ディーゼル、脱炭素でも粘る 建機や農機でなお強み

ディーゼル、脱炭素でも粘る 建機や農機でなお強み
編集委員 竹田忍
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGH23E4K0T20C21A6000000/

『世界的な脱炭素の潮流や2015年の独フォルクスワーゲン(VW)によるディーゼル車の排ガス不正発覚で、燃費効率の高さを売り物にしてきたディーゼルエンジンのイメージは著しく傷ついた。様々な領域で電動化が加速し、電気自動車(EV)はエンジンを積んだ自動車を脅かす存在になりつつある。産業用ディーゼルの独擅場だった農業機械や建設機械でも電動化の試みが進むが、クボタの鎌田保一常務執行役員は「乗用車、トラック、産業用の順で電動化は難しくなる」と語る。

中大型の農機・建機は蓄電容量足りず
農地や工事現場で使う農機や建機は多くの電気を消費する。さらに最寄りに充電できる場所が少なく、充電切れは大問題だ。対策として着脱式のバッテリーパックを使い、電気を使い切るとフル充電したパックに交換する仕組みの開発が始まったが、小型機が対象だ。中大型の農機・建機に使うにはバッテリーの蓄電容量がまだ足りない。

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「新型コロナウイルス禍によるロックダウンで在宅時間が増えた結果、米国ではトラクターの需要が増えた」とクボタの土屋賢司エンジン事業推進部長は語る。住宅の庭が広い米国ではトラクターに作業機を取り付け、芝刈り機として使う。

こうした用途なら充電インフラの問題もなく、電動化しやすい。クボタは19年にフランス・パリの公園で、草刈りや資材運搬に使う小型電動トラクター試作機の評価試験を済ませた。追加の評価試験はコロナ禍で遅れ、今年10月の実施を予定している。また小型の電動ミニショベルを23年から日本かドイツで生産する。

パリの公園で評価試験中の電動トラクター試作機(2019年11月)
だが大半の農機や建機は低速で土や粘土を耕したり、掘削したりするのが仕事で、大きなトルク(駆動力)が必要だ。「電動化はできてもトルクが足りない」とヤンマーホールディングスの田尾知久執行役員は話す。大きな負荷がかかる産業用ディーゼルには独特の粘り強さが求められている。

ディーゼルエンジン、高い燃費効率で普及
ディーゼルエンジンは、ドイツのルドルフ・ディーゼル博士が1892年に発明した。シリンダー内の空気を圧縮したときの温度上昇を利用して燃料に着火し爆発させるディーゼルエンジンは、点火プラグを使う他のエンジンよりも燃費効率が高い。ただし大きくて重いのが難点だった。

世界中の機械メーカーが小型化に挑み、初めて成功したのがヤンマー創業者の山岡孫吉氏だ。1933年に完成した「横形水冷ディーゼルエンジンHB形」は3馬力で高さ95センチ、横120センチ、奥行き74センチで重さは500キロだった。

世界初の小型ディーゼル、ヤンマーの「横形水冷ディーゼルエンジンHB形」
ヤンマーの尼崎工場(兵庫県尼崎市)には、現存する世界最古のディーゼルエンジン2機のうちの1機が展示されている。ディーゼル博士ゆかりの独MAN社が小型化の功績を高く評価して57年に寄贈した。1899年製で高さ3・2メートル、20馬力で重さは5・8トンある。HB形に比べて馬力は6倍以上出るが、重量は11倍を超えており重い。

小型化の成功でディーゼルを農機や建機に搭載する下地が整った。英国で蒸気トラクターが発明されたのは59年、米国でガソリンエンジンを積み、前後進もできるトラクターが登場したのは92年だ。その後、エンジンはディーゼルに切り替わっていった。

1957年、独MAN社からヤンマーホールディングスに寄贈された現存する世界最古の実用ディーゼルエンジン(兵庫県尼崎市)
日本では1950年代半ばに北海道で欧米製大型トラクターの利用が始まった。クボタは60年に日本初の純国産トラクター「T15」を発売した。15馬力のディーゼルエンジンを搭載していた。

ヤンマーはより高性能のエンジンを求め、61年にドイツのNSU、ヴァンケル両社と提携し、ロータリーエンジンの技術を導入した。専門の「ロータリー内燃機研究所」を設けるほどで、一時は船舶やチェーンソー向けで精力的な商品化を進めたが撤退。ディーゼルに回帰した格好だ。

農機にも求められる環境対応
農林水産省の予測によれば、世界の食料需要は2000年に約45億トンだったが、50年には約69億トンまで増加する見通しで、農機に対する需要は大きい。ただ化石燃料の利用に対する環境規制は年々厳しくなり、環境負荷の少ない農機が必要だ。

エンジン効率を引き上げるカギの一つは、独ボッシュやデンソーなどが開発した「コモンレール」だ。タイミングをきめ細かく電子制御し、燃料を高圧噴射する。燃料の粒子が細かくなって燃え残りが減り、粒子状物質(PM)の発生を抑え、燃費も良くなる。

ターボチャージャー(過給器)も欠かせない。エンジンの排気で回るタービンから高圧の空気を送り込み、エンジンの出力と燃焼効率を高める。少ない排気量でパワーが大きい「ダウンサイジングターボ」が可能になる。モーターと蓄電池を併用するハイブリッド化とコモンレール、過給器の3点セットは今後の産業用ディーゼルに必須となる。クボタはハイブリッド化した産業用ディーゼルを23年をめどに実用化する。

ディーゼルは軽油、重油、天然ガスなど使える燃料の種類が多いのも利点だ。ヤンマーの山岡氏は資源に乏しい日本の国情を考え、石炭を細かく砕いた微粉炭を使うアイデアも温めていたという。

次世代ディーゼル、決め手は合成燃料
ディーゼルの存続には、環境負荷の小さい燃料への切り替えも考えねばならない。ヤンマーの田尾執行役員は「二酸化炭素(CO2)排出量が少ない圧縮天然ガス(CNG)を使う農機の開発を進めている」という。ただCNGは石油に比べてエネルギー密度が低く、大きな負荷がかかる作業だと厳しい場面もある。水素も同様にエネルギー密度が低い。

クボタの木股昌俊会長は「決め手は合成燃料ではないか」とみる。再生可能エネルギーで水を電気分解して得た水素と、様々な産業から回収したCO2を触媒で反応させてメタンを作り、さらに水素を添加して液状の合成燃料「eフューエル(燃料)」を作るのである。

これは温暖化ガス排出量を実質的にゼロにする「カーボンニュートラル」につながる。液状で従来の燃料と混合でき、既存のパイプラインや給油所、エンジンも流用できる。

合成燃料は100年前からある技術だ。CO2と水素からメタンを合成する技術は1911年に仏の化学者サバティエが発見した。20年代、ドイツの技術者フィッシャーとトロプシュは、一酸化炭素と水素に熱と圧力をかけ、触媒で反応させて液体炭化水素を合成する方法を開発した。コストが高く、なかなか普及しなかったが、温暖化ガス排出に対する課税や助成金交付などが進めば、実現可能性は増す。

ヤンマーの田尾執行役員は「創業者は農家の仕事を楽にするために小型ディーゼルを開発した経緯があり、今後もエンジン事業の重要性は高い」と語る。クボタの鎌田常務執行役員は「エンジン工場の新建屋に280億円をかけ、増産対応を含めると320億円を投資した」と話す。脱炭素の大きなうねりの中にあってもなお産業用ディーゼルには果たすべき役割があり、そこに注力する企業がいる。』