅速に投与できる仕組みが欠かせない。軽症者が滞在する宿泊療養施設で活用しているのはまだ東京都などに限られ、医療機関などと連携した体制作りが急がれる。

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抗体カクテルは中外製薬が製造販売元で、2つの中和抗体を組み合わせた点滴薬。軽症や中等症の患者に発症後、原則7日以内に投与すれば重症化を防止する効果があるとされる。厚生労働省が7月に特例承認した。

広く活用できれば入院が必要な症状にまで至る人を減らし、病床逼迫を防ぐ効果も見込める。

実際に投与を始めた医療現場では、一定の効果を指摘する声が上がる。

十三市民病院(大阪市)では11日までに20代から80代の軽症・中等症患者24人に投与し、うち20人で症状が回復した。西口幸雄病院長は「重症化のリスクが大きく下がっている。解熱や倦怠(けんたい)感からの回復具合も早い傾向にある」と指摘する。

臨床試験(治験)では、入院や死亡のリスクが7割減少したというデータがある。

東京都では都立・公社病院に抗体カクテル療法の専用病床20床程度を確保する。今後、コロナ患者を受け入れる約170の「入院重点医療機関」のうち、120程度の病院でも使えるよう薬剤の確保を進めている。

ただ、重要なのは抗体カクテルをできるだけ発症後、早期に投与することであり、医療機関だけでなく宿泊療養中の感染者にも届くかが今後のカギになる。

実際に一部で取り組みが始まっている。

厚生労働省は13日、入院患者への投与に限るとしていた地方自治体向けの通知を改正し、宿泊療養施設などでの活用を可能とした。

都は13日、医師を常駐させる形で宿泊療養施設1カ所で抗体カクテルの投与を開始した。都の小池百合子知事は「新たな武器となる治療法として重症化を防ぐ効果が期待できる」と強調する。福岡県も16日にスタートし、大阪府も8月下旬には始める。

だが、こうした例はまだ限られている。宿泊療養施設での投与を進めるには、医師の常駐が欠かせないためだ。

抗体カクテルは投与24時間以内に重いアレルギー反応、アナフィラキシーが報告されている。厚労省は十分な経過観察ができる体制を確保するよう求めている。重症患者の対応のため医療機関は逼迫し、難しいとの声もあがる。

千葉県は宿泊療養での活用を検討する一方、医療機関の負担を考慮。宿泊療養者自身が医療機関に行って点滴することも視野に入れる。担当者は「現場の負担が最も軽く、現実的な方向で実施したい」と話す。

厚労省の集計によると、11日時点の自宅療養者は全国で約7万4千人。宿泊療養者は約5分の1の約1万5千人。感染者急増に伴い、希望しても宿泊療養に入れないケースも各地で起きている。

抗体カクテルの活用は重症化を防ぎ病床逼迫の改善につながる可能性がある。病院や宿泊療養施設など幅広い施設での投与に向け、医師の柔軟配置など自治体や医療機関の連携が不可欠となる。

新型コロナ患者の治療にあたる横須賀共済病院の長堀薫院長は「抗体カクテル療法はとにかく早く投与することが重要で、地域の医療人材の活用が不可欠だ」と指摘する。

十分な供給量の確保も欠かせない。薬剤は中外製薬の親会社スイス・ロシュなどが海外で製造し、年間あたり少なくとも200万回分の製造体制を見込んでいる。中外製薬は日本政府と2021年分の供給契約を結び、国の調達予定量は20万回分ほどとみられる。

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