「隠れみの」リスク露呈 アルケゴスで巨額損失

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『米投資会社アルケゴス・キャピタル・マネジメントとの取引で一部金融機関が損失を出したことをきっかけに、規制の抜け穴に注目が集まっている。同社が「隠れみの」としていたのが株式投資の損益を丸ごと移転する取引だ。米証券取引委員会(SEC)がこの取引に新しい規制を導入するのは2021年11月。導入まで10年の歳月がかかり、アルケゴス問題を防げなかった。

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SECによる監督の対象外だったファミリーオフィス(個人資産の運用会社)と並んで焦点となっているのがデリバティブ(金融派生商品)取引の一つ、「トータル・リターン・スワップ」だ。

トータル・リターン・スワップは、投資家が実際には株式を持たないにもかかわらず、株式を持つのと同じ効果を持つ。

仕組みは単純だ。投資家は金融機関に一定の手数料を支払ってトータル・リターン・スワップ契約を結ぶ。金融機関は原則その契約に従って株式を購入。名目上はこの金融機関が株主となる。ただ株価の上下に伴う利益と損失は全て投資家が負い、実質的な株主はこの投資家となる。金融機関は手数料と引き換えに投資家に「賭場」を提供するようなかたちだ。

各金融機関はヘッジファンドなど顧客に与信枠(融資枠)を設定している。アルケゴスはこの枠内でレバレッジ(てこの原理)を効かせて、投資規模を膨らませることができた。こうして100億ドル(約1兆1000億円)の自己資産に対して、その数倍のポジション(持ち高)を構築していた。

ただし金融機関はトータル・リターン・スワップ契約を結ぶ取引先の投資家に一定の担保を要求する。金融機関が保有する株式や担保価値が値下がりすれば、金融機関の安全のため投資家に追加担保の差し入れ(追い証)を求める。アルケゴスは今回、追い証に応じられず、一部の金融機関が担保として取っていた株を一斉に売却した。

銀行の自己勘定取引は金融規制改革法(ドッド・フランク法)の中核となるボルカー・ルールで厳しく規制された。今回明らかになったのは取引先が過度のリスクをとることで、結果的に金融機関が潜在的な損失リスクを負っていたことだ。取引先が破綻すれば、デリバティブ契約は無効となる。その場合、金融機関はボルカー・ルールで規制されているにもかかわらず、取引先が抱えていた価格変動リスクを「自己勘定」で背負うことになる。

問題はこうしたリスクを監督当局も金融機関も正確に把握できていなかったことだ。トータル・リターン・スワップ契約は投資家が株式を保有しないため、米国の「実質的な保有者」の情報開示義務を免れる。過去には英ヘッジファンドがトータル・リターン・スワップを使って「実質的な株式持ち高を隠した」と提訴されたことがある。

パウエル米連邦準備理事会(FRB)議長は11日、米テレビ番組に出演し、「金融機関はニューヨークの5、6社の同業が同じようなことをしていることを知らなかった」と明らかにしたうえで、「(同様の事件を)二度と起こさないように決意した」と話した。

10年のドッド・フランク法で規制強化が求められ、SECはトータル・リターン・スワップを含む有価証券を裏付け資産とするスワップ取引に対する新規制策定を19年12月にようやく終え、21年11月に導入する。新しい規制では、投資家は個別取引を当局の監視下にあるデータベースに登録する。投資家のポジションが当局に一目瞭然となる見通しだ。

米議会上院は14日、SEC委員長にゲーリー・ゲンスラー氏を承認した。ゲンスラー氏はオバマ政権時代の米商品先物取引委員会(CFTC)委員長として、金融界の抵抗を押し切って金利や通貨を対象とするスワップ取引の規制をまとめた実績がある。

市場の安定に向けて規制・監督体制の強化は避けられない。金融技術の発展で次々あらわれる規制の抜け穴。ゲンスラー氏がどこまでこの抜け穴を塞げるか試されている。(ニューヨーク=宮本岳則)

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上杉素直
本社コメンテーター・論説委員
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ひとこと解説いざ大きな損失が発生すると、この記事が指摘するような妙な仕組みの存在が明らかになるというのはよくある話です。アルケゴスが使っていた仕組みのように、後から振り返れば妙な取引はまだまだあるような気もします。にもかかわらず、金融の世界はなお金余り状態にあり、実体経済の回復を背景に市場参加者の強気ムードが続いているようです。バブルを膨らませていないか、という心配が募ります。
2021年4月15日 7:32 』