「メルケル後」ドイツの行方

「メルケル後」ドイツの行方 二大政党崩れ読めぬ連立
編集委員 清水 真人
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD288C50Y1A720C2000000/

『欧州の安定を左右する9月26日のドイツの連邦議会総選挙が波乱含みだ。中道右派のキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)と中道左派の社会民主党(SPD)の2大政党の長期低落に歯止めがかからず、そこに環境政党の緑の党が割って入る勢い。前例のない混戦で、首相を16年間務めたアンゲラ・メルケルが引退する選挙後に、どんな連立政権が誕生するかも読み切れない。

9月総選挙、緑の党が「台風の目」

7月22日、「夏の記者会見」を開いたドイツのメルケル首相=AP
「私は気候問題に多大な努力を注ぎ込んできた。それが全政治生活の根源にあった」

メルケルは7月22日、恒例の「夏の記者会見」で気候変動対策への取り組みをこう強調した。同月中旬の洪水災害によりドイツだけで約180人の死者が出た。総選挙に向けて気候変動対策や地球環境保護などがますます争点化する流れにある。

直近の複数の世論調査の政党支持率を見ると、CDU・CSUが27~30%で首位。これを緑の党が18~21%、SPDが15~17%で追う。さらに経済自由主義の自由民主党(FDP)が10~13%、排外主義で極右の「ドイツのための選択肢」(AfD)が10~11%、旧東ドイツの共産主義政党の流れをくむ左派党が6~7%と続く。

緑の党の急伸は、CDU・CSUとSPDが2大政党を形成してきたドイツ政治の地殻変動ともいえる。緑の党は1983年の総選挙で初めて議席を獲得。98~2005年にSPDのゲアハルト・シュレーダー政権で連立に加わったが、得票率10%に満たない補完勢力だった。17年の前回総選挙も8.9%で第6党だったが、今回は第2党をうかがう台風の目だ。

環境・気候変動対策への関心の高まりを背景に、19年の欧州議会選挙では各国で緑の党が躍進した。ドイツでもCDUに迫る第2党に急浮上。40歳で女性の共同党首アンナレーナ・ベーアボックを「総選挙の顔」となる首相候補に据えた今年の4月から5月にかけ、その新鮮なイメージも後押しして世論調査で一時は第1党に躍り出た。

その後、ベーアボックが追加収入を議会に適正に報告せず、著作に盗用疑惑も招くなど脇の甘さで批判を受け、勢いは減速気味。CDU・CSUは独西部のノルトライン・ウェストファーレン州首相でメルケル路線を継承するアルミン・ラシェット(60)、SPDは財務相のオラフ・ショルツ(63)とベテラン政治家を首相候補に立てる。

ドイツ政治に詳しい上智大教授の河崎健によると、従来の総選挙では2大政党の首相候補が1対1で対決する討論会を実施してきたが、緑の党が台頭した今回は「初めて3党の首相候補による討論会が試みられている」という。

大連立が招いた地盤沈下

新著発表会で話すドイツの環境保護政党「緑の党」のベーアボック共同党首=ロイター共同
ドイツの選挙制度は小選挙区と比例代表の併用制と呼ばれるが、最終的な議席配分は政党の得票率を鏡のように映す比例代表で決する。中小政党も議席を得られるので多党化しやすい仕組みだ。ただ、戦前のワイマール共和国で小党の乱立による議会の混迷がナチスの台頭を招いたとの反省から、得票率5%以上の政党に議席を与える。

この5%の壁が旧西ドイツ時代から「穏健な多党制」(イタリアの政治学者ジョヴァンニ・サルトーリ)を守ってきた。CDU・CSUとSPDが2大政党として政権を争奪。総選挙では両党が首相候補を押し立て、1対1の討論会が当然視される「政権選択選挙」のように運用されてきた。ただ、どちらも単独で過半数を制する想定はなく、選挙後は常に連立政権となってきた。

1970年代に2大政党の得票率の合計は90%を超えたが、80年代後半から長期低落。どちらかが首相を出し、2000年代前半までは小党と連立を組んできた。05年の総選挙でメルケルがCDU・CSUを第1党に復帰させ、首相に就いた時にSPDと36年ぶりに大連立政権を組んだ。メルケル政権16年のうち12年間はこの大連立で、現在も続く。

過半数を制したうえに政策の調整がつく連立の組み合わせが他になかなかない、などの事情から繰り返してきた大連立。ただ、選挙で対決した二大政党が、選挙が終わると手を組む分かりにくさは有権者の不信も招く。メルケルの中道志向でCDU・CSUから保守層が離れ、17年には右翼からAfDが5%の壁を超えて議席を確保するなど、「穏健な多党制」に分極化の兆しもある。

17年の総選挙ではCDU・CSUが得票率で32.9%、SPDが20.5%と、合計で50%超ギリギリまで地盤沈下した。SPDには党勢回復のために下野論も強く、総選挙から大連立継続の合意まで半年もかかる混迷ぶりだった。現在の支持率はCDU・CSUが30%前後、SPDが20%割れでいずれも過去最低の水準。この通りの選挙結果になれば、得票率の合計で初めて50%を割るかもしれない。

「ジャマイカ連立」か「信号連立」か

ドイツ西部ノルトライン・ウェストファーレン州の被災地訪問中、笑うラシェット州首相(中央)=AP共同
上智大の河崎は「安定ドイツ」を対外的に象徴したメルケルを「移民政策など中道寄りの路線で党派を超えて支持され、長期政権を維持した。CDUの支持率が下がったのはメルケルの責任、と言うより、そこを何とか支えてきたのがメルケル、ではないか」と評する。SPDは「党利党略を捨てて大連立に応じたのに、それを批判された。早く離脱したいのではないか」とみる。

総選挙後の連立政権について「上位2党でも過半数に達しない可能性が十分にある」と3党による交渉も予測する。ただ内紛を抱える左派党が得票率5%未満で議席を失うと、その分が他党に回り、2党で過半数に届くかもしれないという。「第1党が連立に加わらず、第2党以下による政権作りもありうる。過去に例がある」と指摘する。

現下の情勢を前提に、最も可能性があるとみるのは、第1党維持を狙うCDU・CSUと緑の党の連立、または、ここにさらにFDPが加わる組み合わせだ。シンボルカラーがCDU・CSUは黒、FDPは黄で、配色が「黒・緑・黄」のジャマイカ国旗になぞらえて「ジャマイカ連立」と呼ぶ。この場合はCDU・CSUから「ラシェット首相」が誕生する。ただ、洪水被害視察時の不用意な笑い顔が報道され、ラシェットの人気は下落している。

CDU・CSUが第1党でも連立交渉から外れ、第2党以下の緑の党、SPD、FDPで過半数形成を目指す案にも可能性がある、とも読む。これは緑の党が「ベーアボック首相」を出して政権の中軸を担う、という含みにもなる。SPDのシンボルカラーは赤なので、この組み合わせは「緑・赤・黄」の「信号連立」と呼ばれる。

緑の党がどのような形で連立交渉に臨むかが最大の注目点となりそうだ。他の選択肢を国旗の配色になぞらえると、「黒・赤・黄」の「ドイツ連立」や、「黒・赤・緑」の「ケニア連立」などもありうる。総選挙での勢力分布次第だ。

日本の衆院選は「勝者総取り」で民意を集約し、多数派を人為的に創出する小選挙区が主体で、比例代表で補完する並立制と呼ばれる。近年は小選挙区の特質が強く出て、選挙結果で政権と首相の行方は直ちに決まる。有権者が直接、政権を選択する形だ。選挙後の政党間の連立交渉に政権の行方を委ねるドイツとは対照的な仕組みだ。=敬称略 』