中国になびくウクライナ 危うい米欧とのてんびん外交

中国になびくウクライナ 危うい米欧とのてんびん外交
編集委員 坂井光
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD070PS0X00C21A8000000/

『ウクライナのゼレンスキー大統領が中国に接近する姿勢をみせている。敵対するロシアを巡り、頼りにしている米欧から冷淡な態度をとられていることが背景にある。だが、そんな「てんびん外交」はこの地域に新たな火種をもたらしかねない。

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「外交関係樹立30年となる来年は関係をより進める機会となる。中国と欧州を結ぶ貨物列車などのインフラ建設で協力を推進しよう」――。7月13日、ゼレンスキー大統領からの要請で実現した電話会談でこう呼びかけたのは、中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席だった。

これには前段階がある。6月30日、キエフで両国の政府代表が道路、橋梁、鉄道などインフラ分野で協力し、経済関係の強化を加速する文書を締結。中国が主導する広域経済圏構想「一帯一路」にウクライナが積極的に関与することを示した。

国連共同声明への署名を撤回

米欧諸国が驚いたのは、これにあわせて中国の新疆ウイグル自治区における人権侵害に関して調査を求める国連の共同声明への署名をウクライナが撤回したことだ。しかも、直後に中国製の新型コロナウイルスワクチンの供給を受けたのだ。

親欧米派として2019年に当選したゼレンスキー大統領にとって中国接近は苦肉の策だろう。

14年に同国領クリミア半島をロシアに併合された。東部の一部は親ロシア派が支配し、いまも銃撃戦が散発している。兵力で圧倒的に劣るウクライナにとってロシアと対峙するうえで欧米の後ろ盾は不可欠だ。ゼレンスキー大統領が北大西洋条約機構(NATO)や欧州連合(EU)加盟を希望しているのもそのためだ。

しかし、思惑は外れっぱなしだ。NATO、EU加盟交渉は一向に進まない。ロシアを巡り支持を取り付けるため早期の会談を要請していたバイデン米大統領は6月、ゼレンスキー大統領より先にプーチン大統領との会談を選び、ロシアとの対話に乗り出した。

決定打となったのは、ロシアとドイツを結ぶ天然ガスのパイプライン「ノルドストリーム2」の完成にバイデン大統領がゴーサインを出したことだ。

ウクライナを迂回するこのパイプラインが稼働すると、同国の戦略的価値は低下する。ガスの輸送量が減れば、その分だけ通過料が得られなくなり、それでなくとも厳しい財政面で打撃を受ける。政治的、経済的にウクライナへの影響力を維持したいプーチン大統領の思惑通りの展開となりつつある。

ゼレンスキー大統領はバイデン大統領には配慮してきたつもりだ。今年3月には、米国の要請を受け、中国企業による自国の航空エンジン製造大手の買収を大統領令で阻止した。自らが軽視されていると感じたとしても不思議ではない。

米欧と中国をてんびんにかけるかのように振る舞い出したゼレンスキー大統領。意趣返しというよりは、米欧の関心を引こうという外交戦術だろう。

ただ、19年に最大の貿易相手国となった中国からの大規模投資に期待しているのも確かだ。ロシアとの紛争で疲弊した経済を刺激したいという実利を見据えた判断だ。

そんなゼレンスキー大統領の中国接近には、したたかさの裏側で、危うさが潜んでいる。
対ロシアで米欧とは一体感を強めなければならないときに、中国を巡りすきま風が吹けば、ロシアにつけいる余地を与えることになる。

ウクライナ東部では親ロシア派武装勢力との銃撃戦が散発している(4月、無人機を攻撃するウクライナ兵士)=ロイター
ロシア・ウクライナ問題はフランスのマクロン大統領とドイツのメルケル首相が仲介役を務めるが、プーチン大統領はウクライナと欧州の分断を図り、交渉を有利に進めようとするはずだ。

中ロ関係にも微妙な影
そしてもう一つ。中国という火種をこの地にもたらすことだ。中国にとって欧州への入り口であるウクライナで影響力を高める意義は大きい。6月にインフラ投資で合意したのも強化してきたロビー活動の成果だ。

先に進出したバルカン半島や東欧では、強引な手法に反発や警戒感がここにきて広がっている。香港や台湾問題もあり、習近平指導部に親中陣営を増やしたいとの思惑もある。

同時に、その副作用として、中ロ関係にも微妙な影を落としかねない。両国は「反米国」で一致し、親密度を急速に高めている。しかし、ウクライナは、ロシアが勢力圏とみなし、軍事侵攻してまでおさえようとしている地域だ。欧米に加え、中国がプレーヤーとして台頭すれば地域情勢が複雑化しかねず、プーチン大統領も注視しているはずだ。

欧米、中国、ロシアを巻き込んだてんびん外交は奏功するのか――。

ゼレンスキー大統領は、クリミア半島の奪還に向けロシアに圧力をかける国際的な枠組み「クリミア・プラットフォーム」の最初の国際会議を8月23日、オンラインで開く。その後米国を訪問し、30日に待ち望んでいたバイデン大統領との直接会談に臨む。

ウクライナの行方を占ううえで重要な指針は、そのとき示されるはずだ。

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