幻の日韓首脳対話、つながらない東京五輪へのレール

幻の日韓首脳対話、つながらない東京五輪へのレール
編集委員 峯岸博
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK285OP0Y1A620C2000000/

『局面は転換されるのか。6月11~13日に英コーンウォールで開催した主要7カ国首脳会議(G7サミット)に先立ち、日韓両政府は菅義偉首相と同サミットにゲストとして招かれる文在寅(ムン・ジェイン)大統領が現地で対話に臨む腹合わせをしていた。少なくとも韓国側は略式の会談と受け止め、日本側も準備をしていた。だが、薄氷の「合意」は土壇場で崩れ、23日に開幕が迫った東京五輪にも重くのしかかっている。

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日韓がともに意識したのは、G7サミットに同席していたバイデン米大統領の視線だ。同氏の信頼が厚いブリンケン国務長官は就任前から日韓双方に歩み寄りを促してきた。国際協調を重んじるバイデン政権は対中国・北朝鮮シフトの最前線となるアジアの同盟国同士の確執に頭を悩ませている。日韓両政府も、国際会議の場を利用した首脳対話の調整に何とかこぎ着け、日本側からは韓国担当者も首相に同行した。

G7直前の情報で再び硬化

「事件」はG7サミット開幕の直前に起きた。英国に到着した首相一行のもとに、日韓がそれぞれ領有権を主張する竹島(韓国名・独島)周辺で韓国海軍などが15日に定例訓練を始めるとの情報が入る。日本政府内の空気は再び硬化し、最後は首相の判断で、略式とはいえ文大統領との会談を見送ることが決まった。

韓国の文在寅大統領は対日関係改善への意欲を繰り返し訴えるが……(英国でのG7サミットに参加後、オーストリアを訪問した文大統領、6月15日)=AP

G7閉幕の2日後に竹島で訓練をされれば、久しぶりの首脳対話が国内でどんな非難を浴びるかわからない。そんな思いが日本政府の背中を押した。秋までの衆院選が迫り、政府・与党内には世論にとりわけ敏感な土壌がある。かたや韓国人にとって竹島は過去の日本の軍国主義による韓国侵略の象徴で、解放後は民族の聖地になっている。すでに設定された定例訓練の日程を日本に配慮してずらせば、革新層を支持基盤とする文政権は国内でもたないとの判断がある。韓国側は訓練を非公開とし、上陸訓練も見送ったもようだが、日本側の態度は変わらなかった。

結局、両首脳の初顔合わせは12日、あいさつだけにとどまった。「文大統領が首相に歩み寄って」「ごく短時間」「簡単なあいさつを交わした」。両首脳の出会いを紹介する日本政府の説明は言葉の一つ一つに消極姿勢がにじむ。参加者がくつろぐ夕食会の場でも2人はわずかに言葉を交わしただけに終わった。

「日本側は実務者レベルで暫定合意した略式会談にすら応じなかった。遺憾だ」とする韓国外務省当局者への取材に基づく記事を韓国の聯合ニュースが報じると、加藤勝信官房長官は「そのような事実は全くない」と否定し、「直ちに韓国側に抗議した」と明らかにした。元政府高官は「日本の政権全体が韓国に対して冷めている」とため息をつく。

韓国の文在寅大統領が解決案を示さない限り、日本政府は歩み寄らない姿勢を変えていない(英国で開いたG7サミットに参加した菅義偉首相㊨、6月11日)=ロイター

五輪出席の意向を切り出せず

G7での初対面に韓国側は大きな意味を込めていた。日本との関係改善をめざす文大統領が東京五輪・パラリンピックの成功を願う気持ちを首相に伝え、開会式に合わせて自らも訪日する意向を伝える案が韓国政府内で検討されていたからだ。

直近の五輪である2018年2月の韓国・平昌冬季五輪の際は、当時の安倍晋三首相が訪韓して文大統領と会談した経緯がある。さらに、今年は新型コロナウイルス禍の影響で五輪に合わせた国家元首級の来日が例年より少ないといわれる。国家元首らの五輪出席は国際オリンピック委員会(IOC)が招待する形をとり、文氏が来日した場合、外交儀礼上、日本側が首脳会談を拒むのは難しいとの見方もある。G7で事がうまく運べば、東京五輪での日韓首脳会談に道が開ける可能性があっただけに、振り出しに戻った印象は拭えない。

東京五輪は菅義偉首相と韓国の文在寅大統領が個別に会談するラストチャンスになるとの見方がある

首相「(日米韓首脳)会談の環境にない」

日本側は「韓国側から正式な申し入れがない」として首脳会談の有無に関する態度を示していない。韓国側からすれば、菅首相との会談の確約を得られない以上、文大統領の訪日を決められないのが本音だ。「菅首相の決断次第」の展開になっているが、「(懸案解決の)方向性がつくまで会談はしないのか」という記者団の質問に、首相は「私の基本的な考えはそうだ」と述べている。米国を交えた日米韓首脳会談についても、日本政府や日本企業に元慰安婦や元徴用工への賠償を命じた韓国内の判決を念頭に「国と国との約束が守られない状況で、(首脳会談をする)環境にない」と言い切る。現状のままでの文大統領の来日にクギを刺したようにも聞こえる。

日本側の冷ややかな対応に韓国国内でも不満が広がり、訪日見送り論が強まっている。韓国紙・中央日報は6月23日付で、五輪開会式に文大統領の代わりに黄熙(ファン・ヒ)文化体育観光相を派遣する方向で韓国政府が調整していると報じた。韓国の世論調査会社リアルメーターが同28日発表した調査結果によると、東京五輪に合わせた文氏の訪日に約60%が「反対」と答え、「賛成」は約33%にとどまる。

韓国は今週から「ポスト文」を決める大統領選(来年3月9日投開票)への動きが本格化した。東京五輪は、菅、文両氏による個別の首脳会談のラストチャンスになる可能性がある。そのタイムリミットが刻一刻と近づいている。』