ISSにロシアが新施設 有人宇宙技術で米中を天秤に

ISSにロシアが新施設 有人宇宙技術で米中を天秤に
編集委員 小玉祥司
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD097Z80Z00C21A6000000/

『ロシアが打ち上げた国際宇宙ステーション(ISS)の新実験棟が29日にもISSに到着、連結される見通しになった。月基地建設で協力するなど中国との接近を強め、米国を中心とするISSからの離脱にも言及するロシア。一方で、なぜ新施設を投入するのか。旧ソ連時代の遺産を生かせる有人宇宙分野をてこに、米中を天秤(てんびん)にかけながら宇宙開発での生き残りを図る姿がうかぶ。

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ロシアが21日に打ち上げた新実験棟「ナウカ」は全長が約13メートル、重さが約20トンで、日本の実験棟「きぼう」よりひとまわり大きい。ロシアの実験棟は初めて。ナウカはロシア語で科学を意味する。これにより、ISSにおける実験の能力はこれまでの1.5倍になる。

実験設備だけでなく、酸素製造装置など生命維持のための装置やISSの姿勢制御などに使える推進装置、欧州宇宙機関(ESA)が開発した船外作業用のロボットアームなども備える。

ISSの運用はロシア側と米国側でわけられていて、ナウカを運用するのはロシア側。接続作業や接続後の運用はロシア側の宇宙飛行士が担当する。現在、日本人宇宙飛行士の星出彰彦さんがISS船長を務めているが、全体の安全のためにロシア側と協力する程度という。

国際宇宙ステーションに加わるロシアの新実験棟「ナウカ」=ロスコスモス提供

ナウカが追加されたからといって、必ずしもISSの設備が最新鋭になるとは限らない。モジュールはロシアが最初にISSのために打ち上げた「ザーリャ」のバックアップのために造られたものを利用。打ち上げは当初、2008年ごろの予定だったが10年以上遅れた。

1998年に建設が始まったISSは老朽化も指摘されるが、「ナウカが接続したからといって、必ずしもISSの長寿命化にはつながらない」と宇宙航空研究開発機構(JAXA)モスクワ技術調整事務所の和田理男氏は指摘する。

独自の新宇宙ステーション構想

ロシアは独自の新宇宙ステーション構想を打ち出すとともに、4月に宇宙開発担当のボリソフ副首相が2025年以降のISSからの離脱に言及している。また中国とは月基地建設で協力する覚書を結び、6月にはロードマップも公表した。そうしたなかでなぜISSに新施設を投入するのだろうか。

ISSからナウカを含むロシア側の施設だけを切り離して、単独で運用することができないわけではない。構想中の新宇宙ステーションに流用することも考えられるが、基幹モジュールなどを新たに開発・投入する必要があると見られる。

冷戦時代は米国と宇宙開発のリード役を競ったロシアだが、旧ソ連の崩壊をうけてロシアもISS計画に参加。1998年に最初に打ち上げられた「ザーリャ」はロシア製だ。その後20年以上にわたってロシアは米国と協力してISSを運用してきた。

しかし、国際通貨基金(IMF)によるとロシアの現在の国内総生産(GDP)はカナダや韓国と同程度で、米国や中国とは大きな差がある。新たな宇宙開発に取り組む余力は乏しい。
過去の遺産の活用が重要に

そうした中で存在感を維持するには、有人宇宙飛行のように世界をリードしてきた過去の遺産を活用するしかない。ロシアにとって幸運だったのは米スペースシャトルが相次ぐ事故の影響などから2011年に運用を終了。ISSへ宇宙飛行士を輸送する有人ロケットはソユーズが独占する時期が続いたことだ。

国際宇宙ステーションの2025年以降の運用体制が決まっていない=NASA・ロスコスモス提供

米航空宇宙局(NASA)は、中国または中国企業との2国間協力による活動にNASAの予算を使用することを禁じた「修正ウルフ条項」があるため、ロシアに頼らざるをえなかった。しかし米スペースXの有人ロケット「クルードラゴン」が登場し、その優位性はなくなった。

宇宙強国を目指す中国は、月や火星の探査に成功し、独自宇宙ステーションの建設を開始するなど宇宙開発で急速に力をつけている。とはいえ宇宙強国の目標として「2030年にはロシアを抜き世界宇宙強国の仲間入りを果たす」としているように、まだロシアの技術的な優位を認めている。宇宙開発の先頭グループから脱落したくないロシアとしては、豊富な資金を投入する中国との協力は魅力的なだけでなく、米国へのけん制にもなる。

一方で、宇宙開発分野でロシアと米国はISS以外でも協力関係がある。米国の主力ロケットのひとつ「アトラスV」のエンジンがロシア製であることは有名だ。

ロシアも米国製機器に依存しており、国営宇宙開発企業ロスコスモスのロゴージン社長は米国がロシアの宇宙関連企業に科した制裁などが「協力を著しく困難にしている」と批判している。簡単に米国との関係を断つわけにいかないのも明らかだ。宇宙で中国との競争が激しくなっている米国にとっても、ロシアが中国と連携を強めるのは好ましいことではない。

実際、ボリソフ副首相のISS離脱発言後の6月に、ロゴージン社長がNASAのネルソン新長官と電話会談。ネルソン長官からISSの2030年までの運用延長の提案があり、ロゴージン社長は提案を支持した、とロスコスモスが発表している。ナウカの打ち上げは、そうした米国との関係維持をにらんだ動きともとれる。

ロシアは新宇宙ステーションのほか新しい大型ロケット開発の計画も進めているが、資金確保は厳しい。また宇宙の商業化が急速に進む中で、多数の超小型衛星で通信網をつくるメガコンステレーションなど最先端の動きでは後れをとっている。そうしたなかでいかに宇宙大国の地位を維持するか。有人宇宙技術を武器に、米国と中国の間でバランスをとることに腐心しているようにみえる。

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