金メダリストはモン族系

金メダリストはモン族系 逆境はねのけ初の快挙―米体操女子スニーサ・リー
https://www.jiji.com/jc/article?k=2021080100178&g=int

『東南アジアの少数民族「モン族」にルーツを持ち、体操女子個人総合で優勝した米国代表のスニーサ・リー選手(18)。自身の故障や身内の不幸などが重なり、逆境と重圧の中で東京五輪を迎えたが、モン族系として初の金メダルの栄光を手にし、「移民の国」に興奮をもたらした。

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 「まるで夢のよう。まだぴんときていないもの」。リー選手は7月29日の記者会見で金メダル獲得の感想を語った。家族に起きた不幸などで「ここ2年は大変だった」と振り返り、「やり切った自分を誇りに思う」と述べ、両親やコーチへの感謝を口にした。
 モン族は中国南部やベトナム、ラオスなどで暮らす少数民族。米メディアによれば、リー選手の両親はそれぞれ1970~80年代に家族と共にラオスから米国に移り住んだ。現在、モン族系の人々はカリフォルニア州やミネソタ州、ウィスコンシン州を中心に30万人を超えるという。

 ラオスでは75年に社会主義政権が誕生し、迫害を恐れた人々が数多く国外に脱出した。リー選手の祖父は75年に終結を迎えるベトナム戦争で、共産主義勢力と敵対していた米軍に協力。ラオス新政権下の弾圧を懸念し、米国への移住に踏み切ったとみられる。
 リー選手の父ジョンさんは「モン族が厳しい生活をくぐり抜けてきたことを理解している人は少ない」と語る。移民として米国でたくましく生きるモン族は、クリント・イーストウッド監督の映画「グラン・トリノ」(2008年)で取り上げられた。最近では新型コロナウイルスの感染拡大で、アジア系住民への嫌がらせや暴力などのヘイトクライム(憎悪犯罪)も増えている。

 親子の二人三脚で歩んできたが、ジョンさんは19年、はしごから転落して下半身不随に。リー選手も足を骨折したほか、新型コロナ感染で親族を亡くすなど、「(体操を)やめようと思うこともあった」と苦しかった日々を振り返る。

 さらに、リオデジャネイロ五輪4冠を達成したチームメートのシモーン・バイルス選手が精神面への負担回避を理由に欠場を表明。メダルへの期待や重圧がリー選手に一気にのし掛かったが、「自分のために頑張るんだ。楽しめ」という父の言葉を胸に逆境をはねのけた。

 出身地であるミネソタ州セントポールの近郊では家族や友人が大勢集まり、金メダルが決まると大歓声を上げ、喜びを爆発させた。リー選手はメダル獲得後のインタビューで「モン族の人には夢がかなうことを知ってほしい。決して諦めないで」と訴えている。 (時事)』

米女子体操界の奇跡! 救世主のルーツはラオスの山岳地帯 スニーサ・リーの人生の向こう側
https://news.yahoo.co.jp/articles/2265d399ec3d4d9293fadbfc86e7ef6dfe8d516e

『【高柳昌弥のスポーツ・イン・USA】クリント・イーストウッド監督が2008年に製作した映画「グラン・トリノ」は、イーストウッド自身が演じる孤高のポーランド系米国人で元自動車工のコワルスキーと、アジア系移民の間で起こる心の変化と人間として本当に大事なものは何なのかをテーマにした作品。映画で重要な役割を担ったのはラオス、ベトナム、タイの国境周辺の山岳民族「モン族」の移民2世のタオ少年だった。

 モン族はベトナム戦争で米国に協力。それが災いして1975年に米国が撤退すると多くの人たちが行き場を失い、米国への移住を余儀なくさせられた。もともと今の中国の領土内が居住地だったそこを追われて東南アジア3カ国の山岳エリアを転々。数少ない収入源だったアヘン製造につながるケシの栽培はラオス政府の方針によって消滅し、今は山の斜面で行う焼き畑農業によってギリギリの生活を送っているという。

 現在、米国内でモン族の移民の最大のコミュニティーがあるのは中西部ミネソタ州ミネアポリスとセントポールの近郊。そして2021年7月29日、セントポールで生まれたモン族の第2世代が今度は米国スポーツ界の窮地を救った。

 モン族系米国人として初めて星条旗を背負って五輪代表となったのが女子体操のスニーサ・リー(18)。しかし母国を出発する前とその後では異なる立場と向かいあった。リオデジャネイロ五輪で“4冠”を達成した女子体操界の「絶対女王」シモーン・バイルズ(24)が団体には出場したものの自身の連覇がかかっていた個人総合を「精神的なストレスがかかっている」として棄権。米国期待の大スターが突然、舞台から“降板”するというまさかの事態となっていた。

 しかしリーは最後の種目となった床で自分の演技の難度を上げてすべて成功。そのあと床を得意にしているブラジルのレベカ・アンドラージ(22)が無難に演技をすれば逆転優勝を飾るだろうと見られていたが、ラインオーバーを2度犯すなどまさかのミスを連発し、わずか0・135点という差でリーがバイルスに代わって?金メダルを獲得し、米国はこの種目で大会5連覇を達成した。

 「これが現実の出来事とはとても思えません。どんなによくても銀メダルだろうと思っていましたから」

 生まれたときの名前はスニーサ・パブソンポー。2歳になったとき、ラオスからの移民だった母イーブ・トイさんが同じくモン族系移民のジョン・リーさんと出会い結婚。ただし戸籍上、法的な結婚ではなかった。それにもかかわらず名前を変えた背景には、今もなお社会問題となっているアジア系への差別と偏見をかわそうと意図があったと思うのだが、本当のことはわからない。しかし「リー」という名前を得たスニーサは、ラオスに残っていればなかったであろう?別の人生をここで手に入れた。

 6歳にしてすでに体操で天才的な才能を発揮。そして五輪選考会ではバイルスをかわして主要大会ではここ数年負け知らずだったバイルスを2位に追いやっていた。

 ただし本人もチーム関係者も、そして米国民もが東京五輪での大黒柱はあくまでバイルスであり、そのスターの座はゆるぎないものであると誰もが信じていた。

 ミネアポリス郊外の集会所では、事故で下半身にマヒが残っている父ジョン・リーさん、母イーブ・トイさん、そしてモン族の多くの移民たちがスニーサの演技を見守っていた。

 「この喜びをどう言葉で表現していいのかわかりません。金メダルなんて考えてもいませんでした。私は決して人前で泣くような人間ではないのですが、きょうは家族にとってもコミュニティにとっても“HAPPY TEARS”です」と、AP通信の取材に答えたジョン・リーさんは苦難の人生を重ね合わせながら、娘が成し遂げた偉業に生まれて初めてのうれし泣きを経験。悲劇の民族とまで言われたモン族が、崩れかかっていた女子の体操王国を長い長い時間をかけて見事なまでに救った1日だった。

 映画ではコワルスキーが命をかけてタオ少年を救い、愛車「グラン・トリノ」を“形見”として授けた。

 そして東京五輪ではバイルズに代わってリーがバイルズの穴を埋めて頂点に立ち、「金」という価値あるメダルを授けられた。

 世界には多くの少数民族がいて、決して恵まれていない生活環境の中で日々の生活を送っている。しかしスポーツができる環境を与えれやれば何かが変わる…。アジア系移民に対する偏見と差別が米国の社会で問題となっているが、クリント・イーストウッドよりもカッコよかった(と、私は思う)スニーサ・リーの“演技”の中には、今まで見えてこなかった新たな未来と可能性が見え隠れしていた。

 ◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。NFLスーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には7年連続で出場。還暦だった2018年の東京マラソンは4時間39分で完走。 』