[FT]内向き強めるプーチン氏

[FT]内向き強めるプーチン氏
脱炭素、石油・ガス輸出に打撃
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB195JC0Z10C21A7000000/

『高炭素鋼は強いがもろく、非常に硬くても衝撃が突然加わると折れたりする。低炭素鋼は弾力があるため曲がりやすいが、折れにくい。権威主義と民主主義の政府を比較する際、この2つの金属を使った例え方は、2つの体制の対照的な特徴を説明する上でわかりやすいのではないだろうか。

プーチン氏が唯一懸念していることは、自身の権力を維持できるかどうかだ=AP
世界の豊かな民主主義国の政治は最近、力ずくでゆがめられてきた。米国をみると、共和党が投票を制限しようと法整備を進めようとしており、トランプ前大統領時代のゆがみがまだ残っていることが分かる。

欧州では、ポピュリスト(大衆迎合主義者)が民主主義の重要な要素である多様な価値観と規範の尊重に対して様々な攻撃を仕掛けている。

だが、どれほどゆがめられても、民主主義の制度機構は政権交代によって打撃に耐えており、折れないしなやかさを持っていることが証明されている。

一方、独裁国家をみてみると、ロシアのプーチン大統領は今もクレムリン(大統領府)の主だ。トルコのエルドアン大統領も、首都アンカラにあるベルサイユ宮殿のような豪華な大統領官邸で暮らし続けている。

そして中国・北京では、事実上の皇帝である習近平(シー・ジンピン)国家主席が、西側諸国が設計した国際秩序を取り壊そうと、対立的な姿勢を一層強めている。

政治弾圧の正当化へ外敵が不可欠

だが、権勢が全盛を誇っているようにみえても、突如無力になるのが、独裁者による支配の特徴だ。

ある英国人外交官がかつて、英外務省のソ連担当部門で見習いとして務めていたころの話をしてくれたことがあった。それは1980年代初頭のことで、ソ連は軍事的には絶頂を極めているようにみえた。

西側から見ると、ソ連の計画経済体制は持続不能に思えた。その一方で、ソ連国内で計画の行方に口をはさむ人はおらず、体制は永遠に続くと想定されていた。

プーチン体制のロシアは、ソ連のように崩壊するのか、それとも永続するのか。西側諸国の見解は割れている。

ロシア政府は今月、「国家安全保障戦略」の改訂版を公表した。クレムリンの世界観に多少なりとも興味を持ったことがある人にとっては、全体的な要旨はなじみがあるものだ。

国家主義の独裁者は、国内での政治弾圧を正当化するために海外に敵を作らざるをえない。ロシア大統領は以前から、西側諸国を自分の敵だとみなしてきた。

国家安全保障戦略は、窮地に立つロシアは敵対的な米国と北大西洋条約機構(NATO)同盟国に包囲されている、と記している。

さらに、敵対勢力(米国など一部の国は今、正式に「非友好国」に指定されている)が軍隊をロシア国境付近へ移動させている。米政府は国際的な経済力を駆使してロシアを攻撃している。西側諸国にとって、経済制裁はロシアの主権・領土を脅かす重要な手段である――などと説明している。

また、脅威は軍事的、経済的なものにとどまらず、攻撃はロシアの文化・文明に対するものでもあるとも論じている。

西側諸国は、「ロシア連邦の国民の伝統、信念、意見に反する」社会観、倫理観を世に広めている。だから西側が広めようとしているイデオロギーと価値観から国を守らなければならない、というわけだ。

1980年代の再来というには時期尚早

当然だが、こうした分析をみると、プーチン氏が西側との関係を根本的に変えようとはしていないことがわかる。スイスのジュネーブで6月に開かれたバイデン米大統領との首脳会談で、米ロ関係は仕切り直しとなったかもしれないが、関係は完全にリセットされたわけではない。

さらに、ロシアの有力シンクタンク、カーネギー財団モスクワセンターのドミトリー・トレーニン所長は、ロシアのこの最新の国家安全保障戦略に一つ重要な事項が追加されたことに気づいた。脅威が国外のみならず、国内にもあると認識するに至っている点だ。

ここには、厳しい経済状況、石油・ガスに大きく依存している経済構造、減少傾向にある人口、他国と比べて遅れている技術などが含まれる。トレーニン氏の見立てでは、「国内の社会問題や地域格差、経済格差などが際立つなか、ロシアの指導部には今、内向きにならざるを得ない理由が山積している」と言う。

さらに、政府中枢にまで広がっている汚職を加えると、収監されている反体制派指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏に対してプーチン氏が不安を抱く理由がわかる。国民の生活水準の低下だけでなく国家の汚職まで海外のせいにすることはできないのだ。

また、外貨獲得で石油・ガス輸出に依存していることもあり、世界各国が進めつつあるエネルギーの脱炭素化は、今後ロシアの国庫に入る収入がしぼんでいくことを意味する。

こうなるとつい、1980年代の再来かと考えたくもなる。つまり、体制に入ったひびがさらに広がり、ソ連のように崩壊する日がくるのではないか、ということだ。

筆者の考えでは、そうみるのは時期尚早だ。プーチン氏が唯一懸念していることは、自身の権力を維持できるかどうかだからだ。

自身の地位を守るためなら、プーチン氏は喜んでロシアの未来を盗むような行為にも手を染めるだろう。習氏の中国と手を組むことがこれにあたる。なにしろ、ロシアがその代償を払うころには、プーチン氏はもういなくなっている。

独裁国家、崩壊するまで形とどめ続ける

だが、世界の権威主義的国家の軌道が定まっていて変わらないと思い込むことも、体制が崩壊間近だと考えるのと同じくらい間違っている。

現代における「ポチョムキン村(帝政ロシア時代、体面を保つために作られた張りぼての村)」を作るような国の独裁者は、自分の支配のもろさをよく理解しているからだ。

「習皇帝」にとって、弾圧は統制の道具だが、同時に体制転覆をどれほど恐れているかも示している。こうした独裁国家は、どのタイミングで崩壊するかが最大の課題だ。しかし、こうした国は高炭素鋼のように、パキッと音を立てて折れる瞬間まで、その形をとどめ続けるのだ。

By Philip Stephens

(2021年7月16日付 英フィナンシャル・タイムズ紙 https://www.ft.com/)

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