本音は「米冷欧熱」か 迷走するプーチン外交

本音は「米冷欧熱」か 迷走するプーチン外交
編集委員 池田元博
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD157H40V10C21A7000000/

『ロシアが7月初旬、軍事、内外政策の基本指針となる「国家安全保障戦略」を約6年ぶりに改訂した。米欧による軍事的圧力や内政干渉を批判し、ロシアの主権や領土保全を脅かす非友好的行為には「対称的・非対称的措置」をとると警告した。米欧との対決姿勢を誇示する内容だが、プーチン大統領は他方で欧州との関係改善には前向きだ。本音はどこにあるのか。

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NATOの動きを強く警戒

「現代世界は(多極化への)移行期にある」。ロシアが改訂した国家安保戦略はこうした認識を示すとともに、米欧が依然として支配的地位を維持しようとしていると指摘。国際社会で米欧は自らの規範を押しつけ、制裁やあからさまな内政干渉をしていると非難した。

軍事的には北大西洋条約機構(NATO)によるロシア国境付近での軍事インフラの増強、米国による欧州やアジア太平洋地域での短・中距離ミサイルの配備計画などを主たる脅威と位置づけた。他国との関係については、旧ソ連の独立国家共同体(CIS)諸国のほか、とくに中国やインドとの関係強化を唱えている。

ロシアは2014年、ウクライナ政変のさなかにクリミア半島を自国に強制編入。ウクライナ東部で起きた政府軍と親ロシア派武装勢力による戦闘にも軍事介入した。米欧はロシアが国際秩序を大きく乱したと激しく非難し、双方の関係は急速に悪化した。

続く軍事的緊張

6月23日、黒海北西海域を航行する英駆逐艦「ディフェンダー」(ロシア連邦保安局提供、タス=共同)
とくに欧州ではポーランドやバルト諸国を中心にロシア脅威論が台頭。NATOによる対ロ防衛強化の動きも広がり、軍事的な緊張が続いている。6月下旬には、英国の駆逐艦「ディフェンダー」が黒海のクリミア半島付近を航行した。ロシア国防省によれば、同艦が領海侵犯したとして警告射撃したという。

改訂した国家安保戦略はこうした現状も反映したとみられ、ロシアにとって「米欧との関係改善はもはや優先事項ではなくなった」(カーネギー財団モスクワセンターのドミトリー・トレーニン所長)との指摘もある。

プーチン氏自身、先の英駆逐艦の行動を「挑発行為」と激しく非難している。ただ同氏は、この事件では事前に米国の偵察機がギリシャのNATO空軍基地から飛来し、ロシア軍の対応などを監視していたと付け加えている。NATOを実質的に率いる米国が主導していたという見立てだ。

対欧接近のメッセージ

ロシアは今春から、プーチン氏の指令で「非友好国」の選定を始めた。対象国は在ロ公館などでのロシア人職員の雇用が禁止・制限されるが、現時点で「非友好国」としたのは米国と、過去の爆発事件に関与したとして大量のロシア外交官を追放したチェコの2カ国だけだ。ロシア批判の先頭に立つ英国やポーランド、バルト諸国は入っておらず、欧州とのさらなる関係悪化は避けたいという思惑がうかがえる。

そんなプーチン氏の欧州への複雑な心情を吐露した事例がある。6月22日、第2次世界大戦の独ソ戦開戦から80年を迎えたことを機に独紙ツァイトに寄稿した歴史論文だ。

この中でプーチン氏は、ロシアが欧州との関係強化に努めたものの、NATOの東方拡大と「米国が工作し、欧州が支持」した14年のウクライナ政変が相互不信と軍事的な緊張を高めたと非難した。しかし、それにもかかわらず「ロシアは欧州の大国のひとつだ」と強調。「大欧州」の繁栄と安全のため、欧州とは誠実で建設的な相互行動を進める用意があると表明した。

完成間近の独ロ間を結ぶ天然ガス・パイプライン「ノルドストリーム2」(2019年6月、ロシアの建設現場)=ロイター

ロシアにとって欧州は、米国と違って距離的に近く、経済交流も盛んだ。欧州は依然としてロシアの対外貿易の4割近くを占め、特にロシア産天然資源の主要な供給先でもある。海底パイプライン経由でドイツに天然ガスを直接輸送する「ノルドストリーム2」計画も、年内に稼働する予定だ。

米国とは当面、政治的な距離を置かざるを得ないが、欧州とは極力、関係改善の機会を探りたいというのがプーチン氏の本音のようにみえる。

6月16日、スイスのジュネーブで会談したアメリカのバイデン大統領(左)とロシアのプーチン大統領=ロイター共同

6月の米ロの首脳会談を受け、ドイツやフランスは欧州連合(EU)とロシアの首脳会談を提案した。結局、ポーランドやバルト諸国などの反対で実現しなかったが、ロシアは独仏の提案を歓迎した。ウクライナ紛争が続く中、今後も欧ロ間の緊張と対立は顕在化するとみられるが、ロシアが欧州と完全に決別する事態は想定しにくい。強硬か融和か。プーチン外交の迷走は続きそうだ。

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