潜在負担率66%「軽すぎる重税国家」

潜在負担率66%「軽すぎる重税国家」
編集委員 大林 尚
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK227OM0S1A320C2000000/

 ※ 国民負担率=(税負担+社会保障負担)/国民所得(GDP)

   潜在的国民負担率=国民負担率+財政赤字の比率

『新聞の1面トップ級ニュースだと思うが、これまでのところほとんど報じられていない。税金と社会保険料に関する国民負担の数字である。

財務省によると、分母に国民所得、分子に税負担と社会保障負担の合計値をおいて算出した国民負担率は、2021年度に44.3%になる見通しだ。国民負担率に将来世代の税負担になる財政赤字の比率を加えた潜在的国民負担率は、56.5%と見通している。けっこう高いと感じるが、この数字だ…

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けっこう高いと感じるが、この数字だけなら中程度のニュースだ。

目を注ぐべきは、同時に明らかになった20年度の実績見込みである。国民負担率は46.1%だが、潜在的負担率は66.5%と、法外に高い値が記されている。高負担国家の代名詞であるスウェーデンでさえ潜在的負担率は58%台止まりだ(18年実績)。むろんコロナ対策で、今は同国の負担率も上がっているかもしれない。だが18年の財政赤字比率がゼロという巧みな財政運営を考えると、コロナ対策費を借金でまかなったとしても国の財政の余裕は日本よりはるかに大きい。

ちなみに、日本の財務省が昨年2月に公表した資料をみると、20年度の潜在的負担率の見通しは49.9%だった。この1年間に16.6ポイントも跳ね上がったのは、ひとえにコロナ対策のせいだ。赤字国債の発行という将来世代へのつけ回しで財源を工面した。その事実を物語る数字である。

振り返ると、1970年度以降で潜在的負担率がもっとも高かったのは2011、12年度の50.3%だった。この両年度を除くと、50%を超過した(する)のは20、21年度のみだ。

ちょうど2年前、19年3月の小欄の見出しは「江戸の五公五民と平成の国民負担」だった。江戸時代、百姓が苦労して収穫した米の半分を領主が年貢として召し上げ、残り半分は領民の取り分とする「五公五民」に象徴される重税感を引き合いに、令和時代の国民負担を論じたコラムだ。潜在的負担率をリアルの国民負担率に近づけるのが課題になると書いたが、あまい夢想にすぎなかった。

根源的な問題は、潜在的負担率が66.5%に膨れあがる過程で、コロナ対策を名目にすれば将来世代につけをどんどん回してもいいんだという空気が醸成されたことではないか。もちろん100年に1度のパンデミックである。蒸発した需要をカバーする責務は、一義的に国・自治体など公的セクターにある。だが「対策費は大きいほど善だ」という意見に疑問を呈する声はかき消され、異論を封じてしまった政策決定プロセスは、改めて検証が必要になるだろう。

昨年5月、当時の安倍首相はコロナ対策を空前絶後の規模、世界最大の対策と胸を張った

20年5月25日、最初の緊急事態宣言を全面解除した安倍晋三首相(当時)が首相官邸で記者会見に臨んだ。力説したのは、政府が用意しようとしているコロナ対策のスピードと巨額さだった。会見録から抜粋する。

「多くの事業者がこの瞬間にも経営上ぎりぎりの困難に直面しているなかで、さらなる時間を要することは死活問題だ。希望は見えてきた。事業と雇用はなんとしても守りぬく。その決意のもとに2次補正予算を決定する。1次補正と合わせて事業規模は200兆円を超す。GDP(国内総生産)の4割にのぼる空前絶後の規模、世界最大の対策で100年に一度の危機から日本経済を守りぬく」

首相をはじめ官邸中枢メンバーの念頭にあったのは、08年の米大手証券リーマン・ブラザーズの経営破綻に端を発した経済金融危機の再来はなんとしても防ぎたいという思いであろう。

その問題意識は正しいが「空前絶後」「世界最大」のアピールが目的化していたとすれば、安倍政権自身が掲げていた「根拠に基づく政策立案」(EBPM)は、顧みられなかったことになる。令和の日本を、江戸期の五公五民をしのぐ重税国家に陥らせた経過が軽すぎないだろうか。

今はなき首相の諮問機関、経済審議会の構造改革推進部会が財政と社会保障の構造改革を求める報告書をまとめたのは1996年だ。その主眼は、制度改革を断行しなければ潜在的負担率が当時の40%程度から2025年度に70%を上回る水準になるという警告だった。経済審はこれを「破局のシナリオ」と形容した。報告書はまた、財政赤字を考慮しないリアルの国民負担率よりも、潜在的負担率を政策目標にする必要性を説いていた。

小林陽太郎氏が部会長を務めた経済審の構造改革推進部会は潜在負担率の重要性を指摘した

さらに遡れば、第2次臨時行政改革推進審議会(行革審)が国民負担率を2020年ごろに50%未満に抑えるべきだという政策目標を盛り込んだ答申を海部俊樹元首相に提出したのは、1990年であった。30年先を見据え、座視していれば将来世代が被るであろう不利益をやわらげようと、時々の政権が英知を結集させて結論を導く過程には、重厚な議論の積み重ねがあった。

経済審の部会長は、のちに経済同友会代表幹事に就く小林陽太郎氏が、第2次行革審会長は日経連会長だった大槻文平氏がつとめた。将来世代への責任を果たしたいという経済人の自負が見てとれる。

潜在的負担率を1年で66.5%に上昇させた過程には、その重みが感じられない。経済人の発信力は残念ながら衰えている。この過程の検証が十分でないままに、21年度の政府予算案は週内にも国会で成立する運びだ。重税国家への足音がひたひたと忍び寄ってくる。