みずほ、10年改革は振り出しに 外圧頼み「魂」入らず

みずほ、10年改革は振り出しに 外圧頼み「魂」入らず
金融PLUS 金融グループ長 河浪武史
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB318AX0R30C21A5000000/

『「みずほ銀行頭取はネットニュースで自行のATM障害を認識するに至った」――。みずほフィナンシャルグループ(FG)が15日公表したシステム障害の第三者委員会報告書。多くの関係者を驚かせたのは、藤原弘治みずほ銀頭取が、障害発生から数時間も誰からも連絡を受けていなかった事実だろう。坂井辰史FG社長への一報も電子メールだけで、開封時は障害発生から既に6時間がたっていた。

第三者委はみずほを「危機対応力が弱く、問題解決の姿勢も弱い」と指弾し、それを「企業風土」とまで断じてみせた。同行は2011年、東日本大震災の直後という最悪のタイミングで、給与振り込みなど100万件超の入金が遅延する大規模障害を起こしている。その後は組織再編やシステム刷新など一定の自浄作用を発揮したかにみえたが、あっという間に再び「事なかれ主義」に陥った。なぜか。』

『「みずほが主体的に組織改革を進めないと、市場も取引先も納得しない」。10年前のシステム障害時。取材メモを読み返すと、同社首脳は筆者にこう吐露している。当時は第一勧業銀行、富士銀行、日本興業銀行の旧3行出身者が、みずほFG 、みずほ銀、旧みずほコーポレート銀行のトップを同列で分け合う「1社2バンク3トップ制」。意思疎通の悪さが目立っていた。』

『ただ、そうした自己改革の機運はわずか2年で弱まっていく。契機は13年に発覚した反社会勢力への融資問題だ。当初は「担当者どまり」とされた反社融資が、実は取締役会の資料に記載されていたことが判明。佐藤FG社長(当時)らも「知りうる立場にあった」ことがわかった。佐藤氏は兼務していたみずほ銀頭取を辞任。経営の透明性を高めるため「委員会設置会社」への移行も決めた。

この委員会設置会社案は、実はみずほ内部ではなく金融庁が持ち出したものだ。反社融資が公になった13年9月以降、佐藤氏は国会に参考人招致され、金融庁も2度も検査に入るなどして圧力をかけ続けた。「そのころから、みずほは一段と当局の意向ばかり気にするようになった」(同行OB)。』

『金融当局や社外取締役が「改革役」に浮かび上がる一方で、みずほ本体の執行部隊は主体性を失っていく。第三者委報告書では、みずほ銀が18年にもATM障害を起こし、今回と同じようにカードなどが吸い込まれる事故が1800件も発生したことを明らかにした。当時は対外公表を見送っただけでなく、システム改修などの根本対策も取らず、その危機意識の欠如が今回の大規模障害を招いた。

みずほFGは今回、藤原頭取らの交代を軸とした人事案をまとめたが、検査を継続する金融庁が正式発表直前に「待った」をかけた。みずほは今や首脳人事すら決められず、手足を縛られて身動きがとれない。

「巨大な象が自らの足を踏んで倒れないようにしないと」。当時としては世界最大規模の経営統合を発表した1999年、第一勧銀頭取の杉田力之氏はこんな戒めの言葉を発している。みずほはその後の成長鈍化で「巨象」ではなくなり、今では倒れたまま起き上がり方すら見失いつつあるようにみえる。』