共産党王朝なぜ生き急ぐ

共産党王朝なぜ生き急ぐ 強い統制、明朝衰退の二の舞も
本社コメンテーター 秋田浩之
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD299L20Z20C21A6000000/

『いまだに昨日のように思い出す光景がある。北京に駐在していた1997年2月20日未明。私は北京市の西のはずれ、中国軍系の「301病院」の前にいた。

厳しい警戒のなか、青白いライトに照らされ、闇に浮かび上がる高級幹部用の病棟。その一室では、「中国最後の皇帝」といわれた最高実力者、鄧小平氏が息を引き取ったばかりだった。

国家の総設計者を失い、中国はどこに向かうのか。思わずそんな不安がよぎった。死去が発表になる約1時間半前のことだ。

そうした憂いは外れた。後継者らは彼が敷いた改革・開放のレールを歩み、急成長を果たした。

だが、天の上の鄧氏は安堵するより、現状を危ぐしているだろう。7月に中国共産党が100周年を迎えた今、彼の大切な「遺訓」が破られようとしているからだ。

「(米国と)信頼を増し、面倒を減らし、協力を発展させ、敵対しない」。鄧氏は晩年、次の指導者らにこのような遺訓を残し、必ず守るよう重ねて指示した。

内戦や数々の権力闘争を生き抜いた彼は、不用意に米国と敵対することの危うさを知っていた。

江沢民(ジアン・ズォーミン)氏は遺訓を守って対米関係を強め、クリントン時代に戦略的パートナーシップを結んだ。次の胡錦濤(フー・ジンタオ)氏は任期後半、対外路線を少し強気に改めたが、米国との対立は避けた。

対米協調の鄧氏と全く逆
ところが、習近平(シー・ジンピン)氏は全く逆の方向に突き進んでいる。米国主導の秩序に挑み、米中関係は冷え込む。ワシントンでは昨年来、中国の言動にとどまらず、共産党体制そのものを敵視する見方も広がりつつある。

そうした姿勢を鮮明にしたのが、トランプ前政権のペンス副大統領やポンペオ国務長官だ。2019年10月、両氏はそれぞれの外交演説で、当時は異例ともいえる激しい共産党批判を放った。

上級補佐官としてポンペオ長官に仕えたメアリー・キッセル氏は、当時の経緯をこう明かす。

「中国は自国民の人権を侵害し、周辺国を威圧するだけでなく、スパイやサイバー工作、情報戦を通じ、米国の政治体制にも干渉している。中央情報局(CIA)長官も務めたポンペオ氏は実態を知るにつれ、根本的な問題は個々の行動ではなく、共産党の体質にあると信じるようになった」

中国は強気な言動から周辺国やオーストラリア、欧州とも対立し、自らを孤立させている。

爪を隠し、各国と協調したほうが指導力を広げやすいはずだ。習政権はなぜ、各国を敵に回して超大国への道を生き急ぐのか。

主要国の当局者や識者の間では、2つの仮説が交錯する。第1は国力を増し、自信過剰になっているという見立てだ。

08年のリーマン・ショックにより、米欧型の経済モデルは傷ついた。コロナ危機では民主主義国の統治力も試練に遭っている。習氏は自信を深め、今こそ米主導の秩序を変える好機と信じているフシがある。

第2の仮説は逆だ。油断したら91年に崩壊したソ連の二の舞いになってしまう。こんな習氏の不安が強硬策につながっているというものだ。

中国では貧富の格差が広がり、少数民族とのあつれきも強まる。失業への不満も渦巻く。こうした火種が体制を脅かすのを防ぐため、香港やウイグル族への統制を強め、外国に強硬な態度に出ているという説である。

自信過剰と不安の両方
どちらが事実に近いのだろうか。正解はいずれか片方ではなく、両方とみるべきだ。

人間にたとえれば、自信過剰と不安症を併発している状態に近い。その分、冷静さを欠いた行動に出る危険も高まる。将来、この傾向はさらに強まるだろう。

特に気がかりなのが、少子高齢化だ。中国では65歳の人口が13.5%に達した。22年にも総人口が減少に転じるとの予測がある。

共産党が民心をつなぎとめてこられたのは、人々の生活を底上げしてきたからだ。改革・開放路線を始めた鄧氏の功績である。豊かさが頭打ちになれば、共産党の正統性は揺らぎかねない。

中国の歴史上、永遠に続いた王朝はない。だとすれば、「共産党王朝」はいま、何歳くらいに達したとみればよいのか。中国史を研究する岡本隆司・京都府立大教授は、こう指摘する。

「デジタルやハイテクを駆使する共産党は歴代王朝にはない装備を有する。今のところ盤石で、まだ老齢期に入ったと思えない」

岡本氏はそのうえで、習体制の強さと弱さは、明朝と重なる面があるという。「明朝は鎖国政策や中華イデオロギーで国内を引き締め、異論を封じ込めた。そのために、末期には活性化した民間の反発が相次ぎ、統治がほころびていった」

約300年にわたった明朝は1644年に滅びた。その後の清朝は、明朝流の統制を緩めた結果、外国勢力に侵食され、20世紀初めに倒れた。

習氏はこのうち、清朝を反面教師にしている。だが、明朝の教訓も決して忘れない方がいい。』