ミャンマーと向き合う「ASEAN盟主」の打算と現実

ミャンマーと向き合う「ASEAN盟主」の打算と現実
アジア総局長 高橋徹
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK064CJ0W1A300C2000000/

※ 今日は、こんなところで…。

『クーデター後のミャンマーの混迷に国際社会が懸念を深めるなか、国軍を初めて対話の場に引っ張り出したのは、東南アジア諸国連合(ASEAN)だった。

3月2日にオンラインで開催した特別外相会議には、国軍が外相に任命したワナ・マウン・ルウィン氏も出席した。各国は抗議デモへの武力行使に自制を求め、アウン・サン・スー・チー氏の即時解放や国連特使の受け入れを促す発言も相次いだ。受け身に立たされたミャンマーが「こ…

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受け身に立たされたミャンマーが「この手の会議には二度と参加しない」と不満をあらわにする場面もあったという。

議長国ブルネイが発表した声明は、ミャンマー情勢に「懸念」を表明し、「平和的、建設的な方法で支援する用意がある」との表現を盛り込んだ。死者が増え続ける現状の打開へ具体策は欠いた。インドネシアのルトノ外相は「内政不干渉の原則は守らなければいけない。同時に民主主義や人権の尊重、法の支配も大事だ」と語った。

加盟10カ国が2008年に制定した域内憲法の「ASEAN憲章」は、ルトノ氏が言及した「加盟国の内政問題への不干渉」と「法の支配、良い統治、民主主義の原則及び立憲政治の順守」を明記している。が、2つは時に二律背反に陥る。後者が危機にひんしていても、前者が足かせになり、具体的な対応に踏み込めないからだ。

内政不干渉の原則には事情がある。1967年に原加盟5カ国で発足し、30年余りかけていまの10カ国体制を築いたASEANは、政治体制から経済発展の度合い、民族・宗教まで多種多様だ。「違い」を理由に足踏みするのではなく、共通点を見つけて前へ進むための知恵のひとつが、互いの内情にくちばしを挟まない不文律だった。

3月2日にオンライン形式で開かれたASEANの特別外相会議はミャンマー情勢への「懸念」を表明したが…=ロイター

慣例的だったルールを憲章として明文化する際、それを見直す動きはあった。加盟国の閣僚経験者らで構成する「賢人グループ」が提言した草案は、合意違反国への制裁制度の導入を盛り込んでいた。国内問題も例外ではなく、内政不干渉の修正を意図していた。

ところが憲章は同原則を温存した。国内で民主化・人権問題を抱えるベトナムやラオス、当時は軍事政権下のミャンマーの後発加盟国が反対したためだ。いったん進んだ民主化の時計の針を巻き戻す今回のミャンマー政変は「NATO(ノー・アクション・トーク・オンリー)」と皮肉られるASEANの課題をまたも露呈させた。

「平和的・建設的な支援」の道筋をASEANはどう描くのか。

「張本人のミャンマーを含む会合に曲がりなりにもこぎ着けたのは評価していい」。ある外交関係者はこう指摘し「ASEAN全体としてミャンマー情勢を主題とする会議を継続的に開くのは現実的ではない。個別の国が、国連や域外国と連携しながらどう動くのかが焦点になる」とみる。

「個別の国」はインドネシアをおいて他にないだろう。今回の外相会議もクーデター直後の2月5日、ジョコ大統領がマレーシアのムヒディン首相との首脳会談の席で提案したのが発端だった。

大統領の命を受けたルトノ氏は、新型コロナウイルスによる移動制限下にもかかわらずブルネイ、シンガポール、タイに飛び、調整を重ねた。そのままミャンマーの首都ネピドーを訪れる計画は「国軍の主張する再選挙を容認するつもりか」と同国内の反発を呼んだため中止に追い込まれたが、2月24日にタイからの帰国直前のドンムアン空港で、同国を訪れていたワナ・マウン・ルウィン氏との20分間の会談が実現。渋る同氏を説き伏せ、6日後の外相会議に持ち込んだ。

人口2億6千万人を抱え、ASEANの「盟主」を自任する唯一の大国は、これまでも域内の複雑な問題に調整力を発揮してきた。

ジョコ大統領は新型コロナの封じ込めや経済回復など国内問題への対応に追い立てられている=ロイター

1997年、米国が経済制裁を発動した直後にミャンマーのASEAN加盟が実現したのは、当時のスハルト大統領が「孤立させてはダメだ」と強力に後押ししたからだ。2011年に世界遺産「プレアビヒア寺院」周辺の帰属を巡りタイとカンボジアの国境紛争が起きた際は、停戦協議を仲介し、最終的に実施しなかったものの戦闘地域への自国軍の監視団派遣を決めた。17年にはミャンマーのイスラム系少数民族ロヒンギャの迫害が起きた西部ラカイン州や難民が逃れたバングラデシュをルトノ氏が視察した。

一連の動きには、インドネシア自身の事情も透けていた。ミャンマーの加盟前年の96年には東ティモールの独立に尽力したラモス・ホルタ氏(後に大統領や首相を歴任)とベロ司教がノーベル平和賞を受賞した。スハルト氏は、ミャンマー問題に米欧の干渉を認めれば、次は東ティモールを長年抑圧してきた自国の番になるのを恐れたといわれる。タイとカンボジアの国境紛争時はASEAN議長国だったし、ロヒンギャ問題は自国民の9割を占めるイスラム教徒の感情を多分に意識せざるを得なかった。

今回はどうか。シャトル外交の一挙一動を自国メディアに発信し続けたルトノ氏の振る舞いは、どこかパフォーマンスめいており、「盟主としての責任感」という奇麗事だけでは説明しきれない違和感も残した。

「ジョコ政権の権威主義化の印象を拭うため、ミャンマー問題に積極的に関与する動機は十分ある」と早稲田大の見市建教授は分析する。2019年の大統領選を挟み、ジョコ氏の世俗的なイメージを攻撃するイスラム急進派などの野党勢力に対抗するため、政権は抑圧的な姿勢で臨んできた。「民主主義の後退」「スハルト時代への回帰」といった国内外の批判をかわすためミャンマー政変はいい材料になる、との見立てだ。

ただ自国民がどう受け止めるかは別問題だ。インドネシア戦略国際問題研究所(CSIS)のリザル・スクマ上席主任研究員は「インドネシア人の間にスー・チー氏への同情はほとんどない。彼女が権力にしがみつくため国軍にロヒンギャへの迫害を許したと、多くの人が信じている」と指摘する。

インドネシアのルトノ外相はシャトル外交で調整を重ね、ASEAN外相会議の開催にこぎ着けた=ロイター

ルトノ氏に外相会議の調整を指示したものの、ジョコ氏自身にとってミャンマー問題の優先順位は高くないとの見方もある。「国内のコロナ対応で切羽詰まっている。ワクチン接種で感染拡大に歯止めをかけ、経済を一日も早く回復させるのが最大の政治課題」とアジアコンサルト・アソシエーツのバクティアル・アラム代表は言う。

混迷するミャンマー情勢に米欧や日本が有効な手立てを打ち出せない現状で、いち早く対話の場をお膳立てしたインドネシアへの期待はいや応なく高まる。ミャンマーへの関与を政権の得点につなげたいという打算と、一歩間違えれば政権批判の新たな種になりかねないという現実のはざまに立つのは、中国を念頭に置いた地政学上のバランスや、ここ10年で得たミャンマーでの経済権益の保全に頭を悩ます米欧や日本と、インドネシアも同様だ。

家具業から政界に転じ、地方首長を経て大統領に就いたジョコ氏は、自ら「外交は苦手」と口にする。20カ国・地域(G20)のメンバーながら、国際会議での存在感は薄い。14年の就任以来、毎年9月に開かれる国連総会を欠席し続け、コロナ禍のため事前収録した映像をネット配信した昨年が初めての演説だったほどだ。

しかしミャンマーの危機はASEANの危機でもある。域内の大国を率いるジョコ氏は、域外国との連携の扇の要を務め、課題だった外交成果を今度こそ挙げられるだろうか。

=随時掲載

高橋徹(たかはし・とおる)
1992年日本経済新聞社入社。自動車や通信、ゼネコン・不動産、エネルギー、商社、電機などの産業取材を担当した後、2010年から5年間、バンコク支局長を務めた。アジア・エディターを経て、19年4月からアジア総局長として再びバンコクに駐在。論説委員を兼務している。著書「タイ 混迷からの脱出」で16年度の大平正芳記念特別賞受賞。