ベトナム、自律成長へ岐路 通商・安保で米中と距離探る ベトナムの針路 長期政権の壁(上)

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『共産党支配下で高い経済成長を続けるベトナムで5日、国家主席らの人事が決まり、週内にも新内閣が発足する。最高指導者の党書記長として初の3期目(1期5年)に入ったグエン・フー・チョン氏(76)は通商、安全保障面で米中両国との最適な距離を模索する。自律的な外交と成長の持続へベトナムは岐路に立つ。

「両国民の利益につながるような伝統的な友好関係を促進したい」。3期目の続投が決まった直後の2月8日、チョン氏…

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3期目の続投が決まった直後の2月8日、チョン氏は中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席と電話協議を行った。過去に戦火を交え、南シナ海での領有権問題を抱える隣国に「両国民」という表現で一方的な海上行動などを慎むよう暗に迫った。

国内向けには、汚職の撲滅を一段と進める姿勢を示す。健康不安説が消えないなか、3月18日の党内会議で「あらゆるレベルの党組織で、腐敗との闘いを強化し続ける必要がある」と引き締めを図った。

米戦略国際問題研究所(CSIS)によると、ベトナムと中国が領有権を争う南沙諸島の西側にある「バンガード堆」付近では中国公船の活動が活発化している。2020年11月までの1年間で計142日間の航行を記録した。ベトナムのガス田開発を妨害した可能性もあり、偶発的な衝突リスクは消えない。

中国は東南アジア諸国連合(ASEAN)にもくさびを打ち込む。巨額の開発援助などでベトナムの隣国カンボジアとラオスを取り込み、新型コロナワクチンの供与で米中間での中立維持を探るインドネシアやフィリピンにも秋波を送る。ベトナムは4種類の国産ワクチンの開発を急ぎながら「なんとか中国に頼らないように奮闘している」(外交筋)。

対中けん制と経済発展の両面で、チョン氏が腐心するのが良好な対米関係の維持だ。2015年7月、チョン氏はベトナム共産党の書記長として1975年のベトナム戦争終結後で初めて米国を公式訪問した。当時のオバマ大統領と共にチョン氏を歓迎したのが副大統領だったバイデン現大統領だった。

ベトナム政府は今年2月、チョン氏が「2国間関係を引き続き発展させていきたい」とのバイデン氏からの祝電を受け取ったと公表した。

目下の懸案は通商摩擦の解消だ。米国からみた20年のモノの貿易赤字額はベトナムが697億ドル(約7兆6000億円)で、中国、メキシコに次ぐ世界3位。米国はベトナムを「為替操作国」に認定し、対米貿易黒字の削減圧力をかける。

米通商代表部(USTR)はトランプ前米政権時代の1月15日、ベトナムの通貨切り下げが不合理で、米国の商取引が制限されていると断定した。制裁関税の発動は見送ったが、ライトハイザー前代表は「両国が懸念に対処する方策を見いだせるよう期待する」と述べた。
対米輸出の主力は新型コロナウイルス対策の在宅勤務で需要が増えたパソコンや電子部品だ。一部の多国籍企業が米中貿易戦争を避けるため生産拠点を中国から移した。ベトナム統計総局によると、1~3月の対米輸出は前年同月比3割以上増えている。対応を誤って、米国の制裁関税発動を許せば好調な経済を損ないかねない。

安保面での圧力を高める中国に対峙するには米国の後ろ盾が欠かせない。だが、通商や人権でベトナムをみる米国の目は厳しさを増す。二大強国の狭間でベトナムが進む道は狭く険しい。

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ベトナム
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%88%E3%83%8A%E3%83%A0

『概要

中国南東岸に住む諸族である百越のうち駱越が南下して、漢・唐の時代には中国の支配を受けたが、10世紀に独立[3]。丁朝、李朝、陳朝、黎朝、阮朝などの王朝支配を経て、19世紀後半にフランス植民地に編入された[3]。第二次世界大戦中の日本軍の進駐と戦後の第一次インドシナ戦争を経てフランス植民地体制が崩壊し、国土は共産主義陣営のベトナム民主共和国(北ベトナム)と資本主義陣営のベトナム共和国(南ベトナム)に分裂。ベトナム戦争(第二次インドシナ戦争)を経て南ベトナムの政権が崩壊し、1976年に統一国家としてベトナム社会主義共和国が成立した[4]。

政治体制はベトナム共産党による一党独裁体制である[5][6]。エコノミスト誌傘下の研究所エコノミスト・インテリジェンス・ユニットによる民主主義指数は、世界136位と後順位で「独裁政治体制」に分類されている(2019年度)[7]。また国境なき記者団による世界報道自由度ランキングも下から6番目の175位と後順位であり、最も深刻な状況にある国の一つに分類されている(2020年度)[8]。

人権状況についてヒューマン・ライツ・ウォッチは、政府が言論、結社、報道、信仰など人民のあらゆる基本的自由を制限しており、刑事司法は政府からの独立性に欠け、警察は自白を引き出すために拷問を多用するという人権侵害が極めて深刻な国であることを報告している[9]。

経済面では、1978年のカンボジア侵攻後の国際的孤立の中で国際収支が悪化して経済危機に陥り、干ばつや洪水などの自然災害による食糧不足などが重なって大量の難民を出す事態に陥った[3]。その対策として1986年にドイモイを打ち出し、経済の自由化を進めた。外国資本の導入で製造業は活況を呈し、南シナ海で石油の開発が進んで原油が重要な輸出品になっている[4]。他方でドイモイの進展で貧富の格差は拡大している[3]。通貨はドン[3]。

外交面ではベトナム戦争以来親ソビエト連邦外交を基調としたため、ソ連と対立する中華人民共和国と関係が悪化。1977年に国連に加盟するも、1978年に親中反ソ派のポル・ポト政権下のカンボジアに侵攻したため、1979年に中国のベトナム侵攻を招き[10]、国際的に孤立した[4]。ソ連崩壊後の1991年に中越戦争で交戦した中華人民共和国と、1995年にはベトナム戦争で交戦したアメリカ合衆国と国交を回復し、ASEANにも加盟した[3]。近年は南沙諸島など南シナ海への実効支配を強める中国との対立が深まっており[11]、2010年代以降はアメリカ軍やASEANと合同軍事演習を行うなど中国けん制の姿勢を強めている[12][13]。

軍事面では18歳から25歳の男性を対象に兵役期間2年の徴兵制を敷いており[14]、ベトナム人民軍は50万弱の兵力を有する[15]。軍事力は軍事ウェブサイトの グローバル・ファイアパワー (GFP) が発表する「2020 Military Strength Ranking」によれば世界22位で、東南アジアでは第2位である[16]。

人口は9762万人(2020年ベトナム統計総局)。住民はキン族(ベトナム人)が約86%を占め、他にミャオ族、チャム族など53の少数民族が存在し、中国人も暮らしている[3][17]。

宗教は仏教徒が多いが、カオダイ教やホアハオ教、フランス植民地時代からのカトリックも存在する[3]。憲法上は信教の自由を認めているが、実際には政府による強力な規制・監督が敷かれており、アメリカから信教の自由の改善を要請されている[18]。

公用語はベトナム語で住民の大半が使用しているが、一部に少数民族の言語も存在する[3]。表記方法としては古くは漢字が用いられ、13世紀からはチュノムという漢字を基に作られた独自の民族文字が使用されるようになったが、フランス統治時代以降はチュ・クオック・グーと呼ばれるローマ字表記が用いられており、現在は漢字とチュノムは廃れている[19]。

地理としてはインドシナ半島の東半部、トンキン湾、南シナ海に沿うS字形の南北に細長い国土である。北部はソンコイ川の形成する 紅河デルタとそれを囲む山岳地帯から成り、中部はアンナン山脈が急崖をなして南シナ海岸に迫る狭い地域であり、最狭部では東西の幅が約50kmである。南部は主としてメコン川のメコンデルタからなる。首都はハノイ[3]。 』

『国民

正装として着用される民族衣装、アオザイ。

ベトナム社会主義共和国憲法第5条に「ベトナム社会主義共和国はベトナムの地に共に生活する各民族の統一国家である」と、多民族国家であることを規定している。ベトナム政府が公認しているだけでも54の民族がいる。ベトナム国民は、身分証明書を一定年齢以上に達すると発給され、身分証明証には民族籍を記入する欄が設けられている[98]。
人口

1988年から2人っ子政策をとってきたが、2017年に廃止した[99]。

民族構成

詳細は「ベトナムの民族一覧」を参照

公式に認められている民族が54あり、そのうちキン族(ベトナム族)が最も多く、全人口の85%から90%を占める。キン族の言語であるベトナム語はムオン族・セダン族などと同じオーストロアジア語族(モン・クメール語派)語族に属する。ムオン族はホアンビン省、タインホア省の山間部に住み、ベトナム語のゲアン方言などとの近似性が指摘されている。[100]

その他に少数民族としてホア族(華人)、タイ系のタイー族・ターイ族・ヌン族、クメール族、ムオン族、モン族(ミャオ族)、ザオ族などがある。少数民族のうち、ホア族とクメール族以外の大半は山地に住む。

言語

言語はベトナム語(越南語)が公用語である。その他にも華語(主に広東語、?南語、北京語)、クメール語なども使われており、フランス領インドシナ時代の影響から、少数のエリート層や高齢者の間ではフランス語が理解できる人もいる。また、ソビエト連邦など共産主義国とのつながりがあったため、ロシア語を理解できる人もいる。ただし、最近の若年者の教育は英語教育が一般的になり、町の看板などを見渡してもベトナム語以外では、欧米人観光客向け(観光客相手に生活していく上でも、英語ができないと生活が成り立たないため)に英語が目立つのが、現在の状況である。

人名

詳細は「ベトナムの人名」を参照

主要民族であるキン族を中心に、人名の多くは、漢字文化圏に属しており、人名も漢字一字(まれに二字)の漢姓と、一字か二字(まれに三字)の名からなる構造は中国と共通している。婚姻の際には基本的に夫婦別姓となる。しかし各字の機能は漢名とは異なっており、名のうち一字目は「間の名」(ten ??m、ミドルネーム)と呼ばれ、末字の名と一体化しておらず、また中国の輩行字、朝鮮の行列字のような世代の区別に使われることもない。目上や目下に対しても、呼びかけに使われるのは末字の名のみであり、間の名は含まれず、また姓を呼びかけに使うことはほとんどない。

名付けに使われる語は必ずしも漢字由来のものに限らず、庶民の間では固有語による名付けがかなり存在している。また少数民族の名前には、上記の説明にあてはまらない固有のシステムを持つものがある。

なお、40年以上にわたって用いられていた戸籍制度(中国式戸籍制度)について、ベトナム政府は2017年に撤廃を発表している[101]。

文字

詳細については、各項目を参照のこと。

チュ・クオック・グー(??國語)
声調をもつベトナム語を表記するために発明された声調入りアルファベット(ラテン文字)であり、現在唯一の公用文字。17世紀にフランス人のイエズス会宣教師、アレクサンドル・ドゥ・ロードが、カトリック教会布教の為に発明した文字。19世紀末以降のフランス植民地時代に普及し、1945年の独立時に正式に公用文字となった。現在、ベトナム語はもっぱら、この文字により表記される。

チュハン(??漢)
ベトナムにおける漢字。上記のチュ・クオック・グーが公用文字となるまで、ベトナム語を表記する公用文字はなく、書き言葉としてはもっぱら漢文(古中国語)が用いられた。チュ・クオック・グーの普及により使用頻度が減少したが、ベトナム語の中には漢字語の影響が強く残っている。北ベトナムでは1950年の暫定教育改革により漢文教育を廃止し、1954年には漢字の公的な使用を全廃、南ベトナムでは1975年の崩壊まで中等教育での漢文科が存続していた。2014年現在では、僧侶か日本語や中国語の学習者しか読めなくなっている。

チュノム(??喃)
ベトナム語を表記するために13世紀に発明された合成漢字。固有語の表記に用いられ、漢字と混ぜ書きされた。

漢字の音と意味による形成
訓読み
当て字

など、複数の造字法があり複雑で、一時期を除いて公用文字に採用されることはなかったが、民族意識の高まりを背景に民間では有識者層を中心に普及し、18世紀から19世紀には多くのチュノム文学が生まれた。20世紀になると、漢字の画数が複雑過ぎる事で、初等教育に支障を来す事や、チュ・クオック・グーの普及により、急速に衰退の道を辿った。

宗教
「ベトナムの仏教」、「ベトナムのカトリック」、「ベトナムのイスラム教」、および「ベトナムのヒンドゥー教(英語版)」も参照
ハノイの仏教寺院、一柱寺(正式名称は延祐寺、もしくは蓮花臺)。
カトリック教会のサイゴン大教会。

宗教は仏教(大乗仏教)が大半を占めている。その他にも道教、カトリック教会がある。中部(旧チャンパ王国の領域)ではイスラム教やヒンドゥー教、南部にはホアハオ教や、混淆宗教としてのカオダイ教が教勢を保っている。公的に認められた宗教は、仏教、カトリック、プロテスタント、イスラム教、カオダイ教、ホアハオ教の六つである。このうち後ろの二つは、ベトナム独自の宗教である[102]。

カトリック教会は、バチカン市国と国交を樹立しておらず、プロテスタントに関しては、アメリカ合衆国の宣教団体からの布教が強かった経緯もあり、旧南ベトナム地域および、ベトナム戦争中に南側についたバフナル族、ジャライ族、エデ族、コホ族などの山岳民族の間での信仰が中心である。

それぞれの公認教団の信徒数は、2008年の資料で仏教1,000万人、カトリック550万人、カオダイ教240万人、ホアハオ教160万人、プロテスタント100万人、イスラム教6万5千人となっている[103]。

憲法では、信教の自由を人民に保障しているが、同時に信仰に制限があることも法律に明記している。過去には2001年、2004年に、ベトナム政府に土地を奪われた山岳民族による暴動が元で、プロテスタントの弾圧が起きた。また、政府非公認教団である「統一ベトナム仏教教会」が弾圧に抗議して1992年に騒擾事件を起こす事件も発生している。2014年現在でも、非公認プロテスタント教団の活動は第三級行政区レベル(坊、社、市鎮)に留められており、より上位の行政区では活動ができないなどの各種制限が存在する[103]。

また、ベトナム

共産党員はホー・チ・ミン元国家主席のみを信仰する傾向がある。無論ホー・チ・ミン信仰は「宗教ではない」が、それに匹敵する影響力を有する(ホー・チ・ミン自身は、自らが個人崇拝の対象になることを、徹底的に嫌っていた程であった)。

LGBTの権利
詳細は「ベトナムにおけるLGBTの権利」を参照

主に南部では、タイやカンボジアと同様に、トランスジェンダー文化の伝統があるが、主に儒教の影響から同性結婚は長らく認められず、2002年に国営メディアでは同性愛を売春や賭博、違法薬物などと並ぶ「社会悪」であるとの認識を表明し、同性愛の規制や同性愛カップルの逮捕を行える法整備を確約した[104]。しかし世論の高まりとともに、2009年に初の女性への性別変更と改名が認められる判例が生まれた。2013年には同性婚の禁止と罰金制度が法律から削除され[105]、また同性カップルの同居に対して、正式な結婚には劣るが、ある程度の権利が認められた。しかし後にこの権利条項は削除されている[106][107]。2014年10月時点、同性婚は禁止こそされてはいないが、法的な権利が認められているわけでもない。

教育

詳細は「ベトナムの教育」を参照

成人識字率は、95%(2018年、米CIAによる)[108]。学校で勉強する必修の第一外国語は英語が一番一般的である。英語以外にはロシア語、フランス語、中国語、日本語、韓国語、ドイツ語がある[109]。

初等教育
6歳から始まり、小学校5年間、義務教育、学費は原則無料。

中等教育
基礎中学校(前期中等教育、日本での中学校に相当)4年間、普通中学校(後期中等

教育、日本での高等学校に相当)3年間。
5-4-3制で、この期間を普通教育と呼ぶ。

高等教育

ベトナムの大学には国家大学(首相直轄校)、国立大学(地方総合大学、専門大学:教育訓練省、厚生省、文科情報省、人民委員会等の所轄)、民立大学がある。

3年制の短期大学と4-6年制の大学がある。

教育行政

教育行政は、中央に教育訓練省、地方の省レベル[注 12]に教育訓練局、県レベルに教育課がある。学校段階別の管轄関係は基本的には次のようになっている。高等教育は教育訓練省、普通中学は教育訓練局、基礎中学・小学校・幼稚園・保育園は教育課。これら教育行政機関の職員は「教育管理幹部」と呼ばれ、教育経験者。教員の資格要件は、幼児教育と初等教育で中等師範学校卒、前期中等は師範短期大学卒、後期中等教育は大学卒となっている[110]。』