IDを握れ、ネット広告で経済圏攻防

IDを握れ、ネット広告で経済圏攻防 広がる脱クッキー
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC3043R0Q1A630C2000000/

『世界でインターネット広告市場の地殻変動が起きようとしている。米グーグルはネット利用者の嗜好などを把握するサード・パーティー・クッキーを2023年にも廃止する方針を発表。プライバシー保護の流れが加速するなか、膨大なユーザー数を基盤とする電子商取引(EC)やSNSなどプラットフォーマーによるネット広告の主導権争いが始まる。』

『脱クッキー「絶好のビジネスチャンス」
「脱クッキーは当社の広告事業を伸ばすうえで絶好の機会と捉えている」。楽天グループ執行役員の紺野俊介氏はこう意気込む。楽天グループのID保有者数は1億人を超える。ECのみならず、旅行予約、金融、携帯電話といったさまざまなサービスを展開し、物販にとどまらないデータを蓄積している。ここ数年でポイント制度を既存の小売事業者に導入することで、オフラインのデータ取得にも力を注ぐ。

楽天グループは2017年に電通と共同出資会社の楽天データマーケティングを設立し、楽天グループのデータを活用した広告事業を本格化。従来は楽天市場の出店者向けの広告サービスが中心だったが、徐々にメーカーなど非出店者も活用可能な広告商品を増やしている。

楽天グループの広告事業の最大の強みは「購買データ」だ。例えばSNSの事業者は利用者が閲覧したコンテンツや検索などの行動を基に、興味関心などを推測して、ターゲティングメニューとして提供する。一方、楽天グループはどの商品を購入したかというデータを基に会員を抽出して広告を配信できる。

「楽天グループの広告事業の屋台骨を支えているのは楽天市場。市場上の売買データが増えるほど、広告精度も高まる。それを基盤にビジネスを拡大する」と紺野氏は語る。楽天グループはIDを軸にデータを蓄積したファースト・パーティー・データを広告事業に用いるため、クッキー規制の影響を受けにくい。』

『フェイスブック、脱クッキーの仕組み検証

フェイスブックは新たなネット広告の仕組み作りを急ぐ(ロイター)
米フェイスブックも、クッキー経済圏からID経済圏への移行に向けた準備を進めている。これまで「フェイスブック ピクセル」という広告配信や効果検証の仕組みを提供してきた。広告主企業のサイトを訪問した、あるいは申し込みボタンを押したといった行動の歴をサード・パーティー・クッキーとして記録し、フェイスブックやインスタグラム上の広告配信に活用する仕組みだ。

今後、サード・パーティー・クッキーが利用できなくなる状況に備え、フェイスブックは「コンバージョンAPI」という仕組みを用意した。クッキーを使わずに広告主企業とフェイスブックのサーバー間で通信をするためのプログラムである。20年秋に公開され、広告主企業との検証が始まっている。』

『ネット広告の転換期に

「単なる規制の問題ではなく、あらゆるサービスが利用者基点へと変わっていく地殻変動だと捉えている」。そう話すのはフェイスブックのマーケティングサイエンス ノースイーストアジア地域統括の中村淳一氏だ。パソコンからスマホに移行したモバイル革命で多くの企業が様々な対応を余儀なくされたように、デジタルのエコシステム全体が変わる”プライバシー革命”が近づいているとみる。

「優秀なファースト・パーティーのデータを自前で持てる企業は限られる。スケールを取るにはIDが多いサービスと組むのが有利なのは間違いない」と中村氏は言う。サード・パーティー・クッキーに依存しない計測機能を強化し、有利な立場にいる状況を維持していく考えだ。

大規模なIDや独自性のあるデータを保有するID経済圏は多数ある。例えば、アマゾン・ドット・コムやZOZOも購買データを起点とした広告事業が好調だ。化粧品口コミサービス「アットコスメ」や飲食店口コミサービス「食べログ」は、特定の業種に特化したファースト・パーティー・データを基にした広告事業を展開する。

NTTドコモやKDDIといった携帯キャリアは多くの加入者を持ち、独自のIDの下でモバイル決済サービスなどを展開してデータ基盤を強化している。』

『メルカリは広告事業を展開していないものの、数千万単位の利用者と大きな購買データを持つため、広告プラットフォーマーとしてのポテンシャルも高そうだ。

ネット広告の新たなID経済圏が広がる中で、台風の目となるのは米グーグルであることは間違いない。広告業界が対策に追われる中で、意外にも「待った」をかけたのがグーグルだった。同社は米国時間の2021年6月24日、ネット閲覧ソフト(ブラウザー)「クローム」におけるサード・パーティー・クッキー廃止を23年後半に延期すると発表した。

背景には、デジタル広告市場におけるグーグルの独占・寡占への懸念が広がっていることがある。英国の競争・市場庁など規制当局が調査に乗り出しており、その調整に時間を要していることもグーグルは明かしている。』

『グーグル、代替技術の開発主導

グーグルが主導で開発してきたサード・パーティー・クッキーの代替技術「FLoC(フェデレーテッド・ラーニング・オブ・コホート)」にも課題は多い。

FLoCはクロームの利用データを人工知能(AI)で解析し、利用者を「コホート」と呼ぶグループに分類。そのコホートのIDを広告識別子として、広告会社に提供する方法だ。4月には、FLoCを活用した実際の広告配信テストも始まっている。

だが、FLoCはあくまでグーグルが提供するもの。同社を中心に仕様などを含めてコントロールすることになる。グーグルはオープンな仕組みであることを強調するが、汎用技術のサード・パーティー・クッキーと比較して公共性が低いと見られる可能性もある。

FLoCのIDは、AIが「何かの違いがありそうだ」と区分けした集団にすぎず、それ単体では何を意味するのか広告会社は分からないという課題もある。

FLoCを活用した広告配信などでデータを蓄積し、「AというIDは自動車関心層である」といった具合に配信のアルゴリズムを再構築する必要がある。

そうしたノウハウがうまく構築できない場合、サード・パーティー・クッキーを用いた配信に比べて、広告効果が減少する恐れがある。電通デジタルの杉浦友彦副社長は「ターゲティング広告の配信精度の低下や、広告効果の計測がしづらくなるなど、一時的に不都合が出ると思っている」と見る。

こうした背景から、グーグルに限らずIDで顧客やデータを囲い込む「ウォールド・ガーデン(囲まれた庭)」と呼ばれる経済圏を築くプラットフォーマーがより力を持つ可能性がある。

IDを軸に取得したデータは、プラットフォーマーにとってファースト・パーティー・データに当たり、クッキー規制の影響を受けにくいからだ。グーグルであればクロームで閲覧したサイト情報や検索履歴、「ユーチューブ」の視聴履歴などが挙げられる。IDを軸とした経済圏を築くグーグルの広告プラットフォームは、脱クッキー時代でも高精度の広告配信を維持できるため、広告主も広告費を投下しやすいというわけだ。

従来、ウォールドガーデンは主にGAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)を指すことが多かったが、その概念はより広いものとなっていく。』

『ネット広告、プラットフォーマー間の競争へ

クッキー経済圏からID経済圏へと移り変わろうとするなか、マーケタ―は各広告プラットフォームを吟味し、自社の商品やサービスに合った広告出稿のポートフォリオを組むことが求められる。広告主の今後の決断を手助けするために、広告会社も支援サービスの強化を急ぐ。

「サード・パーティー・クッキーに依存した広告が使いづらくなることで、より効果が出る主要プラットフォーマー主軸の経済圏マーケティングが進むと思っている」。電通デジタルの杉浦氏は指摘する。

これに対応するため、電通デジタルは「データクリーンルーム」と呼ばれる取り組みを強化している。

データクリーンルームとは、プラットフォーマーが提供する分析環境下でプラットフォーマーが持つIDにひも付くデータと、広告主企業が持つファースト・パーティー・データを連携させて分析する仕組みだ。

プラットフォーマー側が用意したデータの箱に自社の顧客データを入れることで、プラットフォーマーが持つデータを用いて自社の顧客を分析したり、広告配信のセグメントをつくったりすることができる。』

『広告主企業には約2年の準備期間

グーグルは「Ads Data Hub(ADH)」というクラウドベースのデータ分析基盤を提供している。

ADHに広告主の広告配信データを接続することで、広告に反応した層がどのような層だったかを、配信後でも分析可能になる。これを基に広告効果が高い層を見つけ出し広告配信のセグメントとして切り出し、次のマーケティング施策に生かせる。

例えば、ビール会社であれば、広告配信データをデータクリーンルームに入れて、プラットフォーマーのデータを併せて分析すれば、その分析結果を次の広告配信や電子商取引(EC)サイトなどでのレコメンドの精度向上に活用するといった具合だ。

電通デジタルはグーグル以外のプラットフォーマーともこうした、データクリーンルームの構築を目指した議論を進めているという。

「脱クッキー時代ではプラットフォーマーがより力を持つことは避けられない。であれば、そのデータを使えるだけ使うという発想が大切だ」と杉浦氏は強調する。

グーグルがサード・パーティー・クッキーの受け入れ停止を2023年に延期したことにより、結果的に2年の猶予が生まれたことになる。とはいえ、ID経済圏へと移行する大きな流れは変わらない。

広告主企業は十分な準備期間が与えられたと考え、あらためて対策を練りなおしていくべきだろう。

(日経クロストレンド 中村勇介、松元英樹)』