台湾、銃声なき攻撃が迫る

台湾、銃声なき攻撃が迫る 中国仕掛ける「かく乱戦争」
本社コメンテーター 秋田浩之
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD292LB0Z20C21A7000000/

『ウェンディ・シャーマン米国務副長官が7月25~26日、中国を訪れた。外交を担当するバイデン政権高官の訪中は初めてだ。

予想されたことだが、この訪問は米中が抜き差しならない対立に入っている現実を印象づけた。

中国の転覆を企てるな、一方的なすべての制裁を解除しろ、領土や主権に介入するな――。王毅(ワン・イー)国務委員兼外相は3つの要求を突きつけ、とりわけ台湾問題でこう警告した。

「(台湾独立勢力が)挑発するなら、中国は必要なあらゆる手段をとり、阻止する」

問題は、戦争の危険がどれくらいあるのかだ。デービッドソン米インド太平洋軍司令官(当時)は3月9日、2027年までに中国が台湾に侵攻しかねないと警告し、世界に波紋を広げた。

その後、台湾海峡での米中戦争リスクをめぐり、日米などで議論が熱を帯びている。両国の安全保障専門家らにたずねると、デービッドソン氏は脅威をやや誇張しているとみる向きと、彼の分析に賛成する意見が併存している。

米中の軍事バランスだけをみると、後者の見方もあながち的外れではない。中国の猛烈な軍拡により、アジアでの米軍優位が崩れているからだ。

インド太平洋に展開している米軍に対し、中国軍は約5倍の戦闘機があり、25年には約8倍になる。同様に、中国軍の空母は同年までに3倍、潜水艦は6倍強、戦闘艦艇も9倍にふくらむ。

全面侵攻は考えづらいとの見方

ただ「27年まで」に限るなら、中国が全面侵攻に出ることは考えづらいという見方が、どちらかといえば有力だ。大まかにいって、その根拠は次の3つだ。

■中国が武力統一するには数週間~数カ月間、台湾海峡を支配し、大量の武器や人員、物資を台湾に輸送しなければならない。まだ、この作戦を確実に成功させられる能力は中国軍にはない。

■米軍は初戦で敗れたとしても世界中から戦力を集め、中国の輸送船団や軍港、空港に反撃するだろう。台湾軍も要所の守りを固めており、中国軍が一気に台湾全土を占領するのは難しい。

■習近平(シー・ジンピン)国家主席の目標は当面、台湾の独立阻止にある。平和統一の道も、完全にはあきらめていない。

もっとも、米軍が介入しないとなれば、これらの根拠は崩れる。米政府は公式な態度を示していないが、中国が一方的に侵攻した場合、米軍がただ傍観することはないだろう。実際、米軍の台湾への関与は深まりつつある。

複数の米安保専門家によれば、米軍は近年、数回にわたって台湾に人員を派遣し、台湾軍をひそかに指導してきた。訓練や図上演習を視察し、助言を与えるケースなどもあるという。

台湾が独立に動けば話は別だが、中国としては当面、米軍の介入を招くような全面侵攻よりも、別の手段によって台湾を追い詰めようとするだろう。

こうした仮説に立つと、向こう5~6年間、警戒しなければならない危機は主に2つある。第1は、中国が台湾の離島に軍事圧力を強めるシナリオだ。

台湾には実効支配している離島が複数ある。台湾海峡の南西にある東沙諸島、南シナ海の太平島、馬祖列島などだ。このうち、守りが手薄な離島を中国軍が奪おうとするパターンだ。

島部奪取演習を行う中国軍東部戦区第73集団軍(中国中央テレビの映像から)=共同

だが、中国からみると、離島侵攻には難点も多い。台湾を揺さぶる効果はあるが、米国などは猛反発し、台湾への防衛支援を強めるに違いない。そうなれば、台湾本島の統一はさらに遠のく。

米中、乏しい連絡体制に危うさ

そこで考えられる第2のシナリオが、中国による「かく乱戦争」だ。サイバー攻撃や情報・分裂工作によって社会を混乱させ、台湾当局への市民の不満や不安をあおる。同時に経済カードを使って親中派をさらに取り込み、台湾の統治を弱体化していく路線だ。

ロシアが14年、ウクライナのクリミア併合などで使った手法で、ハイブリッド戦争とも呼ばれる。中国はすでに、この「戦争」を仕掛け始めている形跡がある。

台湾の安保当局者によると、総統府や国防部(国防省)などへのサイバー攻撃のほか、社会のかく乱を狙った偽情報の拡散が近年、深刻になっている。「総統府ホームページの写真が偽物にすり替えられたケースもある」という。

6月まで台湾国防部のナンバー3だった元幹部に中国スパイが接触し、機密情報を得ていた疑いも7月下旬、浮上した。

中国が当面、かく乱戦争で台湾を揺さぶるとしても、それだけで物理的に統一できるとは限らない。このため、中国は全面侵攻の選択肢も残し続けるに違いない。

台湾海峡をパトロールする米中の軍用機や軍艦が接触し、一気に事態が緊迫する恐れもある。01年には海南島沖の上空で、両国の軍用機が衝突する事件があった。

気がかりなのは米中両軍のパイプが細っており、緊急時に連絡を取り合える体制も乏しいことだ。20年12月、両軍幹部はオンライン対話を開くはずだったが、米側によると、中国側が姿を見せなかった。オースティン国防長官も数回、電話協議を打診したが、中国軍側は応じていないようだ。

1937年以降の日中も含め、現場の交戦が導火線となり、全面戦争になってしまった例は少なくない。その歴史が台湾海峡で再現されるようなことになれば、世界への影響は計り知れない。

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秋田 浩之

長年、外交・安全保障を取材してきた。東京を拠点とし、北京とワシントンの駐在経験も。北京では鄧小平氏死去、ワシントンではイラク戦争などに遭遇した。著書に「暗流 米中日外交三国志」「乱流 米中日安全保障三国志」。

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