脱炭素へプーチン氏の深謀

脱炭素へプーチン氏の深謀 課税警戒も探る商機
上級論説委員 坂井光
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK022FB0S1A700C2000000/

『世界が脱炭素に大きくかじを切るなか、産油国が対応を余儀なくされている。サウジアラビアは太陽光や風力など再生可能エネルギーへの投資を始めた。そんななか石油生産3位(2019年)、温暖化ガスの排出量4位のロシアが独自の道を歩み出している。』

『「ロシアの温暖化ガス排出量(二酸化炭素=CO2=換算)は1990年の31億トンから16億トンに半減した」「地球規模の問題の解決に向けた国際協力を強化する」――。今年4月、米バイデン大統領が主催した気候変動に関する首脳会議(サミット)で演説したプーチン大統領は自国の積極的な取り組みと協調姿勢をアピールした。』

『かつては「石器時代に後戻りする」と石油離れを皮肉り、環境活動家らに翻弄される西側指導者にも冷ややかだったプーチン氏。何が変わったのか。』

『大きなきっかけは、欧州連合(EU)が環境対策に後ろ向きな域外諸国を対象に導入を検討している「国境炭素税」だ。詳細は未定だが、アルミ、鉄鋼などを輸出するロシアは最も多くの税を納める国になる可能性がある。その額は米S&Pグローバルの試算では年最大60億ユーロ(約8000億円)になるという。

国際的に孤立していたプーチン氏がサミットで演説し、6月にはバイデン氏との会談を実現したのもロシアの立場を示す必要があったのだろう。EU首脳との会談が実現していないのは誤算かもしれないが、今後は独仏などとの直接交渉に乗り出すに違いない。』

『EUとの交渉をにらみロシアが唱え始めたのが、森林の吸収効果だ。同国には世界の森林面積の約2割が存在する。それを念頭にプーチン氏は「生態系による吸収能力はCO2換算で年間推定25億トンに及ぶ」と環境問題への貢献を強調している。

「これはロシアが享受すべき『排出権』に等しく、炭素税を課される筋合いはないという論理」(石油天然ガス・金属鉱物資源機構=JOGMEC)だ。現存する森林による吸収は、新規の削減にはつながらない。認められる可能性は低いが、ロシアはEUの譲歩を引き出す戦略だろう。』

『EUの炭素税に危機感を示すロシア。ただ、歳入の約4割を石油・ガス産業に依存し、産業構造の転換も進んでいないだけに、脱炭素を巡る立場は欧州とは異なる。』

『プーチン政権が2020年に11年ぶりに改定したエネルギー戦略。そこでは18年実績に比べた35年の化石燃料の生産予測を次のように定めた。▼石油 横ばい~12%減▼天然ガス 18%増~38%増▼石炭 10%増~52%増

減少を見込む石油も、補助金などで開発を支援する北極圏での生産が国内生産の17%から26%に高まる。できるだけ生産を維持するため投資は続けるという判断だ。

その意味するところは、プーチン氏の盟友でもある国営石油会社のセチン社長の度重なる発言にうかがえる。「再生可能エネルギーだけでは世界の需要をまかないきれない。石油・ガスには新たな開発の可能性がある」

願望を含むかもしれないが、脱炭素社会がそんなに急速に実現するのかという懐疑心が背景にある。あわよくば石油価格の上昇やシェアの拡大につなげる思惑がある。』

『一方で、プーチン氏はエネルギー戦略に急きょ、新エネルギーとして期待される水素を盛り込んだ。現在、世界で生産される水素の約8割が天然ガスを原料とするだけにロシアには優位性がある。さらに、原子力発電を利用した水素生産も視野に入れ、日本への供給も目指している。

その原発もロシアは輸出に積極的だ。今年に入り中国、インドで新規建設が始まった。日本や米国が原発技術や人材を失いつつあるなか、着実にシェアを拡大している。

弱点は太陽光や風力など再生可能エネルギーの技術で大きく出遅れていることだ。実際、国内の発電量シェアはほぼゼロで、電気自動車も普及していない。

脱炭素に戸惑いながらも、新たな商機を探るロシア。その成否はプーチン体制だけでなく国の命運を左右する。』