米中全面対決、台湾有事はあり得るか:宮本雄二・元中国大使が読み解く「海警法」問題

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『尖閣を中国が実効支配している現実を作り出す

中国は1992年に施行した「領海法」に、「釣魚島(中国表記で、尖閣諸島の魚釣島のこと)を含むその付属諸島」が領土だと規定した。一方、日本は1895年に尖閣諸島を沖縄県に編入し、領土としており、尖閣が日中対峙(たいじ)の海となっている。

2012年4月に東京都(石原慎太郎都知事)が魚釣島など尖閣3島の購入を表明し、その年の9月、日本政府が尖閣3島を国有化した頃から、事態が大きく動いていく。宮本氏はこう説明する。

「この年5月の人民日報ネット版は、『日本のコントロールに対応して、中国は早急に海洋安全戦略を制定する必要がある』と書いている。それまで中国には、海洋安全戦略がなかったということだ。中国の海の警察権は公安だけでなく、漁業、税関などがバラバラに行使していたが、国家海警局に一本化し、人民解放軍の系列下に入れた。こうした整備のまとめとして今年1月に制定したのが海警法。中国の立場からすると、海警法は海警局を管理するためのものだ。

中国は尖閣を自分たちのものと主張しているので、日本の実効支配の現実を覆す、つまり日本と同じように、中国も実効支配しているような現実を作り出す、というのが中国の基本政策だ。だから、中国にとって自分たちの領海で日本漁船が操業していれば、海警船が取り締まることになる。

尖閣における現状は、中国に勢いがあり、日本は押され気味だ。中国が実力によって現状変更を行い、海警局をさらに強化し、変更された現状を日本に認めさせようとしている。そういう中での海警法の登場であり、日本が警戒するのも当然だ。力による現状変更は国際法違反であり、『いかなる紛争も平和的に解決を』と定めた国連憲章違反である」

海警法は国際法違反と言えるか
しかし、「海警法は国際的水準からすると問題がある法律ではあるが、国際法違反と断定するのは難しい」と宮本氏は指摘する。武器使用についても、「アメリカのコーストガード(沿岸警備隊)でも武器は持っている。だから、海警法が武器使用を定めたからといって、国際法違反とは言えない」と話す。

問題は、国連海洋法条約では領海内に限定されている外国軍艦等に対する強制措置を、管轄水域内でとることができる、としている点だ。

しかも海警法には、中国の管轄海域に関する具体的な定義が記載されてない。「当然、その点は批判されるべきだ。しかし、中国には中国の解釈があり、国際法違反をしているつもりはない。しかも、どちらが正しいか裁定する仕組みも弱い。国際政治の現場においては、実際の行動のせめぎ合いの中で、国際慣行法が出来上がるという側面もある」

「国際法の問題はデリケートで、日本の皆さんの意見と、国際政治の現場感覚が合わないこともある。しかし、主張し行動しないと日本に不利な慣行が出来上がってしまう。だから日本も発言し行動する必要がある」と宮本氏は指摘する。

「日本は中国の力に屈する」と思わせてはならない

尖閣問題の今後について、宮本氏はこう提案する。

「今すぐに中国と話し合いを始めると、中国内に『やっぱり力で日本を押したのは正しかった』と誤解する輩(やから)が出かねない。そうではなくて、日本は海上保安庁の力を強化し、海上保安庁と海上自衛隊の連携を強化し、いざという時には日米安保条約の発動があるとの前提で演習を行い、『尖閣は日本の領土であり、断固守り抜く』との決意を中国に示した後、話し合いに入るべきだ。軍事力による解決は、すべての国の望むところではない」

「中国の圧倒的な軍事力の前に、日本が黙らされるようなことがあってはいけない。しかし、中国が軍事力増強を続ける限り、日本は中国と口も利かない、というのもよくない。日本は中国と太いパイプを持って、ガンガン話し合いをすべきだ。経済関係も、日米の安全保障にマイナスの影響を及ぼさない範囲で強化すべきだ。日本経済の再活性化のため、中国市場を最大限に使うべし」

米中の全面対決は両国も望んでいない

だが、3月中旬の米アラスカでの米中外交トップ会談で見られたように、今、2大大国が激しく対立している。全面対決はあるのか。宮本氏はこう否定する。

「アメリカは同盟国の意向を聞きながら、そこを固めて、中国と対峙する姿勢を取っている。日本は尖閣問題で、日米の軍事安全保障の柱が大きくなった結果、アメリカに引っ張られる。一方、中国もあわてて走り回り、王毅外相が中東に行ったりして、自分たちを支持する人たちを固めようとしている。このまま行ってしまえば、米ソ冷戦時代の復活になってしまう。

米中の全面対決はアメリカも中国も全く望んでいない。これはバイデン大統領もよく分かっていると思う。アメリカ経済にも響いてくるので、中国との経済の全面的なデカップリング(分断)をやる気もありません」

中国の台湾侵攻の可能性は

ところが、最近、「台湾有事」が心配されるようになってきた。典型的な例は、デービッドソン米インド太平洋軍司令官が米上院軍事委員会の公聴会で行った「6年以内に中国が台湾を侵攻する可能性がある」という証言だ。

宮本氏は「中国が軽々に軍を発動することはない。もし台湾を攻撃したら、中国の評判は世界中で落ちてしまう」と、次のように解説する。

「この地域の米中の軍事バランスは中国有利に展開している。この地域では、米海軍の第7艦隊(西太平洋とインド洋が担当海域)が重要な役割を果たしてきた。だが、中国が軍備増強を続けた結果、台湾有事の際に第7艦隊は台湾に近づけなくなった。つまり現時点では、第7艦隊がぽっくり空いた形で米中の軍事バランスが考慮されなければならないようになった。

アメリカはトランプ政権時代から、台湾との関係を強化しようと、次々と手を打ってくる。それを中国が座視すれば、アメリカの行動を認めたことになる。ゆえに対抗策として中国は、人民解放軍による台湾への威嚇を行い、台湾と中国の中間線を越えたり、どんどん軍事演習をエスカレートさせたりしている。それを見た米軍人が『中国が出てくるかもしれない』と思い、今回の議会証言となった。

2020年8月10日、台北市内の総統府で会談した台湾の蔡英文総統(写真右)と米国のアレックス・アザー厚生長官。アザー氏は1979年の米台断交以降、訪台した最高位の米閣僚。=台湾[総統府提供] 時事

習近平国家主席が歴史に名を残すために、台湾の統一をやるのではないか、という声がある。しかし、中国の立場になって考えたら、現状における軍の発動は国民に説明ができない。台湾が、今攻撃しないと独立してしまう、という切迫した情勢になって、初めて台湾攻撃は可能になるのだ。でも、台湾の蔡英文総統もよく分かっているから、一定の線を超えることはない。

台湾は、世界の半導体の主要生産国の一つであり、もし中国が台湾を攻撃したら、世界の株価が暴落し世界経済は大混乱となる。その結果、中国経済の足も引っ張られ、中国国民が『なんで台湾を攻撃したのか』と習政権を批判するだろう。中国の一般国民にとって、生活が何にもまして重要であり、台湾問題はそれほどの重要性を持っていない。

米太平洋司令官が、これからの6年間で、台湾で戦争が始まる可能性が高いと言った。この6年間というのは意味深長だ。アメリカは6年間使えば、台湾海峡の軍事バランスを、少なくともイーブン(互角)に持ってこられると思っているのだろう。これからアメリカは、日本に対する軍事的要求を強める可能性は高い」

世界は中国と共存できるか

新疆ウイグル自治区の人権問題を理由に、米欧が中国に制裁措置へ踏み切るなど、中国包囲網が広がっている。世界は中国と共存できるのか。

「習主席は再三再四、『自分たちは現行の国際秩序の破壊者ではなく、擁護者だ』と言っている。国連憲章の精神と原則に代表される国際法を順守する、とも言っている。数千年の時代が流れてきた中国で、歴代王朝の統治システムを抜本的に改めたのが中華人民共和国で、指導者はどうガバナンス(統治のプロセス)を整備していくか、悪戦苦闘している。世界が中国を我々と一緒になって国際秩序を作る方向に、いかに誘導していくかだ。そのために、現在の国際秩序の中で、中国がその力に見合った待遇を受けることを認める必要がある。

『中国は異質で、我々との併存は不可能だから、中国と対抗し、中国共産党を打倒しなければならない』という意見がある。しかし、このロジックでやる限り、中国は必死になって対抗してくる。中国は既存の国際社会に対する憎悪を、今の何倍にも増大させるだろう。そういう中国と、我々の孫たちが直面しなければならないという事態は避けたい。

中国を既存の秩序に入れて、それから我々は中国と真っ向から論戦を挑んでいく。そういう中で、新しい落ち着き先ができるという方向で努力すべきだと思う。中国を我々の方向に誘導していくことは、日本にとって非常に重要な役割になる」

「(中国が何かした時)日本は中国に対して、日本の立場をきちんと表明する必要がある。ただ、それを中国に押し付けてはいけない。日本としては、その実現を希望するだけであって、中国がどうするかは中国国民が決めるべき問題だからだ。中国国民の感情を傷つける行動を日本がとると、中国が猛反発してくることもあるので、慎重さが必要になってくる」

バナー写真:乾杯をするバイデン米副大統領(当時)と習近平・中国国家主席(アメリカ・ワシントンで2015年9月25日撮影) AFP=時事 』