トランプより過激な完全撤退、賭けに踏み切ったバイデンの思惑

トランプより過激な完全撤退、賭けに踏み切ったバイデンの思惑
“第二のサイゴン”に現実味
佐々木伸 (星槎大学大学院教授)
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/22773

『バイデン米大統領がアフガニスタン駐留米軍を米中枢同時テロから20年となる9月11日(9・11)までに完全撤退させると決断した。軍部の反対を押し切っての「無条件撤退」で、内戦が激化するなど戦況にかかわらず撤退を断行する。ある意味、撤退への道筋をつけたトランプ前大統領よりも過激な決定だ。政治的な賭けに出たバイデン氏の思惑と今後のシナリオを探った。

2001年、アフガニスタンの戦場に向かうアメリカ兵(代表撮影/ロイター/アフロ)
政府崩壊でも見直さず
 ニューヨーク・マンハッタンにあった世界貿易センターの双子の高層ビルに2機の旅客機が突っ込んだ9・11。実行した国際テロ組織アルカイダへの報復として、米国がアフガニスタン戦争を仕掛けてから20年。「史上最長の戦争」から抜けられないまま、泥沼にはまってきた。これまで2200人の米兵が犠牲になり、戦費は2兆ドル(200兆円)もつぎ込んだが、和平を達成することはできなかった。

 この「終わりなき戦争」に終止符を打つ道筋を付けたのはトランプ氏だった。「米第一主義」を掲げたトランプ氏は昨年2月、アフガニスタンの反政府勢力タリバンと和平合意し、今年5月1日までに完全撤退することを約束した。一時、10万人を超えていた米駐留軍は段階的に削減され、現在は2500人にまで減少している。

 だが、合意ではタリバンとアフガニスタン政府軍との内戦が激化し、政情が悪化しても撤退を実施するかどうかはあいまいな部分が残されていた。しかし、バイデン大統領は4月14日の発表で、撤退期限を9月まで先送りしたものの、「同国を再び、米本土へのテロ攻撃の拠点にさせないという目的は達成された」として、戦況にかかわらず完全撤退させることを決定した。

 大統領は「撤退の条件を設定するとして、どんな人的、予算措置をすれば、条件が整うのか、適切な回答がなかった。なければ、留まるべきではない」と述べ、内戦が激化し、たとえアフガン政府がタリバンの攻勢により崩壊するような最悪の情勢になっても撤退の方針を変えない決意を明らかにした。

 バイデン大統領はオバマ政権の副大統領当時の2009年、オバマ大統領の増派に異議を唱え、対テロ部隊など小規模の駐留軍を残して撤退すべきだとの主張を展開し、退けられた過去がある。米メディアによると、大統領は軍事的に勝利できないという確信を深め、「戦況次第で撤退計画を見直す」などの条件付きのアプローチでは、永遠に駐留し続けなければならなくなるとの考えに傾斜していた。

 その背景には、「米国がアフガンなどの紛争に足を取られているスキをついて、“最大の競合国”の中国が世界各地に影響力を拡大している」との懸念がある。大統領は早急にアフガン紛争のくびきを外し、中国への対抗やコロナパンデミック対応、気候変動、国内の大規模インフラ投資などの喫緊の戦略的な課題に取り組む必要がある、と思い極めていたようだ。

 とりわけ、自由や人権といった理念を重視する大統領の頭には「民主主義体制」対「専制主義体制」の競争という構図が描かれており、外交では中国の勢力拡大など対中政策が最優先課題。菅義偉首相との16日の日米首脳会談後の共同声明で、「台湾海峡の平和と安定」という文言を入れたのも、そうした考えに基づいている。

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『“第二のサイゴン”に現実味
 しかし、バイデン大統領の決定は結局、「アフガニスタン政府を見捨てた」ものであり、同国に軍事介入した末、混乱を放置して逃げたというそしりを受けかねない。政治的には大きな賭けだ。野党共和党のマコネル上院院内総務は「選挙で選ばれたアフガン政府への裏切り」と批判、トランプ氏の盟友で、保守派のグラム上院議員は「新たな9・11に備えた保険政策の放棄」と手厳しい。

 トランプ前政権との和平後、米軍への攻撃を控えてきたタリバンは約束破りと反発、「全外国軍が撤退するまでいかなる会議も欠席する」との声明を発表。トルコで今月後半に開催予定のガニ政権との和平協議をボイコットすることを明らかにした。

 米軍が撤退した場合の見通しは極めて暗い。国連によると、現在でも内戦の犠牲は7年連続3千人を上回るなどタリバンと米国の和平合意後も戦闘が沈静化する兆しはない。米専門家グループが2月に公表した米議会報告書は、米軍がアフガンから全面撤退すれば、国家崩壊を招いて内戦が激化すると警告した。

 米国家情報長官が最近発表した報告書によると、向こう1年の和平の見通しは暗く、米軍が撤退すれば、タリバンが占領地を拡大すると予想。政府軍は主要都市の支配を維持するものの、タリバンから占領地を奪還するのは困難と厳しい見通しを示している。米紙は米当局者の発言として、ベトナム戦争時に陥落したサイゴンに言及し、カブールが“第二のサイゴン”になる恐れを指摘した。

 最悪のシナリオは米軍の撤退後、タリバンが各地で全面的な攻勢に出て、政府軍の敗北が続き、最終的にはカブールが陥落。政府首脳らが逃亡を図り、逃げ遅れた要人らがタリバンに殺害されるか、捕虜となる。タリバンは全土にイスラム原理主義色の濃い政令を出し、そうした中で捕まった政府の要人らが即決裁判で処刑されていくという筋書きが見えてくる。

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『存在感高めるパキスタン
 アルカイダやイスラム国(IS)といったテロ組織が再び米本土をテロ攻撃できるほど台頭するかについては、短期的に否定的な分析が一般的だ。米軍のテロとの戦いの中で、アフガンのアルカイダやISは弱体化、米本土にテロを仕掛ける余力は残っていない。ただ、タリバンはトランプ前政権との和平合意で、同国をテロ組織の聖域にしないと約束をした形になっているものの、バイデン政権は信用していないだろう。

 中長期的に見れば、米軍が撤退すれば、イスラム過激派の掃討作戦は著しく後退し、情報収集もこれまでのようには運ばない。かと言って、アフガン国内を空爆すれば、タリバンとの関係が悪化し、かえって反米感情を煽り、過激派と手を組ませることになりかねない。過激派が育つ余地があるということだ。

 そこで駐留軍なきあとの米国にとって重要になってくるのがアフガンの隣国にして核保有国のパキスタンの存在だ。ニューヨーク・タイムズは米軍の撤退が「パキスタンの勝利」と報じている。パキスタンの情報機関ISIがマドラサ(イスラム原理主義学校)の敬虔なイスラム教徒の若者らを支援し、タリバンを創設したことはよく知られている事実だ。

 ISIはタリバンを使ってアフガン情勢を自国の安全保障に有利になるように操り、タリバン指導者らを国内に“保護”し、米国も見ないふりをしてきた。カタール・ドーハで開かれてきた政府との和平協議に出席するタリバン代表団はパキスタンから出国し、協議のためパキスタンに戻った。パキスタンは水面下でタリバンに影響力を行使してきたのである。

 米軍が撤退し、タリバンがより勢力を拡大するようになれば、パキスタンにとっては好ましい展開だ。目の上のコブ的な米国のプレゼンスが消え、アフガンの政治に介入しやすくなるからだ。米国もアフガンの過激派対策や情報をパキスタンにより依存するようになるだろう。パキスタンは米国にも恩を売ることができ、軍事援助を引き出しやすくなる。米軍撤退後のアフガン情勢のカギはパキスタンだ。』