崩れた国策民営、原発迷走「頼らざるを得ないと思った」日本は変われたか 大震災10年(6)

https://www.nikkei.com/article/DGXZQODZ242NZ0U1A220C2000000/

 ※ 前にもちょっと語った…。

 ※ 国民主権、民主主義は、最終的には「世論の支持」「国民の支持」に帰着する…。

 ※ 日本国の場合、政権党は、極力「我々が、皆さんの安心・安全なくらしの「基盤」を、提供します。皆さんは、安んじて、毎日を楽しく・愉快に暮らしてください。」というメッセージを発信し続けて、「国民の皆さん」も、それを信じて、それに乗っかって「票を投じて」来た…。

 ※ しかし、そんなことは、あるわけが無い…。

 ※ どんな「政権」だって、「魔法」が使えるハズも無い…。

 ※ 「安全保障」の問題は、厳しい「国際環境の現実」の中で、道を探っていくしかない…。何か、政策を打とうとすれば、厳しい「財政状況」の壁に突きあたる…。国内諸勢力の「利害の調整」も、大変だ…。

 ※ この「災害列島」の現実は、如何とも変えることはできない…。少子高齢化の流れは、如何とも食い止めることはできない…。

 ※ 現実に、打つことができる「策」は、「妥協に次ぐ、妥協の産物」「次善、次次善の策」にならざるを得ないんだ…。

『東京電力福島第1原子力発電所の事故を国会の事故調査委員会が「自然災害ではなく人災」と断定したのは2012年7月。当時、批判された国と東電の責任の曖昧さはいまも残る。世界が脱炭素に進む中、原発不信から日本のエネルギー政策の足踏みが続く。

【前回記事】
国頼み、空洞化する自治 「首長が本気なら注文もっと」

「地球温暖化の観点から原子力に頼らざるを得ないと私も思った。いつも原子力に対する誘惑はある」。震災時の経済産業相、海江田万里氏はそう振り返る。当時の電源構成に占める原発の割合は3割程度。資源小国の日本にとって二酸化炭素(CO2)を出さない原発は魅力的に映った。

新増設も視野に入れる中で起きた大震災は原発の薄い備えをあらわにした。防潮堤は低く、電源車も使えない。(内部の圧力を下げる)ベントもできない。「そんなこともやっていなかったのかと」。海江田氏は嘆いた。そうした失望感が国が負うべき責任の所在を詰めることなく、東電に事故の全責任を負わせる方向へとカジを切らせた。

原子力損害賠償法は「異常に巨大な天災地変または社会的動乱によって生じた」損害であれば、事業者の責任を免除するとしている。だが、政府内には財政負担が増えることへの抵抗感が強く、事故の備えは東電の役割との見方もあって、国は免責を認めなかった。

強く免責を求めた東電も折れた。科学技術庁長官として原賠法制定に関わった中曽根康弘元首相にも支援を求めたが、東電は当時の勝俣恒久会長、清水正孝社長らが出席する幹部会議で「法律論で国とけんかしても勝ち目がない。これ以上、国にあらがうのは得策ではない」と判断。収益から費用を出すという国の方針を受け入れた。

民間が負うには重すぎた。賠償は5.4兆円を想定したが、10兆円を超える見込み。事故処理費用の一部は国や他の電力会社が賄うものの、除染や廃炉などもあわせ21兆円を超すとみられる。原発再稼働のメドはたたず、株価も上がらない。東電の収益力回復をまって回収する国のあては外れた。国が計画を練り、民間が実務を担う国策民営方式は破綻している。

国の姿勢を疑問視する声は広がる。事故で避難した人々は「東電を規制する立場の国が責任を果たさなかった」として約30件の訴訟を起こした。高裁レベルで2件が国に賠償を命じ、1件は国の責任を認めなかった。国の責任を認めた20年9月の仙台高裁判決は、東電が経済的負担を避けるため安全対策を怠ったとする一方、国には「安全寄りの規制が期待されていた」と指摘した。

原発は漂流するエネルギー政策の象徴だ。福島では時間のかかる廃炉を業者に丸投げし、菅義偉首相が早期処分の方針を示した処理水の扱いも宙に浮く。再稼働も核のごみ処分場建設も前面に立つのを避ける。これでは電力供給は安定せず、再生可能エネルギーなど電源の多様化も進まない。

国は有事の責任を明確にせず、電力会社との役割分担も見直していない。18年に原賠法を見直した際は、仮払金を貸す仕組みなどをつくっただけだった。事業者が事故の責任を負う同法の理念には手を付けていない。

近畿大の伊藤哲夫特任教授(原子力安全工学)は「いまも法律上の国の責任は曖昧だ。万一事故が起きた場合に国が補償に責任を持つと法律に明記しなければ、住民に不安が残る」と説く。

ドイツは電力会社の能力を超えた場合、国が補償する。フランスも巨大な災害があれば、国と事業者が負担を分け合う。政府がエネルギー供給に責任を持つ以上、日本も前に出る姿勢が必要だ。見て見ぬふりを続ければ、後の世代にツケを先送りすることになる。事故から10年、国は現実を直視するときだ。

東日本大震災 10年』