シンガポール、与党の長期安定支配に揺らぎ リー首相の後継候補、突然の辞退表明

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM08CRU0Y1A400C2000000/

『【シンガポール=中野貴司】次の首相就任が確実視されていたシンガポールのヘン・スイキャット副首相兼財務相が8日、突然後継を辞退すると表明した。与党・人民行動党(PAP)は2020年7月の総選挙でも得票率が過去最低に近い水準に低迷するなど、かつては盤石だった政権運営に揺らぎが生じていた。国民の信任を得られる次のリーダーを早急に選ばなければ、与党離れが一段と進みかねない。

「私は今年、60歳になる。より…

この記事は会員限定です。登録すると続きをお読みいただけます。

残り1451文字

春割ですべての記事が読み放題
今なら2カ月無料!

春割で申し込む
https://www.nikkei.com/promotion/?ak=https%3A%2F%2Fwww.nikkei.com%2Farticle%2FDGXZQOGM11C1B011032021000000&n_cid=DSPRM1AR08_promo

無料会員に登録する
https://www.nikkei.com/r123/?ak=https%3A%2F%2Fwww.nikkei.com%2Farticle%2FDGXZQOGM010QT001022021000000&n_cid=DSPRM1AR07#free

ログインする
https://www.nikkei.com/login

「私は今年、60歳になる。より若い政治家が将来の課題に対応するのが最も国益にかなう」。ヘン氏は8日の記者会見で、年齢が後継辞退の理由だと説明した。確かにヘン氏は16年に脳卒中で倒れるなど、健康が不安視されていた時期もあった。ただ、今は完全復帰しているほか、隣国のマレーシアでは18年に、当時92歳のマハティール氏が首相に復帰した事例もある。シンガポールでは政権・与党内の水面下の権力を巡る綱引きが表に出ることはまれなため、真相は見えない。

ヘン氏がリー・シェンロン現首相の後継の座を固めたのは、18年11月にPAP内で書記長のリー氏に次ぐ書記長第1補佐の地位を射止めた時だった。この時、ヘン氏と同じ「第4世代」に属する若手閣僚らは、ヘン氏を支持する方針を一斉に表明。リー氏も「若手閣僚たちが数カ月間の議論の末、ヘン氏が次のリーダーにふさわしいとの結論に達した」と述べ、皆の総意で選出したという構図を演出した。

官僚出身で2011年に政界に転身したヘン氏には常に経験不足との懸念がつきまとった。政治家としてカリスマ性に欠けるとの指摘もあった。第4世代が集団でヘン氏を支えるという演出はこうした懸念を払拭する目的があった。ヘン氏は19年に副首相に昇格。20年の総選挙では野党候補相手に得票率を伸ばせず、辛勝に終わったものの、副首相に留任した。リー氏とPAPは一度敷いたレールを変えることはせず、総選挙後の焦点はいつヘン氏にバトンを渡すかの一点に絞られていた。それが8日の発表で、リー氏の後継選びは白紙に戻った。

次の首相候補の1人に浮上するチャン・チュンシン貿易産業相=ロイター

ヘン氏に代わる後継候補に浮上するのはチャン・チュンシン貿易産業相やオン・イエクン運輸相、ローレンス・ウォン教育相らだ。いずれも50歳前後とヘン氏より一回り若く、「ヘン首相」が誕生した際には政権の中枢を占めるとみられていた政治家だ。ただ、04年に首相に就任する前の14年間、副首相として経験を積んだリー氏に比べれば、政治家としてのキャリアは格段に浅い。誰が選ばれても、ヘン氏の場合と同様、経験不足の不安を指摘され続けることになる。

「建国の父」である故リー・クアンユー氏が初代の首相だった時代には、全議席を独占していたこともあったPAPだが、直近の20年7月の総選挙では得票率が61.2%まで下がり、野党の労働者党(WP)に議席増を許した。加えて、今回のヘン氏の突然の辞退表明は国民にPAPの将来に疑念を抱かせる要因となる。WPは40代のプリタム・シン書記長の下で責任ある野党を掲げ、支持層の拡大をはかっている。次の総選挙での一段の退潮を是が非でも回避する必要のあるPAPにとって、リー現首相に代わる顔になれるリーダーの選出と新リーダーを支える集団指導体制を早急に固める必要がある。

PAP政権にとって、懸念は内政だけではない。バイデン米政権発足後も米中の対立は続き、中立を維持してきたシンガポールは米中の間で選択を迫られる圧力に直面している。こうした難局にもかかわらず、リー氏以外に国際的に知名度があり、大国の首脳と渡り合った経験のある現役政治家は見あたらない。

1965年の独立以来、シンガポールの首相に就いたのは2代目のゴー・チョクトン氏を含め、3人しかいない。PAPの一党支配と首相の長期在任は親ビジネスの政策を継続する上でプラスに働いてきたが、周到に描いたはずの権力の継承が計画通りいかなければ、途端にもろさを露呈する。後から振り返れば、今回のヘン氏の挫折がシンガポール政治にとっても転換点だったと位置づけられる可能性がある。