「悪夢」の衝撃、環境一変

「悪夢」の衝撃、環境一変 主体的戦略追求の必要―ニクソン・ショック
https://www.jiji.com/jc/article?k=2021071400699&g=int

 ※ こういうことは、過去に何度も繰り返されたし、これから先も繰り返されるだろう…。

 ※ 「覇権国の世界戦略」というものは、「周辺国」の国家戦略なんか、「忖度」しないものなんだ…。

 ※ それどころか、「遠慮会釈も無しに」、「戦略変更」されるものだ…。
 
 ※ だから、日頃から「その世界戦略を、予想しておく」ことが、死活的に重要となる…。

 ※ 「実行すること」は、「覇権国」じゃなければ到底ムリだ…。

 ※ しかし、「考えておくこと」「頭の中を探っておくこと」は、「周辺国」でも可能である…。

 ※ その「読みの精度」が、「国家の死命」を制する…。

『1971年のニクソン米大統領の中国訪問発表は、中華民国(台湾)と深い関係を築いていた日本を激しく揺さぶった。国際環境を一変させる大国外交の力を目の当たりにした日本は今、米国の戦略を透徹した視点で見極めた上で、主体的に国家戦略を追求できるかどうか試されている。

対中、関与から競争へ 「ニクソン・ショック」50年、協調模索も深まる対立―米

 当時の佐藤栄作首相が牛場信彦駐米大使を通じニクソン氏の声明発表予定を知ったのは、発表の数分前とされる。「『朝海の悪夢』が現実になった」。牛場氏はこの後、ジョンソン米国務次官にこう語った。「朝海の悪夢」とは、頭越しの米中和解を突然告げられることへの不安を漏らした朝海浩一郎元駐米大使の発言を指す。

 佐藤氏は約9カ月前の70年10月にニクソン氏と行った会談で、対中政策の将来の発展について「緊密な連絡と協議を続ける」ことで合意していた。はしごを外された形となった佐藤氏は、情報収集力などをめぐって批判にさらされ、72年7月に退陣。後継の田中角栄首相は就任から3カ月を待たずに訪中し、米国に先んじて中国との国交正常化を実現させた。

 今日の米中関係は、当時とは逆の道をたどっている。バイデン米政権は「中華民族の偉大な復興」を掲げて強国路線をひた走る中国を「専制主義」と見なし、対決色を強める。一方で、日米関係は十分成熟しており、佐橋亮・東京大東洋文化研究所准教授は「(新たな)『ニクソン・ショック』は起きない」とみる。

 ただ、良好な日米関係は、必ずしも日本の外交・安全保障戦略の多角化につながるわけではない。佐橋氏は「米国は今後ますます中国に厳しくなり、中国もアジア各国に踏み絵を迫るようなアプローチを始めようとしている。どっち付かずの対応は難しくなっている」と指摘する。

 日本が直面しているのは、こうした制約の中で、米国追随にとどまらない地域・国際秩序のビジョンを描くという課題だ。日米は年内に再び外務・防衛担当閣僚協議(2プラス2)を開催する予定で、国家安保戦略や防衛計画の大綱の改定も取り沙汰されている。一連の過程で、対中抑止強化に加え、人権を含む普遍的価値の位置付けや経済安保などをめぐり広範な議論を交わす必要が出てきそうだ。 』