中国、フィリピン直接投資12倍 南シナ海実効支配進む

中国、フィリピン直接投資12倍 南シナ海実効支配進む
仲裁判決5年、全面敗訴も経済力で懐柔
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB06CE00W1A700C2000000/

『オランダ・ハーグの仲裁裁判所が中国の南シナ海に関する領有権の主張を否定する判決を下してから12日で5年がたった。中国は判決後も南シナ海の軍事拠点の整備を進め、経済支援をテコに関係国の抵抗を封じようとしている。米国は危機感を強めるが対応の遅れも目立っており、中国の実効支配の既成事実化を食い止められていない。

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ブリンケン米国務長官は判決から5年を機に出した11日夜の声明で「中国に国際法の義務を順守し、挑発行動を停止するよう求める」と強調した。ただ、中国外務省の趙立堅副報道局長は12日の記者会見で、判決について「違法かつ無効で、1枚の紙くずだ。中国は受け入れない」と従来の見解をくり返した。

中国は判決後も軍事拠点化を着々と進めている。南沙(英語名スプラトリー)諸島の岩礁に7つの人工島を建設。地理的な重要性から周辺のファイアリークロス(中国名・永暑)礁、スビ礁、ミスチーフ礁を「ビッグスリー」と呼び、対空砲などを設置できる砲台やミサイルシェルター、大型港湾、滑走路を整備してきた。

2018年には南沙諸島で対艦巡航ミサイルや地対空ミサイルを配備したと伝えられた。レーダー妨害装置を設置し、哨戒機や早期警戒機をローテーション展開する。西沙(英語名パラセル)諸島のウッディ島では戦略爆撃機H6Kの発着訓練を始めた。

21年3月にはフィリピンが排他的経済水域(EEZ)内と主張する南沙諸島のサンゴ礁で、民兵が乗っているとされる中国船が停泊を始めた。5月末には中国軍機がボルネオ島沖の領空に進出し、マレーシア空軍が戦闘機を緊急発進(スクランブル)する事態も起きた。

行政や民間の関連施設の建設も進んでいる。18年に南沙諸島の3つの人工島で気象観測所の運用を始めた。ウッディ島では映画館や図書館を新設した。当局は島で野菜栽培を振興しており、多くの民間人が生活していると強調する。日本政府関係者は「軍事と民間の施設を混在させ、有事の際に米軍が攻撃しにくくしている」と指摘する。

軍事演習も活発に実施し、5月には初の国産空母「山東」が訓練に参加した。米軍が周辺海域に近づくのを阻む「接近阻止・領域拒否」能力を高めるため、南シナ海に空母キラーと呼ばれる「DF21」や米領グアム島も射程に入れる「DF26」など弾道ミサイルを大量に配備。20年まで2年連続で発射実験をした。

そもそも仲裁判決に拘束力はなく、効力を担保するには米軍の関与が不可欠だった。ただ当時のオバマ政権は「判決は(関係国を)法的に拘束する」(ケリー国務長官)と中国に受け入れを求めつつ、対中関係を重視し中立的な姿勢をみせた。15年に始めた南シナ海での「航行の自由」作戦も中国に対して抑制的に運用した。

トランプ政権下の20年7月にようやく東南アジア各国を積極的に支持する方針に転じ、軍事拠点の建設に関わった中国企業に初めて経済制裁を科した。ただ、米国の安全保障専門家の間で「判決が出たときにこうした対応をしておくべきだった」との見方は多い。

CSISが公表したファイアリークロス礁の衛星写真(2020年3月)=CSISのサイトより
中国と領有権を争う東南アジア各国も中国の経済支援を無視できず強い対応が取れない。フィリピンのロクシン外相は「判決を弱体化したり歴史や記憶から消し去ったりする試みは断固として排除する」と語るが、ドゥテルテ大統領の発言には中国への配慮が目立つ。
中国は経済力を背景に懐柔策を続ける。米CNNによると、ドゥテルテ氏は19年8月に習近平(シー・ジンピン)国家主席と会談した際、習氏から判決を無視するなら中国が南シナ海でのガス田共同開発の権益の6割を譲渡するという提案を受けたと明かした。

フィリピンへの投資はドゥテルテ政権下で急拡大した。16~20年の中国による直接投資額は合計で5億6700万㌦(約624億円)となり、前政権下の10~15年に比べて12倍に増えた。ベトナムも20年に認可された中国からの投資総額は5年前の約2.8倍の20億6900万㌦に達した。中国は新型コロナウイルスの感染拡大で苦境にある東南アジア各国にワクチンを供給し、影響力を拡大させようとしている。

バイデン米政権は南シナ海での「航行の自由」作戦を継続し、同盟国や友好国との関係を立て直して対処する方針だ。とはいえ国務長官や国防長官らがまだ地域を訪れておらず、東南アジアに対する外交は心もとない。米国の関与不足への関係国の不満も根強い。ドゥテルテ氏は5月、周辺海域での中国船停泊になすすべもない現状を受け「(判決は)ただの紙切れだ。捨ててやる」といら立ちをあらわにした。(マニラ=志賀優一、北京=羽田野主、ワシントン=永沢毅)

▼国際仲裁裁判所の南シナ海問題の判決 中国と南シナ海の領有権を争うフィリピンは13年に国連海洋法条約に基づき、仲裁裁判所に提訴した。仲裁裁判所は中国が南シナ海で独自に設定する「九段線」と呼ばれる境界線内の主権や管轄権の法的根拠を否定。中国が主張する歴史的な権利を一方的で国際法違反だと断定し、中国が全面敗訴する内容となった。 』