中国、食料自給率低下を招く農地の劣化

中国、食料自給率低下を招く農地の劣化
中国総局 羽田野主
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『「食糧節約キャンペーンを展開する。食の問題をしっかりと解決することは一貫して最優先事項だ」。3月11日、中国の国会に相当する全国人民代表大会(全人代)はこう記した李克強(リー・クォーチャン)首相の政府活動報告を採択した。2020年8月に中国共産党トップの習近平(シー・ジンピン)総書記が「食べ残し断固阻止」を提唱したように、党や国務院(政府)の発表文には食糧確保を巡り「悲鳴」にも似た表現が目立つよう…

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2020年8月に中国共産党トップの習近平(シー・ジンピン)総書記が「食べ残し断固阻止」を提唱したように、党や国務院(政府)の発表文には食糧確保を巡り「悲鳴」にも似た表現が目立つようになった。中国の農業現場で何が起きているのか。
河南省新郷市で農業指導に取り組む川崎広人氏

「現在、中国の穀物自給率は95%を超えている」(中国の食糧安全保障白書、19年版)。中国政府が内外に説明するときによく使うのがこの穀物自給率95%という数字だ。だが実はこの95%には不明な点が多い。国務院はそもそもカロリーベースなのか、生産額ベースなのかを公表していない。

日本の農林水産省は定期的に各国の食料自給率を生産額とカロリーベースでまとめているが、主要国で中国だけ除外している。農水省食料安全保障室の担当者は「中国は不十分なデータが多すぎて計算できない」と話す。中国の食料自給率は「不明」というのが実情だ。

中国の農業事情に詳しい愛知大学の高橋五郎名誉教授は国連食糧農業機関(FAO)の統計をもとに、中国本土のカロリーベースの自給率を独自に試算した。主要54品目を対象として計算したところ、直近の18年は「80%」という数字が浮かび上がった。

同氏は中国の食料自給率は00年時点では94%あったが、05年には89%に低下、10年には83%まで下がったと指摘する。19年は78%、20年は天候の影響などで76%前後に下がった可能性があるという。

大豆の自給率は17%

18年の穀物の自給率は78%だった。とくに中華料理に欠かせない食用油のもとになる大豆は17%にとどまる。砂糖は80%、バターやバター油で41%となった。高橋氏は自給率の低下について「農業の担い手の減少や農地の土壌の劣化が進んだことが大きい」と理由を説明する。

農地の劣化は、実は中国政府が以前認めたことがある。14年に中国政府が初めて実施した全国土壌についての重金属汚染調査は全国の土壌の16%、農地に限ってみると19%がカドミニウム、水銀、ヒ素、銅などで汚染されていることを明らかにした。

中国で黒竜江省に次ぐ農業生産量を誇る河南省を訪ねた。同省新郷市で中国の農業発展に取り組む川崎広人氏の奮闘ぶりがたびたび中国メディアに取り上げられている。川崎氏は岩手県生活協同組合連合会を2006年に定年退職したあと、堆肥などを活用した有機栽培の農業技術を身につけて13年に訪中した。いまは小劉固農場で農業専門家として循環型農業の実現に取り組んでいる。

川崎氏によると、河南省でも化学肥料の使いすぎで傷んだ農地が広がり、農産物の生産に大きな影響が出ているという。農地の住宅化や植林への転換も増え、良質な農地も目に見えて減っている。

新郷市はかつて見渡す限りの豊かな農地で「中国一大きな農村」ともいわれたが、高速鉄道の新郷東駅から車でしばらく回っても建築中のマンションや住宅街、別荘などが立ち並び、農村にはとてもみえない。川崎氏は「地元政府が貧困対策で農地を住宅に変えて農民に供給した影響などが大きい」と話す。

かつての肥沃な農地には建築中のマンションが立ち並ぶ(河南省新郷市)

中国の食糧生産の停滞は公式統計からもうかがえる。食糧生産量はここ数年は6億5000万トン~6億6000万トンで頭打ちだ。

ここ20年近い低下の傾向は中国共産党と政府の政策をみても符合する。

共産党と政府は毎年、春節(旧正月)の前後に各地方の党組織や地方政府に対して「中央1号文件」と呼ばれる指示を出す。これは時の党指導部がその年に最も重視する政策テーマだ。04年以降、18年連続で取りあげられているのが農業・農村問題だ。

農地確保で危機感

21年の1号文件には「中央と地方は食糧主要生産区の農地整備への投資を強化し、干ばつや洪水に関係なく一定の収穫を確保できる農地1億ムー(約667万ヘクタール)を整備する」との目標を示した。中国は18億ムーの耕地保護レッドラインを掲げて厳守するように指導している。

20年は中国の南方で記録的な豪雨が降る一方で、北方は干ばつに見舞われた。習指導部が災害の影響を受けにくい安定した農地や食糧の確保を巡って危機感を募らせているのがうかがえる。

節目になったのが19年の中央1号文件だ。「国内で不足する農産品の輸入を主体的に拡大し、輸入ルートを多様化する」と明記した。中国は食料の輸入拡大を正式に宣言した。

中国の食料輸入は増え続けており、19年に過去最高とみられる884億ドル(約9兆8000億円)の食品や飲料を輸入した。この中国の「爆買い」による穀物や肉類の国際価格の上昇で影響を受けやすいのが日本だ。日本の食料自給率は38%(カロリーベース)で輸入依存度が高い。

17年5月には中国が米国との緊張緩和を模索し、米国産牛肉の輸入を14年ぶりに再開する計画を示した。米国産牛肉の価格が高騰するとみた日本の牛丼大手が大量買い付けに走った結果、日本の緊急輸入制限(セーフガード)が発動した。米国が不満を示し、米中間の問題は日本にも飛び火した。

買い手としての中国の動向は今後も世界の食料需給に影響を与えそうだ。日本が買い負ける事態も想定して対策を取るべきだろう。