デジタル空間に対中包囲網 米主導のデータ構想で火花

デジタル空間に対中包囲網 米主導のデータ構想で火花
編集委員 西村博之
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK217N30R20C21A7000000/

『米バイデン政権はデジタル貿易協定をサービス業、中小企業の活性化策と位置づける=AP

日本も含めたアジア地域を網羅するデジタル貿易協定の構想をめぐり、米中の争いが激化している。米国主導の協定は自由なデータや情報の取引を促すと同時に、域内各国との関係を深めて中国をけん制するのが狙い。ただ、中国との対立を嫌う国々もあり対中包囲網を築けるかは不透明だ。

APEC首脳会議で習氏がけん制

オンライン形式で開かれたAPECの非公式首脳会議に臨む中国の習近平国家主席(16日、北京) 新華社・共同)

「オープン、公平で差別のないデジタル分野のビジネス環境が必要だ」。21カ国・地域が参加し16日に開いたアジア太平洋経済協力会議(APEC)のオンライン首脳会議。中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席は事前収録した演説でそう強調した。

無難な発言だが、事情を知る関係者に含意は明白だった。米国が日本や韓国、オセアニアや東南アジアの各国と検討する中国抜きの広域デジタル貿易協定への批判だ。

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3日前、中国外務省の趙立堅副報道局長も米国にクギを刺していた。「徒党を組んで中国を封じ込め、地域の発展も阻む陰謀は失敗に終わるだろう」

首脳会議でバイデン米大統領が構想を説明するとの声もあったが、結局、明確な言及はなかった。

自由なデータ取引へ「経済圏」

米構想には経済、政治両面の目的がある。

経済面の目的はデジタル分野のルール整備。対象は国境をまたぐデータ流通、プライバシー保護、人工知能(AI)の活用など。技術革新を背景にコンテンツやデータの取引が急増するなか企業が活動しやすいデジタル空間の土台をつくる。

同種のルールは2020年発効の日米デジタル貿易協定や、シンガポール、ニュージーランド、チリが昨年結んだ協定にも含まれる。これらをひな型に協定を「面」へと広げ、デジタル情報が自由に行き交う経済圏をつくるのが米国の構想だ。

これが中国に対抗する仲間づくりという政治的目的にもかなう。自由なデジタル取引をめざす協定は、国家によるデータ管理を強める中国との違いをおのずと際立たせ、自由主義陣営を結束させる触媒にもなるのだ。

単独行動が目立ったトランプ政権と違い、バイデン政権は友好国との協調を重んじる。多国間連携の枠組みを重層的に拡充し中国に対抗する戦術で、日米豪とインドによる「クワッド」の強化が象徴例。広域のデジタル貿易協定も、そうした動きの一環といえる。

米労働者の反発を回避

米国がデジタル分野の協定に目を向けたのは、モノを中心とする伝統的な貿易協定を嫌う国内の事情もある。トランプ政権は製造業の衰退による労働者の不満を背景に環太平洋経済連携協定(TPP)から脱退した。

グローバル化を後押しした大企業寄りの政策への疑念は根強く、バイデン政権も労働者重視の「中間層のための外交」を始動させた。安易にTPP復帰などに動けば反発を招きかねない。

ただ、中国の勢いをそぐには米国とアジア各国との結束を早急にアピールする必要がある。そこで浮上したのが、サービス分野を主な対象とするデジタル貿易協定だ。

製造業者の反発を避けるとともに、ネット販売などで中小企業の輸出を促す効果も強調できると踏んだのだ。「まず中小企業や労働者に役立つ対策をとる」。最近の講演でアジアのデジタル貿易に触れた国家安全保障会議(NSC)のキャンベル・インド太平洋調整官はそう述べている。

米中板挟みの国も

菅義偉首相もAPECの非公式首脳会議に出席した(16日、内閣広報室提供)
米構想が思惑通り進むかは不明だ。米国に倣う国々に対し中国が圧力をかけるのは必至だ。「日本やオーストラリアは積極支持するが、韓国や東南アジアの国々は様子をみる可能性もある」(日本の通商関係者)。かといって板挟みの国に無理強いをすれば協定そのものの求心力が低下しかねないから難しい。

米国内の問題もある。米輸出の3割強はサービス。ただ目立つのは映画、音楽などのコンテンツや企業向けの業務支援。一般国民や労働者への恩恵は見えにくい。

一方、アジア地域を有望市場と位置づける米IT大手が協定を望んでいるのは周知の事実。「大企業寄りの政策」とみなされれば構想が支持を失う可能性もある。米政権内では対中政策の観点から協定に前のめりな国務省やNSCと、世論や議会の反応を気にする米通商代表部(USTR)の溝も指摘される。

今秋のAPEC首脳会議などもにらみ、構想をめぐる議論は盛り上がる見通し。だが中国の出方やアジア各国の反応、米国内の世論もあり曲折も予想される。

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