問われる闘志、視界不良の「ポスト菅」

問われる闘志、視界不良の「ポスト菅」 岸田文雄
2021キーパーソンの夏③
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA291MP0Z20C21A5000000/

『自民党の前政調会長・岸田文雄(63)は5月12日、前首相の安倍晋三(66)、副総理・財務相の麻生太郎(80)の事務所をそれぞれ訪ねた。

自民党総裁選への2人の見通しを聞くためだ。大型連休が明け、国会は残り1カ月あまり。岸田は総裁選は次期衆院選の後とみていた。

尋ねたのは「都議選と衆院解散・総選挙の結果によって、総裁選はどうなるのか」

「政治の一寸先は分からない、ということだな」。岸田は後日、会談内容を周囲に問われてこぼした。その後も2人を頼る「ポスト菅」戦略は視界不良のままだ。

首相の菅義偉(72)を選んだ2020年の総裁選で岸田は2位に終わった。当初は初当選同期で細田派出身の安倍と、自身が率いる宏池会(現岸田派)に縁がある麻生の支持を得る算段だった。細田、麻生両派は菅を推し、岸田は敗れた。

次の総裁選も狙いは同じ。岸田、細田、麻生の3派が結集すれば、党所属国会議員の半数程度になり、勝機が生まれる。

世論調査で岸田が首相候補として人気を集めているとは言いがたい。他派閥や無派閥議員に働きかけようにも「選挙の顔」の印象は薄い。まずは安倍、麻生を振り向かせるのが不可欠になる。

昨年の総裁選前、安倍と麻生の周辺からは「岸田は担いでもらうのではなく自ら闘う姿勢を示さねばならない」と苦言が呈された。「闘う岸田」への脱皮が問われる。

4月25日は天王山の一戦のはずだった。参院広島選挙区の再選挙だ。

広島は岸田の地元で自身も県連会長を務める。宏池会の議員の選出が続き、池田勇人元首相以来「宏池会の牙城」といわれてきた。

19年参院選で岸田派の現職が当時自民党だった河井案里(47)に負けた。4月25日は河井の当選無効に伴う再選挙で、岸田が推す候補は敗北した。

「政治とカネ」の逆風下とはいえ地元での連敗だ。派内でも「岸田は選挙に弱い」との評がでた。

「ぶれぶれでダメだな」。宏池会前会長の古賀誠(80)は5月、事務所を訪ねた岸田派幹部の前で岸田を批判した。

古賀は20年総裁選の後、岸田に「派閥名誉会長を退く」と伝え、21年の同派の政治資金パーティーの案内状から名前も消えた。麻生らが岸田に古賀との関係を断つよう促したとされる。

古賀が矛先を向けたのは岸田が掲げる政策だった。宏池会は安全保障では穏健なハト派、財政が規律重視という印象が党内では強い。総裁選を意識するこの1年で会長の岸田が変わった。

「派閥で議論せずにこんな表明をするのはおかしい。方針転換じゃないか」。派内で異論が出たのが3月のツイッターだ。岸田は「敵基地攻撃能力の保有検討」と打ち出した。

敵基地攻撃能力の保有は安倍が主張してきた政策だ。安倍の出身派閥の細田派は防衛力を重視しタカ派ともいわれた。ハト派の宏池会と安保政策は隔たりがある。

ツイートを読んだ派閥幹部は岸田に迫った。「宏池会の理念から見ると違和感がある。安倍に言われたのか」

岸田は安倍の意向があったか否かを明確に答えなかった。周囲には「宏池会の本質は徹底した現実主義だ」と説いた。

財政も同じだ。岸田は昨秋、大規模な財政出動・金融緩和策の継続を掲げる議員連盟の会長代行に就いた。安倍が会長を務め「リフレ派」議連とも呼ばれた。

岸田は今月、中間層を増やして格差縮小を唱える議連を立ち上げた。

総裁選に向けた「岸田ビジョン」をつくる舞台になる。焦点の安倍、麻生に加え、両氏の信頼が厚い麻生派の党税制調査会長、甘利明(71)が参加した。

甘利は総裁選前から岸田に助言する関係だった。総裁選後の昨年12月には、甘利と岸田、複数の岸田派幹部で会食した。

「まずは派閥の結束を固めるべきだ。人数は少なくても『岸田を死ぬ気でやるんだ』という人がいなければならない」と甘利は訴えた。他派の議員には岸田派は「闘志が足りない」と映る。

「死ぬ気にはなれないよな」。甘利と岸田が退席すると、残った岸田派幹部はこう話した。それから半年。岸田の闘いの記録には広島の敗北が刻まれているだけだ。

(敬称略)』