唐突な日中外相の長話、習氏が悩む隠された台湾問題

唐突な日中外相の長話、習氏が悩む隠された台湾問題
編集委員 中沢克二
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGH05B7Q0V00C21A4000000/

『5日、唐突に1時間半もの長話となった日中外相電話協議は中国側からの要請で開かれた。その日、中国は先祖を弔うため墓に参る大切な清明節の連休最終日に当たっていた。

休みを返上した国務委員兼外相の王毅(ワン・イー)のめまぐるしい動きからは、国家主席の習近平(シー・ジンピン)が、16日に予定する首相の菅義偉と米大統領バイデンの初の直接会談を相当、気にしている様子が手に取るようにわかる。

習近平の意を受けた…

この記事は会員限定です。登録すると続きをお読みいただけます。

残り2361文字

春割ですべての記事が読み放題
今なら2カ月無料!』

習近平の意を受けた王毅は今回、外相の茂木敏充が「深刻な懸念」を中国側にぶつける発言機会をわざわざ与えたことになる。茂木が取り上げたのは、新疆ウイグル自治区の人権状況、香港問題、沖縄県・尖閣諸島での中国海警船の領海侵入など全てのテーマだった。
中国側発表にない台湾問題が最大の焦点

王毅は茂木に発言機会を与えるという「譲歩」の代わりに、米欧と足並みをそろえた対中制裁などに踏み込まないよう強く警告した。いわゆるレッドライン(越えてはならない一線)を示した形だ。「中国は、日本が独立自主国家として客観的に理性的に中国の発展をみるよう望む」。王毅は茂木にこう強調した。

ではトップの習近平が今、最も気にしているのは何か。それは中国外務省が会談後に発表した2つの文章の行間に透ける。逆説的だが、直接には一言も書いていないテーマがもっとも重要なのだ。間違いなく台湾問題である。2022年の共産党大会でのトップ続投を手始めに長期政権を狙う習近平にとって、台湾問題は自らの運命をも左右する重大な問題である。

日米両政府はワシントンでの首脳会談の際、発表する共同文書で「台湾海峡の安定が重要だ」との認識を明記する方向だ。台湾海峡の問題を日米首脳会談の文書に書き込むのは異例である。中国との国交正常化前の1969年に当時の首相、佐藤栄作と米大統領のニクソンが共同声明で、台湾地域の平和と安全の維持が日本の安全に重要だと指摘した例などはある。

3月中旬、米国務長官のブリンケンと国防長官のオースティンがそろって来日し、日米外務・防衛担当閣僚協議(2プラス2)を開いた際も、共同発表に「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調した」と記し、中国を名指しで批判した。この時、中国外務省は「自ら進んで米国の顔色をうかがい、戦略的な属国になっている」と日本を厳しく批判している。

菅首相とバイデン大統領

過去の日米2プラス2の共同発表では、中台に関して「両岸関係の改善に関するこれまでの進捗を歓迎しつつ、対話を通じた平和解決を促す」などとした例がある。こうした当事者に「促す」形と違い、今回は危険を予想しながら日米が共同対処を検討するニュアンスが出ている。

その前提は3月9日、退任する米インド太平洋軍司令官、デービッドソンの発言だった。急速に軍事力を増強する中国による台湾侵攻の可能性について、今後6年以内に明白になると予測している。

台湾対岸の福建省から発信

習近平がどれほど台湾を重視しているかは、米アラスカでの厳しい米中対立後の3つのエピソードが証明している。直後の3月下旬、習は福建省の茶の名産地、武夷山で悠々とお茶を飲み、竹の筏(いかだ)船に乗って川下りを楽しんだ。夫人の彭麗媛を伴ったリラックスした旅の様子は、中国のニュースでも紹介された。

福建省の武夷山付近で竹製の筏船に乗る習近平国家主席(3月下旬、中国国営中央テレビの映像から)

習にとって福建省は1985年から17年を過ごした故地だ。今回、自らは訪れなかったが、台湾海峡に臨む都市、アモイは習夫妻にとって新婚時代を過ごした思い出深い地でもある。3月22~25日の4日間にわたるのんびりとした福建省視察は、派手な米中のやりあいなど気にしていないというポーズにも見えた。

その実、習のホームグランドといえる福建省への旅は、後に仕組まれていた中国外交の大パフォーマンスの序章だった。判明したのは習が去ってから6日後である。今度は中東歴訪から戻ったばかりの王毅が慌ただしく福建省に入った。

訪れたのは武夷山の山麓にある景勝地の南平と、海沿いのアモイだ。米欧中心の中国包囲網に対抗する駒に使われたのはシンガポール、マレーシア、インドネシア、フィリピンという東南アジア諸国連合(ASEAN)4カ国と韓国の外相らだ。

会談に先立ち握手する韓国の鄭義溶外相(左)と中国の王毅国務委員兼外相(3日、中国福建省アモイ)=聯合・共同

福建省が選ばれた背景にも政治的に大きな意味があった。「忘れないでほしい。福建の対岸は台湾だ。これほど多くの国が中国を支持していると台湾に見せつけているのだ」。中国共産党機関紙、人民日報系のメディア人は自身のブログでストレートに福建省での外交の意義を説明している。

とりわけ4月3日、王毅が韓国外相、鄭義溶(チョン・ウィヨン)と会談したアモイは微妙な場所だ。台湾海峡を巡って米中の緊張が高まっていた。習近平の一見、優雅にみえた福建省視察、そして王毅の福建省での一連の外交は、台湾というキーワードでつながっていたのだ。

日中協議に当てた台湾周辺での空母訓練発表

台湾を意識した3つ目のエピソードは軍事面である。日中外相電話協議と時を同じくする5日、中国海軍の報道官は空母「遼寧」を含む艦艇が台湾周辺の海域で軍事訓練を実施したと発表した。中国空母を核とする艦隊はその前の3日、沖縄本島と宮古島の間を抜けて南下し、太平洋側から台湾周辺に達していたのだ。

艦載機の離着艦訓練を実施する中国の空母「遼寧」(2018年4月)=共同

日本側が持つカードは、ドイツとの間で4月中旬、初めて実施する方向で調整している外務・防衛担当閣僚協議(2プラス2)だ。今回はオンラインでの開催となるが、「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けた安保協力を議論する。ドイツの影響力が大きい欧州連合(EU)はウイグル族の人権問題で対中制裁に踏み切ったばかりだけに、中国側の警戒感は極めて強い。

米アラスカ州での対峙が一つの起点となった米中の激しいせめぎ合い、そして国際的な孤立状態の回避を最優先して休みなしで様々な外交戦を展開する中国。来年、国交正常化から50年を迎える日本と中国の関係も大きな影響を受けるのは間違いない。今回の日中外相電話協議での腹の探り合いはその一つにすぎない。(敬称略) 

中沢克二(なかざわ・かつじ)
1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員兼論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。

クリックすると習近平指導部データへ https://vdata.nikkei.com/newsgraphics/chinese-communist-party-leaders/