「デジタル通貨圏」主権揺るがす

「デジタル通貨圏」主権揺るがす クーレBIS局長
通貨漂流ニクソン・ショック 私はこうみる⑤
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR26DFS0W1A720C2000000/

『デジタル通貨の登場が世界の金融を再び大きく変えようとしている。官民の競争が通貨秩序をどう変えるのか。中銀デジタル通貨(CBDC)の検討を主導する国際決済銀行(BIS)イノベーション・ハブ局長のベノワ・クーレ氏に聞いた。

――なぜ中銀デジタル通貨が必要なのですか。

「民間の決済手段が多くあること自体はいいことだ。イノベーションは民間部門の競争の中で起こる。民間のプレーヤーは利益を求め、独自の体系(エコシステム)を作って価値を高め、市場を支配しようとする。これが資本主義のやり方だ」

「ただ、通貨に関してすべてを民間に委ねてはいけない。企業による(排他的な)『壁で囲まれた庭』となってしまう。通貨システムがバラバラになり、中銀が価格の安定や金融の安定を届けられなくなってしまう。デジタルになっても、中銀マネーがシステムの中心でなければならない」

【関連記事】
・マネーと経済、切れた連動 ドル50年で金対比98%下落
・覇権不在の不安再び 外貨準備、米ドル87%から59%に 
・円安頼み「貧しい日本」生む 円の実力、48年前に逆戻り
・為替リスクゼロは夢か 円の取引量、30年で7倍 
・共通通貨、ケインズの夢 中銀の7割がデジタル化研究
・ドル覇権、再び変革期に 変動相場ひずみ露呈

――米フェイスブックが2019年にリブラ(現ディエム)構想を発表した際、「中銀への警鐘だ」と声を上げました。

「発表まで中銀はデジタル通貨を遠巻きにみていて、規模が小さく金融政策や金融の安定とは関係がないと見下すようでさえあった。そこに突然、利用者が何億人に広がる可能性を秘めたプロジェクトが現れた。中銀は金融システムの一部が私物化され、伝統的な決済システムから切り離されるという見通しに直面し、受け入れてはならないリスクだと感じた。多くの中銀が真剣にCBDCを考え始めたのは、デジタル通貨を(自ら)提供できなければならないと理解したからだ」

――デジタル通貨は国際通貨秩序をどう変えるでしょうか。

「民間の手段が支配的になれば、混乱のリスクがある。数百万、数億の利用者がいる民間のネットワークの決済手段ができれば、米プリンストン大学のマーカス・ブルネルマイヤー教授が呼ぶところの『デジタル通貨圏』を作り出すリスクを冒すことになる。政治的な国境に基づく通貨圏の代わりに、国境を越えた民間ネットワークの利用ベースの通貨圏が現れる。これは国の主権や金融政策、資金洗浄などに重大な懸念を引き起こす」

「(デジタル化による)通貨間の競争は(国際金融秩序の)風景を変えるだろうか。確かなことは分からない。最終的には、基礎的な経済力と安定性というところに戻ってくるからだ。より構造的な問題と比べれば技術は二次的なものだ」

「小さな開かれた経済にとっては、通貨の代替という重要なリスクがある。通貨の信認が十分ではなく経済が安定していない場合、市民は自国通貨ではなくデジタル通貨に乗り換えるかもしれない。通常、ドル化やユーロ化と呼ばれる問題だ」

【関連インタビュー】
・米国の過信、ドル覇権のもろさに ロゴフ教授
・デジタル経済、人民元の国際化促す 孫立堅教授
・今も残る円高のトラウマ 行天豊雄元財務官
・基軸通貨、民主主義が必要条件 アイケングリーン教授

――大学時代に研究されていた「平家物語」の重要なテーマは盛者必衰です。ドル支配は今後も続きますか。

「この世に永遠なものはなく、支配的な通貨も、ひとえに風の前のちりに同じで、終わりを迎える。だが、かなり長い時間がかかるだろう。我々は通貨を、ほかの人も使うから使っている。置き換えることはとても難しい。米ドルの支配は近い将来も変わらず、デジタル通貨がそれを変えるとは思わない」

「経済規模でいえば、米ドル支配に挑戦しうる唯一の通貨は人民元だ。ただ、それには資本勘定を完全に開く必要がある。中国当局は金融の開放よりも国内の安定を優先している。そうであれば、近い将来にそれが起こるとは思わない」

(聞き手はベルリン=石川潤)

Benoit Coeure 仏財務省などで要職を歴任、2012年から19年まで欧州中央銀行(ECB)専務理事。20年から現職。中銀デジタル通貨(CBDC)検討の推進役
=おわり

松崎雄典、大塚節雄、大越匡洋、斉藤雄太、花田幸典、南毅郎、富田美緒、真鍋和也、粟井康夫、張勇祥、河浪武史、石川潤、土居倫之、後藤達也、川手伊織、奥田宏二、木寺もも子、南雲ジェーダが担当しました。』