米「習近平の排除を」 匿名の元高官論文の波紋

米「習近平の排除を」 匿名の元高官論文の波紋
ワシントン支局 永沢毅
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN253360V20C21A3000000/

『3月18日、米アラスカ州アンカレジのホテルの一室。米大統領バイデンの就任後初の米中高官協議で、中国外交を統括する共産党政治局員の楊潔篪(ヤン・ジエチー)が言い放った。「強者の立場から中国を見下したいのか。米国のことをよく考えすぎていた」。その振る舞いは強権路線に傾斜する中国を象徴した。力を増す中国にどう対処していくかを練っているバイデン。そのヒントになりそうなある「匿名論文」が波紋を広げている。

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対中版の「長文電報」

「より長い電報」と題した80ページ超に及ぶその論文は「中国に関する専門的知識と経験の豊富な元米政府高官」が執筆し、米アトランティック・カウンシルが1月末に公表した。その題名は冷戦下に外交官のジョージ・ケナンが駐在先のモスクワから国務省に送った「長文電報」に由来する。西側欧州諸国への関与の強化を訴えたこの電報は後に米政権で幅広く共有され、対ソ封じ込め戦略の理論的支柱となった。

今回の論文は米国が守るべき国益として
①経済・技術面での優位性
②グローバルな米ドルの地位
③台湾の武力統一を含む中国の領土拡大の阻止

――などを列挙。そのうえで対中戦略の原則として10項目をあげた。

内外で注目を集めたのが、中国共産党のトップである習近平(シー・ジンピン)の排除を唱えた点だ。習の政策や指導スタイルへの不満から「中国共産党は激しく分断されているのが現実だ」と論文は指摘。「中国共産党をむやみに攻撃するのは致命的な誤り」として体制転換を求めるのは「党を結束させることになる」と断じた。そのうえで「公の場での言葉や作戦で焦点をあてるのは『習近平の共産党』にしなければいけない」と主張し、国家主席の任期を廃して終身独裁を視野に入れる習の排除に的を絞るよう提唱した。

台湾政策に関しても「中国が台湾への軍事行動に出たのに米国が対応しなければ、その時点でアジア全体を通じて戦略的な米国への信頼はなくなる」と懸念を表明。台湾が攻撃されたケースを「レッドライン」(越えてはならない一線)とみなし、現在は曖昧な台湾防衛の意思をさらに明確にするよう求めた。中国との接近を深めるロシアを再び引き離すことも重要と指摘した。

米国の国益にかなう場合は中国と「戦略的協力」を続けるべきだとも提言し、この点はバイデン政権の立場と軌を一にする。具体例として核軍縮や北朝鮮の非核化、気候変動に加えてAI(人工知能)兵器の制限などでも協力の余地があると指摘した。

バイデン大統領は中国を「唯一の競争相手」とみて戦略の策定を急ぐ=ロイター

「同じ失敗はしない」

米国内では論文に対する賛否が交錯している。米上院軍事委員会に所属する上院議員ダン・サリバンは「完璧ではないが、最善の戦略の一つだ。民主、共和両党の同僚議員はぜひこれを読んでほしい」と評価した。一方、中国情勢に詳しい専門家からは「天安門事件で民主化運動を弾圧した鄧小平ら習以前の共産党トップも独裁的だった。習を排除しても、共産党の体質は変わらない」(米シンクタンク、プロジェクト2049研究所研究員のイアン・イーストン)と疑問の声がでている。

前国務長官のマイク・ポンペオは中国共産党を痛烈に批判した2020年7月の演説で、体制転換の必要性を示唆している。米国内ではこうした意見は根強い。イーストンは「中国と協力できる余地などない」と切り捨てる。

論文は敵対的な対中政策の転換を呼びかけている中国には到底受け入れられない。「体制転換を要求したり中国を封じ込めたりしようとするのは幻想にすぎない」。中国外務省副報道局長の汪文斌は記者会見でこう一蹴し、中国共産党系の環球時報(英語版)は「冷戦思考そのものだ」と酷評している。

前国務長官のポンペオは退任間際に「新政権が中国に甘い態度を取らないかが心配だ」と懸念を漏らしていた。それを意識したのか。国務長官のブリンケンは「過去と同じ失敗をするつもりはない」と周辺に語っている。アジア歴訪からアラスカ協議までの過程はその言葉に偽りがないことを示そうとしているかのようだ。匿名論文が第2の「長文電報」になるのかはバイデンが検討している対中戦略と、その成否で明らかになる。(敬称略)

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