茶碗が2つに増えた習近平氏、目標隠しの深謀と苦慮

茶碗が2つに増えた習近平氏、目標隠しの深謀と苦慮
編集委員 中沢克二
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『中国が新型コロナウイルス禍に打ち勝った成果を誇った今回の全国人民代表大会(全人代)などでは、冒頭からギョッとする場面があった。国家主席の習近平(シー・ジンピン)が座る席の机上の様子である。会議中、お茶を飲むための蓋付き茶碗(ちゃわん)が、なぜか2つも置かれている。あらかじめ2客セットなのだ。

首相の李克強(リー・クォーチャン)ら他6人の最高指導部メンバーの前には1つだけである。開幕式がある人民大会…

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開幕式がある人民大会堂の本会議場ばかりではなく、習が出席するどの部屋の会議も同じだ。習だけ2つ。一目瞭然である。しかも2つの茶碗は蓋の突起を含めて他と微妙に違う特別仕様に見える。昨年までとは異なる光景である。

分科会でも習近平国家主席の前だけ茶碗が2つ置かれている(5日の全人代内モンゴル自治区分科会、国営中央テレビの画面から)

たかが会議で飲むお茶という他愛もない話題ではある。しかし格やプロトコルにこだわる中国政治の世界でお茶は時折、重要な意味を持つ。少なくとも全国から北京に集まった5千人を超す代表や委員らは、地元に戻った後、自らの目で見た権力中枢の変化について臆測も交えながらひそひそ話をするに違いない。

2つに増えた茶碗には、見る人々の反応を織り込んだ政治的な演出が含まれているとみてよい。それはある種の政治的ゲームでもある。

次を予感させる2杯目

中国には「人走茶涼」という四字熟語がある。「人が去れば、出されていた茶も冷めてしまう」という意味だ。権力者や高級官僚が引退すれば権限も失うため、必然的に人間関係も希薄になる。そんな政治的な悲哀、感傷を表現する場合も多い。

2015年夏には共産党機関紙、人民日報が「『人走茶涼』を考察する」と題した文章で引退した長老の院政、口出しをけん制した例さえあった。人と人の間合い、忠誠度合いまでも試す重要な小道具がお茶なのだ。

こんな予備知識をもって2つに増えた習近平の茶碗を観察するとどうだろう。「権力者は職にとどまり、お茶も温かいままだ。冷めない蓋付き茶碗で2杯目が用意されているのだから」。目の前に座った代表らにそんなメッセージを送っているように見える。

1杯目は習が苛烈な「反腐敗」運動で権力を固めた12~22年の任期。2杯目は重要人事がある22年共産党大会以降、習が最高指導者として続投する方向性を暗示している。そう考えることもできる。

李克強首相の前の茶碗は1つだけ(6日の全人代広西チワン族自治区分科会で、国営中央テレビ画面から)

では習の頭の中にある構想は、どの程度の任期延長を思い描いているのか。22~27年までの5年だけなのか、それとも32年までの10年なのか、いや、事実上の「終身の主席」をめざすのか。代表らは、2つに増えた茶碗から思いを巡らせることになる。

実は全人代では6年ほど前から習の茶碗だけを見守る鋭い視線の男性監視要員が配置され、その後、習の世話だけをする専用スタッフが登場した。当初は女性だったが男性に変わった。今回の変更も不測の事態に備えて身辺を守る保安対策、コロナを含めた健康対策に関係している可能性はある。

それでも習だけの特別待遇には変わりはない。これまでと違う権力の一極集中を視覚的に示している。従来の集団指導制は事実上、崩れているのだ。

5カ年計画と15年計画は一体

2つに増えた茶碗を頭の片隅に置きながら考えたいもう一つの話題がある。中国経済の行方に関わる本筋の話だ。いまだに社会主義計画経済の面影を残す中国で重要なのが「5カ年計画」である。だが今回、決める21~25年の成長戦略では、年平均の経済成長率の目標が示されなかった。改革・開放後に策定した5カ年計画では例がない。なぜなのか。

「35年までの長期展望の総合目標は5カ年計画と一体だ。今後5年の計画と今後15年の計画に切れ目はない。それが『習近平新時代』だ。数字を発表しなかったことは本質に関係ない」。示唆に富む共産党関係者の指摘だ。

習指導部は5カ年計画を含む35年までの長期計画について7万字超、142ページにわたる案を起草した。総合国力を飛躍的に高める具体策として「デジタル中国」「インターネット大国」「製造強国」「品質大国」「海洋強国」といったキーワードが躍る。中国内の報道をみても今後5年の計画と今後15年の長期計画が混然一体となっている。

習近平国家主席(左)だけは前に茶碗が2つ置かれ、李克強首相らとの違いが際立っている(5日の全人代開幕式)=共同

ここで思い起こすべきは、20年秋の共産党中央委員会第5回全体会議(5中全会)の後、公表された習の言葉だ。35年までに中等レベルの先進国をめざす長期目標について「経済規模、あるいは1人当たり国民所得を2倍にすることは完全に可能だ」と1度、明言しているのだ。国政助言機関である全国政治協商会議経済委員会副主任の楊偉民も35年に2倍を実現するなら、年平均4・73%の経済成長が必要だと解説している。

安全運転の裏に数字は存在する

今回は5年と15年の具体的な目標数字が明示されていない。だからといって、それが消えてなくなったわけではない。裏に隠れているだけだ。

中国は35年に中等レベルの先進国に導くため合理的な範囲の成長スピードが必要だとしている。それなら各重点分野に投入する予算の規模は固まっている。例えば力点を置く科学技術の研究開発費は年7%以上増やすとした。5年で4割以上も伸びる計算だ。国家発展改革委員会の幹部も「必要な目標数字は盛り込んだ」と説明している。

一方、今後5年の成長目標数字を公表したとしても、万一、達成できない場合、その時点の最高指導部の責任問題に波及する。では5カ年計画が終わる25年時点の最高指導者は誰か。「2つの茶碗」から推測する限り習である。

内外の不透明な情勢を考えれば、習にとって今、数字を明記するメリットは少ない。経済政策の柔軟性が失われ、リスクも増すだけだ。この点は国家発展改革委副主任の胡祖才も8日、「今後5年の国内外の環境に不確定要素が多い」と強調した。

中国が期待していた米バイデン政権との経済関係の改善も簡単には進まないことが最近、はっきりした。それは当然だろう。数値目標があろうとなかろうと、35年までに経済と科学技術の実力、そして総合国力で米国に追い付き追い越す中国の国家戦略は明確だ。

習近平国家主席(中央)の前に置かれた2つの茶碗と、ポットを手にする男性スタッフ(5日、北京の人民大会堂で)=ロイター

しかもコロナ禍で米経済が大打撃を受けたことで米中逆転の実現時期が前倒しになるとさえいわれているのだ。トランプ政権でなくても身構えざるをえない。コロナ後の世界秩序の再構築に絡む米中対峙は、長く厳しいものになる可能性が強い。

中国にとっても今後15年もの長い期間、平均で5%弱の成長を持続するのは容易ではない。しばらくは1年ずつ達成可能な目標を公表しながら、様子を見守るしかない。21年の6%以上という目標もその一つである。内外の厳しい情勢を考慮した「安全運転」には、習近平の長期執政に向けた深謀と苦慮が共存している。(敬称略)

中沢克二(なかざわ・かつじ)
1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員兼論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。

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