「チャイナカード」を駆使したバイデン政権の景気浮揚戦略

「チャイナカード」を駆使したバイデン政権の景気浮揚戦略
斎藤 彰 (ジャーナリスト、元読売新聞アメリカ総局長)
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/22774

『16日の日米首脳会談では「中国の脅威」を念頭に置いた日米同盟の重要性が強調されたが、バイデン政権は国内向けにも、半世紀ぶりといわれる大規模経済再建策への支持取り付けのため、「チャイナカード」を振りかざし始めている。今のところ、党派を超え国民の支持は広がりつつある。

(AP/AFLO)
 「このプランは、第2次大戦以来の最大規模の雇用投資であり、わが国の世界における競争力を高め、今後何年にもわたる中国とのグローバルな競争で勝ち抜く上でより優位に立たせることになる」

 バイデン大統領が去る3月31日、ピッツバーグに出向いて行った2兆3000億ドル規模におよぶ巨額インフラ投資計画のお披露目演説は、冒頭から中国との競争意識をむき出しにしたものだった。

 「この計画中には、政府主導研究開発予算の記録的増額が含まれており、バッテリー・テクノロジー、バイオテク、コンピューター・チップ、クリーン・エネルギーなどのハイテク分野における中国との競争に勝つことを目的とするものだ」

 「わが敵対国(中国)は、わが国がインフラ再建に取り組むことを非常に心配している。なぜなら、彼らはこれまで競争する必要のなかった分野で新たな競争を強いられることになるからだ」

 「習近平と大統領就任後2時間近く電話で会談したが、その中で彼は『あなたの国を一言で言えば、可能性の国だ』と評した。まさにその可能性こそわが国民の資質だ」

 「中国はわが国を食い物にしているChina is eating our lunch。われわれは何としてもインフラを整備する必要がある」

 「世界には、デモクラシー体制ではコンセンサスが得られないために自分たちの方が勝利できると考える専制国(中国)が存在する。まさにそれこそが、アメリカ対中国の競争の中核をなすものだ」

 さらに、このバイデン演説と同時にホワイトハウスが報道陣向けに配布したインフラ投資関連の「ファクトシート」(28ページ)でも、「中国」を名指しした表現が10数回にも及んだ。

 ワシントンの中国専門家の間では、米大統領およびホワイトハウスが国内政策重要演説で特定の外国の存在についてこれほど執拗に言及したのは、旧ソ連との冷戦に向き合ったアイゼンハワー大統領以来との見方が出ている。今や、ソ連消滅、冷戦終結後後、GDP世界第2位の大国にのし上がってきた中国といかに向き合うかが、アメリカにとっての最大関心事になってきたことの証左にほかならない。

 大統領選演説後、公表された世論調査結果によると、道路、空港、港湾、河川などの基礎インフラやインターネット通信網拡大などの社会インフラ充実を盛り込んだ今回のインフラ投資計画全般について、「支持」73%、「不支持」21%と、52%の圧倒的差で国民が支持していることが明らかになった(InvestNowUSA、4月6日)

 一方、インフラ投資の財源として法人税引上げに関する有権者を対象とした党派別世論調査によると、民主党員の「支持」が85%だったのに対し、共和党員の間では「支持」が42%、「不支持」が47%と分かれた(Morning Consult、4月7日)。共和党員の間では、今回のバイデン・プランについて、「民主党の選挙戦略」と位置付ける冷ややかな見方が依然少なくないことを示している。

 ケブン・マッカーシー共和党下院院内総務は早速、同プランについて「民主党が目指している法人税引上げは共産主義中国を上回る」と批判した。

 しかし、一般国民の間ではトランプ前政権当時から、党派を超え中国との対抗意識、反感が高まりつつあることは確かであり、アメリカの抜本的国力向上を目指した大胆なインフラ投資計画に対し、野党共和党としても徹底抗戦しにくい事情もある。

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『「チャイナカード」の“有効性”
 米議会で先月、新疆ウイグル自治区における人権弾圧を理由として「2022年北京冬季五輪開催地変更」を求める決議案が上下両院に提出されたが、その際、対中強硬派の共和党議員が中心的役割を果たしたのも、対中ライバル意識を反映したものだ。

 バイデン政権にとっての「チャイナカード」の“有効性”については、すでに昨年、バイデン氏側近のタルン・チャーブラTarun Chhabra氏(現ホワイトハウス国家安全保障会議上級局長)らが共同執筆した「Foreign Affairs」誌論文中で詳述されている。チャーブラ氏はオバマ政権下で国家安全保障会議「戦略立案局長」を務めた後、昨年までブルッキングズ研究所「国際秩序・戦略」部長として論陣を張ってきた。

 同誌論文のハイライトは以下の通りだ:

 「中国の貿易慣行はアメリカから何百万人もの仕事を奪い、その経済成長は、アメリカの安全保障と繁栄の基幹をなす国際システムに大きな支障を招来させてきた。米中両国の競争は今や避けがたいものとなっている。中国は台頭するにつれ、各国および国際機関への影響行使を目的とした、貿易からサイバー・秘密工作にいたるあらゆる分野においてアメリカ相手に激烈な競争を挑んできた」

 「米国内の政治的右翼は、トランプ前政権が対中競争の観点から貿易戦争を仕掛け、インド太平洋における脅威に対抗するための国防予算増額に踏み切るなど、中国とのライバル意識を強めつつあった。その一方、左翼は従来から、対外的な過度の競争が排外主義を醸造し、愛国主義を煽ることで戦争を引き起こしかねないとの強い懸念を抱いてきた。そして大国間競争の結果として、産軍複合体を肥大化させ、ひいては国防、情報機関、外交キャリアたちの権力集中を招くことを心配してきた。彼らは、何十年にもわたるアフガン、イラク戦争などの長期化による厭戦気分を募らせ、国内再建への資源投入を強く呼びかけている」

 「しかし、左翼が中国の脅威認識に二の足を踏むことはそれ自体、中国のアジア地域での侵略行為、略奪的国家経済体制、人権抑圧政策を勇気づけることにつながる。彼らが現実直視を回避することは、われわれの機会を失わせる。逆に、中国に断固として対抗することは、アメリカの繁栄維持、安全保障強化、自由主義体制の価値観再生を可能とするのみならず、棄損した国内政治修復にも役立つ。左翼はこの際、かねてから抱いてきた地政学的競争に対する嫌悪感を一掃し、国内における多くの業績が外国からの脅威に対抗した結果であることを認識すべきだ」

 「わがアメリカ国民はこれまで、外国の敵と戦う際には国内的意見対立を克服し、共通の善のために犠牲を払う用意を示してきた。戦争あるいは地政学的競争が激化する際に、連邦政府は増税に踏み切り、経済的規制を強化し、科学、インフラ、社会サービス支出を増額し、取り残された人々、グループのための機会を増やし、富の格差縮小に乗り出した。第二次大戦中には、連邦予算は1938年の68億ドルから1945年には一気に983億ドルに増加、高所得者層を対象とした所得税も94%にまで引き上げられた。この結果、経済格差は米国近代史上最も顕著に是正され、その後の冷戦を通じ、全米ハイウェー網の構築、ソ連との技術競争に対抗するための公共教育、科学・技術支出増額にもつながった」

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『専制主義的中国国家との競争に打ち勝つ
 「そして今や、中国との競争が大規模公共投資を実現させ(左翼が求める)進歩的課題の前進を可能とさせる時代が到来した。この点では、これまで共和党もあらゆる政策分野に対する大型連邦支出に異を唱えてきたが、中国への対抗を目的とした諸計画に関する限りは超党派的アプローチの機会を提供することになる。

 改革を『対中競争』を前提に組み立てることにより、進歩的プロジェクトも穏健派そして保守派に支持を拡大させることが可能となる。例えば2019年、中国産業・貿易政策に対する警戒心の高まりにより、レーガン革命当時のような経済保守主義に対する再考を共和党議員たちにも促しており、そのうちの一人、マルコ・ルビオ上院議員は『もはや市場原理主義では中国との競争に対処できない』として、21世紀型のいわば“共通善資本主義common-good capitalism”ともいうべき産業政策の推進を提唱している」

 「同様に中国との技術競争においても、高等教育予算削減や、わが国人材確保の貴重な資源である移民制限を主張してきた保守派に対し、主張の転換を余儀なくさせている。その他、バイオテク、ITなどの先端分野もしかりだ……わが国は気候変動、伝染病拡散防止などの分野における中国民間レベルとの協力関係を進める一方で、専制主義的中国国家との競争に打ち勝つために、“中国カード”を効果的に駆使していくべきである」

 このように、チャープラ氏らは、内政重視の民主党リベラル派に対しては、「中国との競争」こそが米国内の社会投資増大ひいては米国の国力強化につながることを説明する一方、財源確保のための法人税などの引き上げに根強い反対を唱える共和党タカ派向けには、中国への強硬姿勢をアピールすることで支持取り付けの重要性を訴える、いわば“両面作戦”の切り札としての「チャイナ・カード」の利点を強調したものだ。

 バイデン大統領が今回打ち出した「インフラ投資」大計画は、再びホワイトハウス入り後、実際に戦略立案に携わるチャープラ氏の従来の主張を反映させていることは確かだ。今後、同政権としてはこうした視点に立った上で、中国との対抗意識をできるだけ前面に打ち出し、インフラ整備・新規投資のための大規模予算支出に対する国民の理解を求めていくとみられる。

 ただ、それによって、トランプ前政権時代に増加しつつあった財政赤字のさらなる拡大は避けられず、今年後半にかけ、財源確保のための法人税および高所得者向け所得税引上げ案をめぐり、減税重視の野党共和党との激しい攻防が注目される。』