南沙諸島に中国船停泊1カ月 フィリピン、対応に苦慮

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『【マニラ=志賀優一】中国とフィリピンなどが領有権を巡って争っている南シナ海の南沙(英語名スプラトリー)諸島のサンゴ礁周辺で、1カ月にわたり中国船が停泊を続けている。隣接するフィリピンは当該海域が同国の排他的経済水域(EEZ)だと主張し、米国とともに中国の行動を非難した。ただ、ドゥテルテ大統領は通商などで依存する中国との友好関係を保ちたい考えで、対応にはぶれも目立っている。
3月23日、ウィットサン礁の人工衛星写真=マクサー・テクノロジーズ、ロイター

「長引く中国船の停泊は明らかにフィリピンの主権を侵害している」。5日、フィリピン外務省は中国を非難した。ロレンザーナ国防相も中国船の「即時退去」を何度も要求し、連日、戦闘機を派遣すると表明した。
3月27日、南沙諸島で停泊を続ける中国船=フィリピン沿岸警備隊提供・ロイター

一方、中国政府は船は「漁船」で停泊は「嵐からの避難」だと主張するが、現地の天候は安定しており、この海域の実効支配を強める戦略の一環である可能性がある。中国外務省の趙立堅副報道局長は6日、「フィリピンは理由のない宣伝を直ちにやめ、両国関係と南シナ海の安定にマイナスの影響を及ぼさないようにすべきだ」と語った。

フィリピン政府は3月7日に西部パラワン島バタラザから西約324キロメートルにある南沙諸島のサンゴ礁周辺に中国船220隻が停泊しているのを発見した。複数回の巡察により3月末時点でも同じ場所に40隻以上とどまっており、さらに周辺の岩礁や島周辺にも中国船が停泊していることがわかった。

2012年にも、両国はフィリピンのルソン島西側に位置するスカボロー礁(中国名・黄岩島)の領有権を巡り対立した。米国が仲介に入り、双方の公船を退去させることでいったんは合意した。しかし中国は居座りを続け、当時のオバマ米政権もこれを事実上黙認。中国はスカボロー礁の実効支配を既成事実化した。

海上輸送の要衝でもある南シナ海では中国が独自の境界線「九段線」を主張する。この主張を巡り、オランダ・ハーグの仲裁裁判所は16年、フィリピンの訴えを審理し国際法上根拠がないと認定した。しかし中国は判決を受け入れず、自国防衛の「第一列島線」の一部として軍事拠点化を進めている。

これに対し、米国は自国艦船による「航行の自由作戦」でけん制を図る。南シナ海は米中対立の最前線となっている。サリバン米大統領補佐官(国家安全保障担当)は3月末、フィリピン側との電話協議で、同国の立場を支持する考えを伝えた。

ただ、当のフィリピンは対中強硬一辺倒ではいられない。ロクシン外相はツイッターで「私たちは法に基づいている」「(当該海域は)我々のものだ」などと発信を続ける一方で、4月2日には中国の王毅外相の招きに応じ、訪中した。中国メディアはロクシン氏が2国間の関係発展への期待を語ったと伝えた。

背景にあるのが、経済面の中国依存だ。20年のフィリピンの輸出総額のうち、中国と香港を合わせると全体の29.3%を占め、日本(15.5%)や米国(15.2%)を大きく上回る。対中輸入は23.2%と他国・地域を引き離す。投資や観光客の受け入れでも中国の存在感は年々高まっている。

フィリピンでは3月、中国から無償提供された科興控股生物技術(シノバック・バイオテック)製の新型コロナワクチン投与が始まった。29日には同社製ワクチン100万回分の到着を、ドゥテルテ氏や駐フィリピン中国大使らが並んで見届ける式典も開かれた。

4月6日の声明で、ドゥテルテ氏は中国船問題についての沈黙を破り「両国の友好関係やワクチン、コロナ後の経済回復を含む協力への障害にはならない」と融和姿勢を鮮明にした。

亜細亜大学の伊藤裕子教授は「フィリピンは領有権問題で揺さぶられても、経済面やコロナ対策で中国との関係を維持せざるを得ない立場にある」と指摘する。

「海上民兵」、中国共産党が指導 対外工作の先兵か

中国は領有権を主張する海域に民兵を派遣してきた(写真は12年、尖閣諸島周辺)=海上保安庁提供・ロイター

【北京=羽田野主】南シナ海の南沙(英語名スプラトリー)諸島での中国船停泊を巡り、フィリピン政府は中国の「海上民兵」が乗船していると指摘する。中国側はこれを否定するが、1カ月にわたる海域での「漁船の避難」は異例で、中国共産党が指導する作戦の一環との見方は拭えない。

中国国防法は民兵を人民解放軍、海警局を傘下に置く人民武装警察部隊(武警)とならび中国の武装力の一角と明確に位置づけている。中国共産党の習近平(シー・ジンピン)総書記がトップを務める軍の最高意思決定機関である中央軍事委員会の指導を受ける。

人民解放軍の機関紙、解放軍報によると、2010年時点で基幹となる民兵は600万人いるとされる。民兵の多くは経験豊富な退職軍人らが占める。戦時は正規軍との合同作戦や独自作戦などに従事し、平時は後方支援や社会秩序維持などを担当する。

民兵の予算は国防費に含まれる。07年時点で83.59億元(日本円で約1400億円)で、当時の国防費の2.35%を占める。21年の国防費は07年の4倍近く、民兵の予算も膨張しているとみられる。

民兵のなかでも海上民兵は漁民や離島住民や港湾関係者らにより組織される。海軍で訓練を受け武装している可能性もある。軍や海上保安機関といった位置づけがあいまいで、外国政府の機関が取り締まりにくいとの指摘がある。

中国は領有権を主張する海域に積極的に民兵を派遣してきた経緯がある。日本政府関係者は「16年8月に尖閣諸島(中国名・釣魚島)周辺海域に中国漁船が大量に集まったときも海上民兵が乗っていた可能性が高い」と話す。

海上民兵が乗る漁船には中国独自の衛星測位システムが搭載されていて、中国海警局などと連携を取りながら統一行動をとっているとの指摘もある。中国の主張を既成事実化する「先兵」としての役割を担っている可能性がある。

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岩間陽子
政策研究大学院大学 政策研究科 教授
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これは本当に対処が難しい。いつ、日本近海で起こってもおかしくない事態。

他方、フィリピン政府が望む以上のエスカレーションをしても、迷惑をかけるだけです。背景にはアジアでの米中軍事バランスが完全に中国有利になっている現状があり、そこにしっかり対処しない限り、「言葉の戦争」だけ続けても、外交的な出口は見出せないでしょう。

また、ワクチン戦争で日本が完全に戦力外になってしまった現状は、日本自身の安全保障問題です。ワクチン製造能力がない国は、特定の種類の攻撃に対して脆弱です。一定の緊急時には、既存の手続きを変更して猛スピードでワクチン開発・認可・製造ができる法的枠組みを整備する必要があります。

2021年4月8日 19:01
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鈴木一人
東京大学 公共政策大学院 教授
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別の視点

船を横につけてその規模を誇るのは「赤壁の戦い」で痛い目にあっているはずなのだが、それでもこうやって存在を誇示する手法を使うのは、おそらくフィリピン相手なら火をつけることはないだろうという見通しがあるのだろう。

しかし、こうした「居座り」戦術が一般化してくると、今後、東シナ海でも似たような手を使ってその存在を既成事実化し、領域の主張をしてくる可能性がある。

中国は国際法上の合法性を無理やりこじつけながら、大胆なことをやってくるというパターンがここでもみられる。
2021年4月8日 18:43 』