メラメドCME名誉会長、中国けん制「自由は常に勝つ」

メラメドCME名誉会長、中国けん制「自由は常に勝つ」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN07DRP0X00C21A7000000/

『米シカゴ・マーカンタイル取引所(CME)グループ名誉会長のレオ・メラメド氏(89)の回顧録「マン・オブ・ザ・フューチャーズ(先物の男)」がこのほど出版された。日本の外交官、杉原千畝氏の「命のビザ」でナチス・ドイツの迫害から逃れ、自由をこよなく愛する「金融先物の父」は時代を先読みし、市場を変革してきた。これまでの歩みとともに、市場や米中関係の将来について聞いた。

ーー新たに回顧録を書かれました。

「英出版社から書いて欲しいと打診された。回顧録なら1996年に『エスケープ・トゥ・ザ・フューチャーズ』を出版していると答えたのだが、あれから数十年たち、その間に私が創り出した電子取引システム『GLOBEX』が世界を変えたではないか、と説得された。同様に72年の金融先物市場の創設、81年のユーロドル先物の上場、82年の株価指数先物の上場なども時間を経たことで歴史的な評価が可能になる。新たな視点から書くことにした」

通貨先物で金融の世界に革命

ーー歴史的な観点からみて、ご自分の最大の業績は何だと思われますか?

「金融の世界に革命を起こしたことだ。72年に通貨先物を取引できる国際通貨市場(IMM)を創設し金融先物を世に送り出した。数百年ある先物の歴史のなかで初めての試みだったが成功し、今では取引全体の7~8割を占めるまでに成長している」

「先物市場の重要性は資産の流動化にある。先物が様々な資産クラスのリスクヘッジを可能にし、従来なら保険や、万が一の場合に備えて蓄えた資金を自由にした。成長のための投資に回せるようになり、資本市場の成長を招いた。金融における先物の意義を私よりも良く理解していたのがノーベル経済学賞受賞者のマートン・ミラー氏だった。彼は私の功績は『近代の金融を導入したことだ』と述べた。今、振り返ってみればその意味がよくわかる」

「CMEは巨大な保険会社なのだ。先物によって資本市場はより速く、大きく、効果的に成長できるようになった。株式相場をみれば、株価指数先物を初めて上場した82年に底をつけ、それから15年間のブルマーケットに入った。先物が持つヘッジ機能は株式市場の成長の一因であり、リスクの限定が可能になったことが影響している。例えばIBM株を保有する投資家は相場の上げ局面で株を手放すことなく先物を売って益出しができるようになった。その間も資産は市場にとどまる」

ーー市場のデジタル化を進めた破壊者 (ディスラプター) とも言われています。

「92年に創設したGLOBEXはテクノロジーの成長からみれば必然の結果だが、当時は誰もピット(競り方式で取引する立会場)がコンピューター画面に移行できるとは信じなかった。取引はトレーダーが対面で競争心という人的機能をもって行うもの、というのが常識だったからね。だが、私にはテクノロジーを使えば可能だとしか思えなかった」

ポークベリー(豚バラ肉)先物を場立ち取引するメラメド氏(中央 1970年)

「最初は鳴かず飛ばずだった。ところが、97年にS&P500種株価指数先物の小型商品、Eミニを電子取引のみで上場すると同時に大成功を収め、世界に電子取引の可能性を証明した。市場のマインドセットが変わり電子化が一気に進んだ」

生産性上昇「かつてのようなインフレはない」

ーー市場のデジタルトランスフォーメーション(DX)を先読みしたわけですね。ではテクノロジーの発展という観点から、市場関係者が注視するインフレの先行きを読み解いてください。

「これまでのようなインフレはやって来ないのではないか。大量の資産購入で米連邦準備理事会(FRB)のバランスシートは8兆ドルまで膨らみ、理論的にはインフレ上昇という結果を招いて当然だ。ところが、実際には食品や住宅価格が多少上がっているにすぎず、大きな影響はない。なぜか?テクノロジーにより生産性と効率性が高まったからだ」

「これまでなら、お金がモノを追いかけインフレになった。例えば君が今まで持ったことのない100ドル札を手にして、手が届かなかった高級ドレスを買ったとしよう。次に来た客も欲しがったが品切れだ。その客は手に入るのなら高くても買うと言い、インフレのスパイラルが起きる。ところが同じドレスをより多く安く早く作れたらどうか」

「1800年に電気が発明され、世の中が大きく変わった時代と似ている。ガス灯の暮らしは8~10時間働いて、後は寝るだけだった。ところが電気のスイッチを入れれば24時間の活動が可能になり、国内総生産(GDP)が大きく変わった。古い常識は消え去り2度と戻らず、新しい常識が取って代わった。現在の私たちも当時のように全く様変わりした時代に生きていることは間違いない。インフレも同様だ」

NYではなく、CMEを訪問した中国の国家主席

ーー新著には中国との関係について記載があります。85年に李先念国家主席(当時)が国家主席として初めて米国を公式訪問した際にCMEを訪れました。

「そうだ。米財務省から電話が入り、『中国の国家主席がCMEを訪問するというのは本当か?』と聞かれた。李氏はワシントン訪問の後シカゴに入り、CMEを見学した。海外からの来訪者がいつも訪れるニューヨークには行かなかった。前年の北京訪問時の宴席で私が中国人民銀行のトップに国家主席をCMEに招待したいと言ったのがきっかけだ」

「CMEの訪問者のなかには著名経済学者の成思危氏がいた。中国のベンチャーキャピタルの〝ゴッドファーザー〟として知られ、中国のナスダックともいえるチャイネクスト(ChiNext)を創設した人物だ。交友を深めるうちに、彼の友人で後に中華人民共和国副主席に就任した王岐山(ワン・チーシャン)氏を紹介してくれた」

「王氏は法と秩序を尊重する。市場哲学など共通点も大きかった。重要なのは彼が先物市場の重要性を理解していたことだ。私に中国金融先物取引所(CFFEX)の開設を手伝うよう依頼した」

「2018年に副主席に就任した王氏は私に、米企業の経営幹部からみた中国の短所を指摘するための諮問委員会を組織して欲しいと言った。米中貿易戦争の最中にあり、米中間の差を埋めるために情報を使う意向だったのだろう。我々は知的財産の盗用の中止やサイバー攻撃、一貫性のない海外投資家向け規制への対処などをリストに挙げた」

ーー今も諮問委員会のメンバーとして中国に助言しています。中国は共産党誕生100周年を迎えてますます強権的になっています。6月には中国共産党に批判的な香港紙・蘋果日報(アップル・デイリー​)が閉鎖に追い込まれました。

「中国の人権侵害の記録は受け入れ難い。香港が持っていた多様性、思想の自由を奪った。こういった出来事は中国における自由市場の将来を危惧させる。しかし、人々は独裁を好まない。89年に天安門事件が起きたように、米国留学で思想の自由を経験した学生500万人のなかから新たな指導者たちが現れるだろう。たとえ1世紀かかったとしても、思想の自由は常に勝つ」

「古代の中国は紙やアイスクリーム、コンパスなど、人類の文明のために数多くの発明や哲学者を生んだ。このDNAは尊敬されるべきだ。その後、毛沢東が文化大革命で国を破壊するなど方向性が変わっても、DNAは引き継がれ、新たな指導者が登場し路線修正が起きている」

失敗許す米国に底力、トランプ現象に警戒

ーー現在の米中関係をどうみていますか。

「実際の戦争にはならないが冷戦が続く。両国の間に大きな違いがあるからだ。米国が持つ自由市場の理想は単に経済原理ではなく、個人が良い商品やサービスを創り出す権利なのだ。経済学者フリードリヒ・ハイエクが説明しているが、社会的な哲学であり、生き方、考え方だ。中核にあるのは個人が独自の判断によって物事を追求し、古い法に立ち向かうリバティー(自由)だ」

ーー米国では人種や貧富の差による分断が深まり、出生率も低下しています。将来が心配ではありませんか?

「米国には力がある。自由市場は失敗を許すからだ。もし失敗すれば刑務所送りだとわかっていて誰が新しいアイデアを試すだろうか。『失敗したからどうした。またやり直せる』というのが米国の力だ」

「懸念はある。トランプ前大統領は『良さ』の対極にあった。ジョン・​ベイナー氏(元共和党院内総務)は『トランプはルシファー(悪魔)だ』と言った。もし再びトランプ氏のような人間が台頭すれば、そこに思想の自由はない。米国は中国との競争に破れるだけでなく全てを失うかもしれない。そうなるとは思わないが、可能性はある」

(聞き手はシカゴ=野毛洋子)

今年4月下旬に出版された回顧録「マン・オブ・ザ・フューチャーズ(先物の男)」

レオ・メラメド氏 ポーランド生まれ。日本の外交官、杉原千畝氏の「命のビザ」でナチス・ドイツの迫害から逃れたユダヤ人のひとり。親日家としても知られ、2017年の秋の叙勲で「旭日重光章」を受章した。記者メモ 89歳と高齢だが、相場チャートをにらみ電話で売買注文を出す姿は昔と変わらない。近況を尋ねると、昔出版したSF(サイエンス・フィクション)の続編を執筆中だという。近く諮問委員会に出席するため中国に行く予定だ。取材の間、多少の物忘れはあっても記憶力が目立って衰えている気配もない。貪欲なまでの生命力と知的好奇心に舌を巻く。』