40度の熱、激烈な頭痛 接種後に記者襲った「デルタ型」

 ※ ワクチン1回打ったくらいじゃ、やはり十分な「抗体」は、できないのか…。

 ※ 貴重な体験談だ…。

『新型コロナウイルスで感染力の強いインド型(デルタ型)などの変異型が、日本でも急速に拡大している。ワクチンが本来の効果を発揮するには2回接種の上に一定期間が必要とされ、接種1回の人などは変異型への感染リスクがまだ高い状態といえる。職場での1回目の接種後に変異型陽性が判明した記者(45)は、連日の高熱と激しい頭痛に苦しんだ。接種途中も感染への厳重警戒が必要だ。

東京本社で米モデルナ製ワクチンの1回目を打ったのは6月24日。腕に多少痛みがあったくらいで目立った副作用はなかった。接種後も夜の会合は避けており、通勤時間も早朝かラッシュアワー後で、人混みに接する機会はなかった。2回目の接種は7月末に予定されていた。

熱が出たのは接種9日後の7月3日土曜の夜だった。布団に入って熱っぽさを感じ、測ってみると38度ほどあった。この日は静岡県熱海市で土石流が発生、翌4日の日曜は朝から臨時出社し対応に当たる予定だった。「朝までには熱も下がるだろう」。安易にそう考え、そのまま眠ろうとした。

急激に上がる体温 くぎを打たれるような頭痛
だが体温は上昇を続け、4日未明には39度になった。寝付けず何度も体温計を確認するが全く下がらない。そのうち、大量の汗をかき始めた。1時間ほどで服がずぶぬれになるので、そのたびに着替える。寝間着用にとユニクロでまとめ買いしていたTシャツ5枚は朝までに底をついた。

普段の風邪なら、これだけ汗をかけば熱は引いた。だが夜明けごろになっても体温は高いままで、仕事は無理だと判断し、上司に業務の代打をお願いする連絡を入れた。

熱が上がるにつれ、経験したことのない激しい頭痛を感じるようになった。頭をほんの少し動かそうとするだけで、頭骨にくぎを打ち込まれるような衝撃が走る。あおむけから横に向き直るのすら難しいほどで、同じ体勢のまま必死に熱と痛みに耐えるしかなかった。
非常階段を上ってPCR検査へ

5日月曜の朝になっても熱は39度前後で引かなかった。発熱外来を探すと、自宅近くのクリニックが、午前の一般診療の終了後に発熱者を診るというので予約した。「時間になったら入り口前から電話してほしい」という。

3階にクリニックが入るビルの前に着き、電話を入れると、建物外側の非常階段から担当者が下りてきた。エレベーターは避けて階段で上る仕組みだ。事前にウェブ経由で提出していた問診内容に基づき受け付けを済ませると、まもなく診察室に呼ばれた。

「明確に判断する材料はないが、コロナが怪しくないことはない。ワクチンの影響による発熱にしては、接種から時間がたちすぎているし」。医師は難しい表情だった。感染者との接触に心当たりがない一方で、高熱が続く理由も見当たらない。「PCR検査をしましょう」。別室で唾液をプラスチックの試験管に採って提出した。待合室では既に何人もの人が順番待ちをしていた。結果は翌朝分かるという。

「結果は……陽性でした」 即日入院へ
翌6日午前8時半ごろに医師から連絡があった。「昨日の検査の結果は……陽性でした」。ショックは大きかった。どこで、なぜ、どうすれば。たくさんの「?」が、もうろうとする頭を駆け巡った。「このあと保健所から連絡があるので指示に従ってください」。電話口の声が淡々と説明を継いだ。

3時間ほどして保健所から電話が来た。症状に基づく東京都の入院判断フローチャートによると、39度の発熱は入院相当になる。症状が出て既に4日、消耗を感じていたこともあり入院調整をしてもらうことになった。「感染が相次いでいて本日中には決まらないかも」と言われたが、1時間ほどで入院先決定の連絡が届いた。

念のため登校を見合わせていた10歳の息子は、テーブルに突っ伏して泣いていた。学校やニュースでコロナの話題が日常化していても、やはり近親者の感染は恐怖を呼ぶのだろう。

病院到着、CTに直行 レムデシビル点滴も

着替えをまとめ、まもなく保健所から自宅に派遣されてきた専用の送迎タクシーに乗った。前部と後部の座席がシートで隔ててあり、後部座席には掃除機のような吸引ノズルが設置され、轟音(ごうおん)をたてて空気を吸い込んでいた。

病院につくと車いすにのせられ、コンピューター断層撮影装置(CT)室に直行した。「通常は先に同意書をとりますが、こういう状況なので」と医師は言った。撮影が終わると、複雑にゾーニングされた病棟内を運ばれ、4人部屋の病室に通された。

病室に入るとほぼ同時に、レムデシビル(ベクルリー)の点滴が始まった

レムデシビル(ベクルリー)に関する製造元の米ギリアド・サイエンシズの説明文書。副作用の可能性などが記載されている
CTの撮影画像がすぐに届き「一部肺炎の白い影が見えます」と説明を受けた。採血が行われ、抗ウイルス薬のレムデシビルの点滴もその場で始まった。

「肺炎症状はあるものの酸素吸入はしない」レベルだと、厚生労働省などによる診療の手引きによれば「軽めの中等症」に位置づけられる。肺炎の所見がなければ軽症、肺炎があり酸素吸入も必要なら重めの中等症だ。集中治療室(ICU)や人工呼吸器を使うほどになれば重症扱いとなる。

指先で測る血中酸素濃度は95%前後の値を指した。数値は常時監視されており、大きく下がるとナースステーションでアラートが鳴る。

カーテンで仕切られたブースはほぼ2メートル四方。ベッドのほかは周りにちょっとした物入れがあるだけで狭く、最初の問診で「閉所恐怖症はありませんか」と尋ねられたのに納得した。共用のトイレとシャワーも部屋にあり、部屋から出るのは厳しく禁じられた。買い物は週2回、必要品を看護師に伝えてコンビニで買ってきてもらう。入院中にシーツ類の交換は無し。家族の面会も不可だ。

未体験の40度台 幻覚らしき症状も
病院に移っても高熱と頭痛は変わらなかった。毎食後に解熱鎮痛剤のアセトアミノフェンが処方され、服用後2~3時間ほどは38度前後に下がるものの、再び上昇することを繰り返した。夜は特に厳しく、入院初日は夜中に40.7度、翌日も40.2度まで上がった。全く眠れず、ひたすら歯を食いしばって夜明けを待った。

血中酸素濃度は常時監視され、大きく下がると警告が出る
40度台の発熱は未経験だった。まぶたを閉じると、視界が暗くなるのではなく、鮮やかな色彩の見知らぬ世界が広がった。目覚めているのに夢を見ている感覚で、幻覚のように感じた。

特効薬がない以上、高熱も頭痛も、対症療法で症状が落ち着くのを待つほかない。食欲はなかったが出された食事はなんとか口に運び、眠れなくても安静に横たわって、ひたすら熱と痛みがおさまるのを待った。

入院3日目になって、ようやく熱が引き始めた。結局、入院前から数えて39度台を3日間、40度台を2日間記録した。解熱剤なしでも3日続けて発熱がないことを確認して退院となるまで、9日間を病院で過ごした。

途中、保健所から「スクリーニング検査の結果、『L452R』の変異型への感染が確認された」と電話があった。デルタ型に特徴的にみられる変異だ。市中での広がりを身をもって実感させられた。

感染避ける取り組み重要 家族にも影響大きく
せきは多少出たものの一貫して息苦しさはなく、症状の中心は発熱と頭痛にとどまった。それでも高熱が何日も下がらないと「いったいいつまで続くのか」と絶望感を覚えた。

眠れぬ夜、別の部屋からは激しくせき込む声が一晩中聞こえていた。深夜に突然、大音量のER(救急)コールが病棟中に鳴り響いたこともあった。一定割合で途中から重症化するケースがあるとされ、先行きへの恐怖もなかなか消えなかった。

医療従事者にかける負担も重い。常に防護服にゴーグル、マスクでの対応を迫られ、患者4人が入る同じ部屋の中でも、1人に1度対処するごとに手袋を替えて消毒を徹底する。個人用防護具(PPE)が不足した昨年の第1波を思うと背筋が寒くなる。

食器は全て使い捨てだ

トレーも紙製の使い捨て。看護師は患者個々のブースに出入りするごとに毎回手袋を替える
妻と息子はPCR検査で陰性だった。ただ現行の運用ルールでは陰性でも14日間の外出自粛が求められる。2週間学校に通えない影響は小さくない。

感染源ははっきりしなかったが、マスクと手洗いを欠かさない、不要不急の会合や人混みは避けるなど、基本的な感染防護の重要性を改めて痛感した。「ワクチンも1回打ったし、そろそろみんなで飲みにいってもいいか」。もしそんなライトな感覚で感染したとしたら、その後に待っている事態がもたらすマイナスは、まったく割に合わない可能性がある。(山本有洋)

8月中旬の新規感染2400人超 都モニタリング会議が予測

東京都は15日のモニタリング会議で、変異ウイルスが広がっている影響で4週間後の8月11日には1週間平均の1日あたりの新規感染者が2400人を超えるとの見通しを示した。14日時点の病床使用率は34%で、2023人が入院している。
国立感染症研究所の分析では、都内ではすでに49%が感染力の強いインド型(デルタ型)に置き換わり、8月下旬にはほぼ全て置き換わる。都内では6月以降、感染者の9割を50代以下が占め、若年層の感染が拡大している。7月6日~12日の新規感染者のうち40代は18.3%、20代は30.9%に上った。専門家は「あらゆる世代に感染リスクがあるという意識をより強く持つよう啓発する必要がある」と訴えている。 』