「正義」の陰に産業競争 人権尊重、対中で米欧足並み

「正義」の陰に産業競争 人権尊重、対中で米欧足並み
編集委員 太田泰彦
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGH291X40Z20C21A3000000/

『ドイツ企業は肝を冷やしたに違いない。メルケル政権が3月3日、企業に人権の尊重を義務づける「サプライチェーン法案」を閣議決定したからだ。

取引先に強制労働の実態はないか。企業は外国のサプライヤーにまで責任を負う。監査と情報開示を怠れば、厳しい罰則が科される。狙いは中国である。

中国とドイツ産業界の縁は深い。フォルクスワーゲンは、新疆ウイグル自治区に工場を持つ。アディダスやプーマは、中国産の綿糸を大量…

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アディダスやプーマは、中国産の綿糸を大量に使っている。その中国産の8~9割を占めるのが、新疆ウイグルで作られる「新疆綿」だ。

ドイツだけではない。欧州連合(EU)は域内の全企業を対象とする規則の策定を急いでいる。英国は「現代奴隷法」を制定し、英連邦のオーストラリアも同名の法律で続いた。

「奴隷」とは物々しいが、人身取引と強制労働の暗い歴史を背負う欧州では人権は譲れない正義だ。中国の市場と供給力がどんなに魅力的でも、企業は正義の前では黙るほかない。

日本企業にとっても対岸の火事ではない。人権尊重が足りないという理由で、欧州の供給網から締め出される恐れがあるからだ。欧州と取引が多い自動車部品、機械、素材産業への影響はとりわけ大きい。

厳しい欧州の規制の根には、人間の尊厳を重んじる価値観の土壌がある。個人情報を守る「一般データ保護規則(GDPR)」や自然との共栄を目指す「欧州グリーンディール」、機械の暴走を許さない人工知能(AI)の倫理基準などは、全てその表れだ。

欧州の正義が人間の尊厳だとすれば、米国は国家安全保障である。国を守るという錦の御旗の下で、特定品目の貿易制限や政府裁量の補助金、経営への干渉など、市場競争の原則を曲げる政策が正当化される。

さしずめ中国の場合は、国家資本主義だろう。たとえ自由が制限されても、治安と経済成長が保たれるかぎり、国民の多くは政府による介入を容認する。

アラスカでの米中外交トップ会談(3月18~19日)では中国共産党政治局員の楊潔?(左)とブリンケン米国務長官が人権問題で火花を散らした(ロイター)

こうした米欧中の隔たりは、交渉で埋まるものではない。異なる正義がぶつかり合い、時々の利害によって3極が対立と連携を繰り広げる。そんな生々しい世界の素顔が、むき出しになりつつある。

人権では米欧が足並みをそろえて中国と対峙する。だが、データを握るプラットフォーマーの規制では、米欧は考え方を異にする。その一方で、気候変動で米欧中は同じ方向を向き、脱炭素の目標を比べ合う。

ここで目を凝らさなければならない。仰々しく正義が語られる時ほど、言葉の裏に産業政策が隠れているからだ。米欧中ともに、いまなら政府が大手を振って外国企業を排除できる。

では日本の正義とは何だろう。人権、環境、個人情報、いずれの軸でも立ち位置がいまひとつ曖昧だ。人権をめぐる対中制裁やミャンマー制裁での態度は煮え切らない。脱炭素への筋道も描き切れないでいる。

根底から変わる国際政治ゲームから、日本は疎外されているのではないか。そうだとすると、産業政策が正しい正しくないを論じる以前に、日本は米欧中の背を追いかける立場になる。