バイデン氏、アフガン戦争終結に固執

バイデン氏、アフガン戦争終結に固執 「米国第一」貫く
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN150GW0V10C21A8000000/

 ※『米国民の7割がアフガン撤収を支持し、内向き志向が一段と強まる米国。アフガン撤収は、同盟関係やパートナー関係が米国の国内事情に左右され、永続的ではないことを示しているようにみえる。』…。

 ※ 何を「当たり前」なことを、今さら言っているんだ…。。

 ※ 米軍の派遣、米国の関与というものは、全て「米国の納税者(=米国民)」のご意向にかかっている…。

 ※ 米国の「国政を預かっている者」も、そういう「ご意向」からは逃れられない…。
 ※ 「政権が変わった」ということは、そういう「米国民のご意向」が変わったということだ…。

 ※ 周辺国は、そういう「ご意向の風向き」に絶えず注意を払っていないと…。

 ※ 風向きが変わってから、右往左往しても、遅いんだ…。

『【ワシントン=中村亮】バイデン米大統領は14日、アフガニスタンの反政府武装勢力タリバンが首都カブールに迫るなかでも、米軍撤収を進める方針を堅持した。同盟関係やパートナーシップ重視を訴えつつも米国の国益を最優先するバイデン氏の信条を如実に映す。

バイデン氏は14日の声明で「私はアフガン駐留米軍を指揮する4人目の大統領だ。この戦争を5人目に引き継がない」と強調した。「アフガン軍が自国を守ることができない、もしくは守る意志がないのであれば、米軍がさらに1年間または5年間駐留しても意味がない」とも指摘し、4月に表明した米軍撤収を正当化した。

【関連記事】
・アフガン州都7割超が陥落 反タリバン牙城の要衝も 
・バイデン氏、アフガン戦争終結を優先 タリバン攻勢でも

バイデン氏は在カブール米大使館で働く外交官らの退避を加速するためカブールの国際空港に米兵1000人を追加派遣して5000人態勢とした。退避状況に応じて8月末に予定する米軍撤収期限がずれる可能性はあるが、約20年続く戦争の終結を優先する立場は変わらない。

バイデン氏がアフガン戦争の終結にこだわる理由はなにか。米ジャーナリストのジョージ・パッカー氏が著名外交官リチャード・ホルブック氏の生涯をつづった著作にバイデン氏の考えが表れている。ホルブック氏はバイデン氏が副大統領を務めたオバマ政権の初期にアフガン担当を務めた。

ホルブック氏に対し、バイデン氏は「私は女性の権利のために若者たちを(アフガンに)送って命を危険にさらさない。(女性の権利維持が)駐留目的にならない」と語った。タリバンは女子教育を敵視する。オバマ政権がタリバンの攻勢に対抗するため米軍増派の検討を進めるなかで、バイデン氏はむしろ撤収すべきだと主張した。

バイデン氏は2020年2月、CBSテレビのインタビューでパッカー氏の著作に関連し「タリバンがアフガンを再び支配して、女性が権利を失っても責任をとらないということか」と問われた。

「責任はゼロだ」。バイデン氏はこう断言した。CBSの司会者に「あなたは100万人のウイグル族が収容所で行われていること(の解決)のために中国と戦争をしろというのか」とまくしたてた。「私の責任は米国の国益を守ることであり、軍事力を使って世界のあらゆる問題を解決するため米兵を危険にさらすことではない」と強調した。

一連の発言は「バイデン氏は米国ができることの限界を認識している」(バイデン氏の元側近)ことを示す。バイデン氏はアフガン戦争の目的は米本土に対するテロの脅威をなくすことだと繰り返し主張。米同時テロの実行犯である国際テロ組織アルカイダの指導者ウサマ・ビンラディン容疑者を11年に殺害し「我々は目的を達成した」と語ってきた。

01年にアフガン戦争を始めたブッシュ政権(第43代)は当時のタリバン政権崩壊やビンラディン氏の殺害に加え、アフガンの民主化を目指していた。当時のラムズフェルド国防長官などブッシュ政権の政策理念であったネオコン(新保守主義)は米国流の民主主義を世界に広げるべきだとしていた。

米国のアフガン専門家の一人は、バイデン氏のアフガン撤収方針について「外交儀礼に従ったアメリカ・ファースト(米国第一)」と指摘する。アメリカ・ファーストを掲げたトランプ前大統領は同盟国との対話を軽視し、一方的にアフガン駐留米軍の削減を進めて強い批判を浴びた。バイデン氏はアフガン政府や欧州諸国と対話を重視したが、結局は米国の国益を最優先して撤収を強行しているとの見方だ。

アフガン撤収は同盟重視を訴えるバイデン政権の外交に疑念を抱かせる可能性がある。パッカー氏の著作によると、ホルボック氏はオバマ政権下でアフガン撤収を訴えるバイデン氏に対して「我々を信頼してくれた人々への責務がある」と主張したが、バイデン氏は「知ったことか」と応じた。

ニクソン政権は1973年、南ベトナムから撤退し、その2年後に首都サイゴン(現ホーチミン)が陥落した。

バイデン氏は南ベトナム撤退を引き合いに「ニクソン大統領とキッシンジャー大統領補佐官は(撤退を強行したが)おとがめなしだった」と指摘。米国に対する信頼は揺るがなかったとの見方を示唆した。「我々は政治的に大敗北しかかっており、失業率が高いまま、アフガンが足を引っ張り続けるのであれば12年の大統領選に負ける」とも語ったという。

米国民の7割がアフガン撤収を支持し、内向き志向が一段と強まる米国。アフガン撤収は、同盟関係やパートナー関係が米国の国内事情に左右され、永続的ではないことを示しているようにみえる。』