プーチン氏、旧ソ連の「勝利」美化 政治の道具に

プーチン氏、旧ソ連の「勝利」美化 政治の道具に
編集委員 池田元博
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGH0282H0S1A300C2000000/

『ロシアのプーチン大統領が旧ソ連の歴史を美化しようと懸命になっている。国内には超大国だったソ連に郷愁を覚える人々がいまだに多い。プーチン氏の支持率が低下傾向にある中、国民の愛国心を鼓舞し、権力基盤の維持につなげようとする政権の思惑が透けてみえる。

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「大祖国戦争におけるソ連国民の勝利を不朽化せよ」。ロシアでは第2次世界大戦の対独戦を大祖国戦…

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ロシアでは第2次世界大戦の対独戦を大祖国戦争と呼ぶ。プーチン氏は議会に対し、6月末までに法案を準備するよう求めている。

3千万人近い犠牲者を出しながらナチス・ドイツに勝った戦争は、ロシア人にとってソ連時代の誇るべき歴史だ。プーチン政権も5月9日の対独戦勝記念日を大々的に祝い、国威発揚の場としてきた。ただ単に戦勝を誇示するなら、いまさら新たな法律をつくる必要はない。

実はプーチン氏が法案に盛り込むよう求めた項目がある。第2次大戦でのソ連とナチス・ドイツの役回りについて「同一視」することを禁じる条項だ。

欧米では、ソ連とナチス・ドイツが1939年8月に結んだモロトフ・リッベントロップ協定と呼ばれる不可侵条約が第2次大戦の引き金になったとの見方が一般的だ。独ソが秘密議定書でポーランド分割を含めた東欧・バルト地域の勢力圏を取り決め、ドイツがポーランドに侵攻して大戦の火ぶたが切られたからだ。プーチン氏は欧米流の歴史観を見直し、ソ連の開戦責任を否定して大祖国戦争を完全に美化する狙いを持っているとみられる。

プーチン氏は昨年、自ら第2次世界大戦に関する論文を公表し、ソ連の責任を否定するような主張を繰り広げた(2月下旬撮影)=ロイター
ソ連の開戦責任論を振り払おうとするプーチン氏は昨年6月、「偉大な勝利から75年――歴史と未来に対する共通の責務」と題する論文を内外で発表した。昨年末には、当時の外交文書や公電などを注釈として加えた小冊子も発行。第2次大戦は「第1次大戦の戦後処理が多分に要因となった」と主張し、敗戦国ドイツに「実質的な国家収奪」ともいえる過剰な賠償金を科したベルサイユ条約を問題視した。

さらに1938年9月のミュンヘン会談でドイツによるチェコスロバキアの地方割譲を認めた英仏、チェコスロバキア分割でドイツと手を組んだポーランドの対応も開戦を誘発したとの見方を示した。

過去にはプーチン氏自身が「独ソの不可侵条約は当然、非難されるべきだ」とし、開戦責任の一部を認めたこともある。ここにきての路線修正について、ロシアの歴史学者イワン・クリラ氏は「プーチン氏にとって歴史は、国民感情を刺激する政治の道具」と警鐘を鳴らす。国民の愛国心をくすぐり、政権の求心力を維持しようとしているとの見立てだ。

それだけではない。政権は「歴史」を反政府勢力の排除にも利用し始めている。まず標的にされたのは政権による毒殺未遂疑惑で内外の注目を浴び、プーチン氏の最大の政敵となった反体制派指導者のアレクセイ・ナワリヌイ氏だ。

同氏は過去の事件の実刑判決で刑務所に収監中だ。だが、モスクワの裁判所は2月末、大祖国戦争に従軍したある退役軍人の名誉を傷つけたとして、ナワリヌイ氏に85万ルーブル(約120万円)の罰金支払いを命じた。

この退役軍人は昨年、プーチン氏の大統領再選に道を開く憲法改正を支持するテレビCMに出演。ナワリヌイ氏はツイッターに「裏切り者」「国家の恥」などと非難する書き込みをしていた。

そのナワリヌイ氏がプーチン氏の汚職疑惑を指摘したこともあり、国民のプーチン人気には陰りが見え始めている。政権は次なる政権浮揚策として、「歴史」の政治利用を一段と強めるとみられる。

ただ、行き過ぎた懐古主義は国内を不安定にするリスクをはらむ。首都モスクワでは、旧ソ連国家保安委員会(KGB)の前身の秘密警察を創設したフェリクス・ジェルジンスキーの銅像を、KGB本部のあったルビャンカ広場に復活すべきかで騒動が起きた。

保守勢力の要請で2月下旬には、オンライン形式の住民投票が始まったが、ソビャニン・モスクワ市長は「社会分裂の火種になる」と投票中止を決めた。住民投票は中止までの2日間で30万人以上が参加。中世ロシアの英雄アレクサンドル・ネフスキー大公との二者択一で、約45%がジェルジンスキー像の復活を支持したという。

モスクワで、倒されたKGB創設者ジェルジンスキーの像の頭部を踏みつける人々(1991年8月)=AP・共同

ルビャンカ広場のジェルジンスキー像はソ連末期、保守派クーデターの失敗直後に民主化を求める市民によって倒された経緯がある。今回、ソ連の暗い歴史で粛清の象徴とされる同氏の像をめぐり、肯定派と否定派がほぼ拮抗する事態にプーチン政権は市民の間で対立が深まりかねないとみて、側近のソビャニン市長に投票中止を命じたとみられる。

プーチン氏が進めるソ連の美化は、欧米との対立を深めるだけでなく、国内でも社会分断を助長しかねない。