機能不全に陥るASEAN マイケル・バティキオティス氏

機能不全に陥るASEAN マイケル・バティキオティス氏
人道対話センターアジア地域ディレクター
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD285Q10Y1A620C2000000/

『ミャンマーの軍事クーデターと暴力は、東南アジア諸国連合(ASEAN)が、地域の約6億5千万人にとって本当に有益な存在なのかという根本的な問いを投げかける。ASEANは外交や対話の手段を有効に利用して危機に対応できなかったとして、域内外から厳しい批判を受けており、重大な岐路に立たされている。

2008年に発効した域内憲法の「ASEAN憲章」は自由度が高く、ASEANをより対応力のある組織に変える方法をみつけるのは、それほど難しいことではないように思われる。だが、地域紛争の解決を主導する役割を担おうとしてきたアフリカ連合(AU)などと異なり、骨抜きの状態を維持する習慣に逆らうのは難しそうだ。

Michael Vatikiotis オックスフォード大博士。アジアでの報道活動を経て2004年、スイス拠点のNGO人道対話センターに所属。
現状維持派は、ASEANの目的は(域内の紛争を伴わない)平和の維持に限られると主張する。1967年の創設以来、大規模な紛争は発生しておらず、平和の維持機能は果たされてきたといえる。大国との外交という意味でも、ASEANは中国や米国などとの会合を設定し、地政学的な緊張を管理するプラットフォームの役割を果たしてきた。

しかし、機能が十分でない兆候は以前からみられていた。地域での中国の役割や人権問題、民主主義に関する見解の相違を巡り、ASEAN内部に亀裂が生じている。ミャンマーを巡る混乱は、より強力なASEANが必要であることを浮き彫りにする。

ASEANを(ミャンマー問題の解決など)いまの目的に合った組織にするためには、何をすべきだろうか。災害時の協力体制などを目的に設立された、ASEANの防災・救援組織「AHAセンター」のような既存の組織の強化から始めるべきかもしれない。加盟国が積極的にスタッフを派遣し、拠出金を増やすということだ。

ASEANがミャンマー国軍のクーデター後に初めて開いた4月の首脳会議は、暴力行為の即時停止などで合意し、画期的だった。だがASEAN議長国のブルネイによる特使の派遣はなかなか進まず、時間稼ぎをしようとするミャンマー国軍の姿勢を(結果として)黙認するなど、合意は台無しになっている。

解決策のひとつは、ASEANの原則である「全会一致」をやめることだ。加盟10カ国の見解や立場が異なり、意見の一致はますます困難になっている。それぞれの問題に強い意見を持つ加盟国が率先して計画を立て、抵抗する加盟国に支持を求めるべきだろう。

より決定的な変更であれば、地域の安全保障と安定を守るための集団行動を検討する権限を持つ「ASEAN平和・安全保障メカニズム」の設立が考えられる。ASEANで紛争処理機関として採択されている「高等評議会」が、加盟国に制裁を科すようにすることもできるはずだ。

安保の手段確立には時間がかかり、ASEANがミャンマー情勢に影響を及ぼすのには間に合わないかもしれない。とはいえ重要な政治問題に関する意思決定をすぐに進めず、加盟国に緊急に必要な支援をする能力を構築しなかった場合の代償は高くつき、有害だ。

外部からの圧力などによって既に問題となっている分裂は、内部からも拡大している。一部の加盟国は、単独で行動する必要があると考え始めるかもしれない。ASEANは、加盟国間の紛争の脅威にさえさらされることになる。』

『「新冷戦」で埋没のおそれ

ASEANはアジアで最も成功した地域協力機構と目されてきた。バティキオティス氏が指摘するように、加盟国間に小規模衝突を除く武力紛争は起きていないし、地政学的に存在感を発揮してきた。加えて、加盟国の多くは割合に高い経済成長を実現してきた。

ただ、ASEANという機構の能力そのものは、もともと大したものではない。ミャンマー問題はそれを改めて浮き彫りにした。バティキオティス氏の提案するような改革が必要なのは明らかだが、実行は難しい。

ユーラシア大陸では、中ロが軸の上海協力機構(SCO)が存在感を高めてきた。インド太平洋では、日米豪印の枠組み「Quad(クアッド)」がかたちを整える。少なくとも「新冷戦」の間、ASEANは埋没していくのかもしれない。(編集委員 飯野克彦)』