新局面迎える世界情勢 「汎地球的」ルール整備が必要だ

新局面迎える世界情勢 「汎地球的」ルール整備が必要だ
ヴォルフガング・パーペ (元欧州委員会アジア戦略担当)
渡邊頼純 (関西国際大学国際コミュニケーション学部長・教授)
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/22577

『「どちらからお越しですか?」。新型コロナウイルスが世界的に流行する前、外国に旅行するたびによくこんな質問を受け、私は「ヨーロッパから」と答えていた。ニューヨークの高校に通っていたころ、周囲の人たちが自分を「アメリカ人」と呼びながら、本来はそこに含まれるべきカナダ人やメキシコ人を無視している姿を目にしていたからだ。もちろんヨーロッパも単に欧州連合(EU)だけを意味するわけではない。EUに含まれない東側の国々も含まれる。

 だが、イギリスのブレグジットをめぐる交渉により、EU加盟国の結束はむしろ強化された。イギリスが被るマイナスの影響や損失が次第に明らかになったからだ。複数の調査によれば、ヨーロッパ統合には利点があると考えるEU市民は増えている。ドイツでは、その割合が過去15年で最高の73%に達した。脱退したイギリスでさえ、EUを支持する人が60%にのぼる(2020年8月ピュー・リサーチ・センター調査)。そんなEUをめぐる、21年の諸問題について触れていきたい。

 現在ウイルスの変異株が現れ、ヨーロッパ諸国は相次ぐ感染の波にさらされている。ドイツのメルケル首相も昨年3月に隔離を余儀なくされたが、すぐに回復し、その後の活躍で70%を超える支持率を獲得した。7月には、フランスのマクロン大統領と手を組んでEU加盟国を説得し、総額1兆8000億に及ぶ予算(21~27年)と経済回復プランを成立させた。

 メルケルとマクロンのコンビは、これらの受け入れに消極的だった「倹約4カ国」(オーストリア、デンマーク、オランダ、スウェーデン)の説得だけでなく、イタリアの動揺を一時的に鎮めることにも成功した。イタリアの人々は、ウイルスがヨーロッパ全域に広まる以前、ベルガモやミラノ、アルプス地方に押し寄せてきたウイルスとの死闘を真っ先に経験し、置き去りにされたような感覚を抱いていた。EU議会選挙前の19年5月、私が同僚と自転車でポー川流域を遊説していた際にも、現地のポピュリストの政治家から不満げに「ブリュッセル(EU本部の所在地)があまりに遠い」と言われたことがあった。

新たにイタリアの首相となったマリオ・ドラギ氏。技術官僚の「スーパーマリオ」は、多額の復興資金を割り当てられるなど経済的に苦しむイタリアを救えるか
(MONDADORI PORTFOLIO/GETTYIMAGES)
 21年初めの現在、EUは2220億(約28兆円)ものコロナ復興資金をイタリアに割り当てている。ところがイタリアは、またしても個人間および政党間の内紛に陥った。そしてまたしても、この国を救えるのはEUで経験を積んだテクノクラート(専門家、技術官僚)だけだと考えている。「スーパーマリオ」の異名を持つ元欧州中央銀行総裁、マリオ・ドラギである(編集部注・欧州経済危機に苦しんでいた11年にも同じくテクノクラートのマリオ・モンティが首相に擁立された)。

ワクチン供給の鍵は開放経済
 公衆衛生の問題については、EUの権限はまだ限られているが、EUは昨年の6月にはすでにワクチン戦略を発表し、安全なワクチンの生産能力の向上を図っていた。欧州医薬品庁(EMA)により承認されたワクチンはクリスマス直前の時期に、加盟27カ国間での不平等を避けるため、同じ条件のもと、同時に配布された。ちなみに、最初にEUの承認を得た米ファイザー・独ビオンテック製のワクチンは、マインツ(独)の移民夫婦により開発され、国境を越えたフランドル地方(ベルギー)の小さな町で製造された。これを見ても、緊急時には自由に動かせるサプライチェーンが必要なことがわかる。20年12月27日から、EU全域でワクチン接種が始まった。

 しかし、やがてワクチン不足が報じられるようになると、欧州委員会の交渉や計画に対する批判が高まり、今年2月初旬にはフォン・デア・ライエン委員長が非を認めるに至った。同氏によると、効果的なワクチン開発ばかりに気を取られ、大量生産の問題を軽視していたという。実際、最近になって、サプライチェーンの問題が世界中で起きている。

 スマートフォンは、小売市場に出るまでの製造過程で100回国境を越えると言われるが、同様にハイテク薬剤の大量生産も、一国の国内だけでは調達できない特殊な物資や設備、質の高いサービスを提供する無数の企業に依存している。アメリカのような大国にもこの教訓はあてはまる。ファイザーが真っ先にワクチンを開発できたのは、ドイツのビオンテックの協力があったからにほかならない。

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『対米正常化は分野別協力から
 政治面では、バイデン政権の誕生で、トランプ政権時代には低調だった米国とEUとの協力関係は間違いなく回復するだろう。しかしEUは、危機には陥りやすいがますます自律性も高めつつあり、「貿易においても、大西洋横断貿易投資パートナーシップ協定(TTIP)においても、5年前と同じ立場には戻れない」(編集部注・米国の強い姿勢にも対抗する)とフォン・デア・ライエン委員長は言う。また欧米関係が「正常化」すれば分野ごとの協力は進むだろうが、それが大きく報じられるかは別問題である。

 今年2月のEU統計局の発表によると、中国が米国を抜きEU最大の貿易相手国となった。対中国問題については、EUが提唱するEU-米国貿易・テクノロジー評議会(TTC)が、ハイテクの規格、投資審査、知的所有権の問題での協力を進めるはずだ。昨年末、ドイツの後押しにより大急ぎで締結された中国との包括的投資協定は多大な批判を浴びたが、それ以前に米中間で交わされた貿易に関する第一段階合意にある程度従い、公平な輸出条件を確保するよう努力してはいた。メルケルが欧州理事会でこの議論を主導したのは、これが中国市場を活用して低迷するドイツの自動車産業を支援する最後のチャンスと考えたからだろう。

 ドイツでは今年9月の選挙で新たな首相が誕生する。どの政党から首相が誕生するにせよ、その人物はフランスの大統領との相互補完的な協力関係を維持し、ヨーロッパ統合の屋台骨を支えていくことになるのか?

 第二次世界大戦後にアデナウアーとド・ゴールが友好関係を築いて以来、ドイツとフランスの間には個人を超えた深いつながりがある。いまや両国の政治はあらゆる面において、地球上のいかなる二大国も成し遂げられなかったほどのレベルにまで相手国に浸透していると言ってよく、いずれかの選挙でその関係が突然変わることはないだろう。EUでは、テクノクラートが作成した委員会の提案を理事会で審議し、合意に基づいて意思決定を行う方式を採用しているが、これは、意見の対立を招きがちな米英の二大政党制ではなく、ヨーロッパ的な議会制民主主義を反映している。

 だがこうした方式は、非自由主義的で違憲の疑いさえある行為を改めようとしない一部の加盟国(ハンガリーやポーランドなど)により、重大な危機に直面している。世界的に民主主義の力が弱まっている現在、多数者支配主義による統治がさらに長引けば、競争により前進する社会に欠かせない多元性が著しく損なわれてしまうおそれがある。EUにとって加盟国の内政は、効果的な対処が難しい問題である。

 16年の米大統領選でのトランプ勝利、および英国のEU脱退決定という二つの衝撃的事件が発生すると、日本・EU間の自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)の交渉は一気に加速した。とりわけ、米国第一主義を標榜し、多国間協調主義を攻撃するトランプ大統領(当時)の影響は大きかった。だが、05年にパスカル・ラミー氏が欧州委員会から世界貿易機関(WTO)に異動したのを機に、EUもまた韓国を皮切りに、二国・地域間連携のパートナーを探していた。そのような状況のなかで、日本との交渉も始まったのである。

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『日欧EPA苦戦の背景
 しかしエコノミスト誌(09年9月3日号)によれば、二国・地域間協定が複数存在し(特にアジアに多い)、異なる基準や規則が錯綜している場合(これを「スパゲッティボウル現象」という)、貿易を促進する効果はほとんどないことが証明されているという。

 そのため最近ではアジアでも、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)や地域的な包括的経済連携(RCEP)といった多国間地域協定が締結されている。米国・EU間のTTIPの交渉の際には、大衆の猛烈な反対もあった。一方、日EU経済連携協定は、安倍晋三前首相とEUのユンケル委員長の間で交渉が進められ、19年に発効に至った。

 ところがふたを開けてみると、多大な期待に反する結果だった(編集部注・発効翌年の欧州委員会発表では、19年2~11月の10カ月間における貿易額について、EUの日本向け輸出額の増加は前年同期比で6.6%、EUの日本からの輸入額増加は6.3%であった〈20年3月、ジェトロ短信〉)。11年に日本が韓国と自由貿易協定を締結した際に、当初およそ35%も貿易量が増加したのとは大違いである。

 実際、この協定の交渉時にはすでに、両者が重視する部分の違いが明らかになっていた(日本側は関税を、EU側は非関税障壁を重視)。これは、両者の歴史に基づく古くからの関心事の違いを反映している。島国だった日本は、外国に強制的に開国させられるまで、数世紀にわたり鎖国していたため、のちには「独自性」(日本人論によく見られる)の保護を求めるようになった。

 それに対してEUは、国境を開放し、国の相違を調和させることを存在理由としている。こうした背景の相違から、交渉は複雑化した。関税や割当制(日本から見たEUの「国境障壁」)については相互授受の交渉の場で容易に数値化できるが、さまざまな非関税障壁(製品規格など)が貿易に及ぼす影響(EUから見た日本の「国内障壁」)については明確に数値化できないからだ。非関税障壁に関してはさらに、公共調達や競争に関する法律も重要な問題になる。

昨年10月、日英経済連携協定に署名した、茂木敏充外相(右)と英国のトラス国際貿易相 (KYODO NEWS/GETTYIMAGES)
重要なのは「汎地球的」ルール
 もちろん、デヴィッド・リカードの言う貿易における「比較優位」の原則(編集部注・貿易においては自国の得意な生産に特化したほうが効果的)は、相違から生まれる利益に基づく。だが最近になって、輸入(類似製品の輸入も含む)を通じて競争やイノベーションを高めるというヨーゼフ・シュンペーターの主張(「共争」)がヨーロッパで優勢になりつつあり、徐々に東アジアにも広がっている。

 この「共争」や「比較優位」は、FTAによる二国間や多国間の国益のみに左右されない公平な条件下の世界市場でこそ、その効果を発揮する。新型コロナウイルスのパンデミックで明らかになったように、グローバル化がもたらす恩恵により、あらゆる経済圏の相互依存は劇的に高まっている。もはや、多大な損失を被ることなくこの流れを逆行させることなどできない。世界に張り巡らされたインターネットに象徴されるこの相互依存関係をどう育むかは、グローバルな解決策を必要とするグローバルな問題である。

 そのためには、主権国家だけでなく、GAFAやBATX(編集部注・中国の四大IT企業のバイドゥ、アリババ、テンセント、シャオミ)などの大企業や市民社会など、あらゆる関係者がさまざまな意見を比較検討する議論に積極的に参加し、二国間・多国間・地域間という枠組みを飛び越えた「汎地球的(オムニラテラル)」(omnilateral)ルールが必要だ。万人による万人のための枠組みが必要とされている。

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『column

日本とEUは新時代の真なる戦略的パートナーになれるか?
1970年代、難題を抱えていた日欧の貿易関係。多くの障壁を超え、今後は米中を巻き込む主導的な役割が求められている。

渡邊頼純(関西国際大学国際コミュニケーション学部長・教授)

 1978年、ブリュッセルを訪問した福田赳夫首相(当時)は対日貿易赤字の拡大に悩む欧州共同体(EC=欧州連合〈EU〉の前身)首脳からの厳しい批判に直面した。続いてEC各国を歴訪した経済団体連合会の訪欧団も先々で同様に対EC貿易黒字の削減と日本市場の開放を強く求められた。

 翌年にはECの行政府に相当する欧州委員会が対日関係に関する初めての報告書において、「日本人は働きすぎの労働中毒患者(ワーカホリック)でウサギ小屋(ラビット・ハッチ)に住んでいる」と揶揄した。

 86年9月、関税貿易一般協定(GATT)のウルグアイ・ラウンドを立ち上げる閣僚会議で、ECは交渉項目の一つとして「利益の均衡」を取り上げるべきと訴えた。その核心は「日本は一方的にGATT体制から利益を得て、自らの市場は閉ざしたまま欧米の市場を席巻している、そのような不均衡は是正されるべき」という主張であった。幸い日本代表団の効果的な反対キャンペーンが奏功し、多国間交渉の中でECがシステマティックな対日輸入制限をルール化することは回避できた。

 70年代後半から日欧(以下、日EU)間にはさまざまな貿易摩擦が存在した。日本が一方的に自動車や家電製品、エレクトロニクス関連商品を欧州市場に輸出する一方、EU側は自動車はもちろん、チーズやバター、ワイン、チョコレートに至るまで日本市場への売り込みに苦労していた。自動車は関税がゼロであったため、EU側は問題は関税ではなく関税以外の措置、いわゆる非関税障壁にあると主張、軽自動車に対する軽減税率や車検制度などをやり玉に挙げた。

 日本政府が薬品についてEUの治験データを信用せず、あくまでも日本基準のテスト結果を求めるなどしたため、日本は非関税障壁のデパートのように言われた。今でも日本との通商問題が生じると「非関税障壁のせいだ」と言えば皆が納得する傾向があるのには閉口する。日本でのビジネスがうまく行かない時に欧州のビジネスマンがこのイクスキューズを使えばそれで良しとされた時代が長く続いたのである。

希望のEPAとSPA

 そのような日EU間で、2019年2月に自由貿易協定(FTA)である日EU経済連携協定(EPA)が発効した。世界の国内総生産(GDP)の約3割、貿易で約4割をカバーするメガFTAが誕生した。規模だけでなく、米国のトランプ大統領(当時)による保護主義が世界を覆いつつあった時に、あたかもそれに挑戦するかのようにこのメガFTAが合意された。トランプ氏の政策に対するいわばアンチテーゼとなった。

 またEPA発効だけでなく、政治協力を志向する戦略的連携協定(SPA)が締結されたことも意義深い。日EU双方は、民主主義、法の支配、人権など普遍的価値を共有することを確認しており、EPAとあいまって世界と地域の平和、安定および繁栄にむけて互いに協力する枠組みをもったことになる。この枠組みを通じて日EUの協力が深化することで、米国と中国の間で繰り広げられる「覇権競争」に第三の道を提示することが期待されている。

 日EUが共によって立つのは多国間主義(マルチラテラリズム)である。米国も中国も引き込んで行くことで日本もEUも「米国か、中国か」というダイコトミー(二分法的論理)から解放される。そこに日EUパートナーシップの戦略的価値がある。パーペ氏の主張するオムニラテラリズム(汎地球主義)はその延長線上に存在している。

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■「一帯一路」大解剖 知れば知るほど日本はチャンス

PART 1 いずれ色褪せる一帯一路 中国共産党〝宣伝戦略〟の本質
PART 2 中国特有の「課題」を抱える 対外援助の実態
PART 3 不採算確実な中国ラオス鉄道 それでも敷設を進める事情
PART 4  「援〝習〟ルート」貫くも対中避けるミャンマーのしたたかさ
PART 5 経済か安全保障か 狭間で揺れるスリランカの活路
PART 6 「中欧班列」による繁栄の陰で中国進出への恐れが増すカザフ
COLUMN コロナ特需 とともに終わる? 中欧班列が夢から覚める日
PART 7 一帯一路の旗艦〝中パ経済回廊〟
PART 8 重み増すアフリカの対中債務
PART 9 変わるEUの中国観
PART10 中国への対抗心にとらわれず「日本型援助」の強みを見出せ』