ギリシャ救済は違憲? 憲法のトリセツ

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『ドイツの憲法裁判所の2回目です。どういう場合に違憲立法審査をしているのかを見ていきましょう。ケーススタディーとして、日本経済新聞らしく、ドイツ経済、ひいては欧州経済の行方を左右した2012年の判決を取り上げます。

08年に米国で起きたリーマン・ショックは株式市場の暴落を招き、その影響は世界に及びました。欧州では翌09年、ギリシャが財政破綻の瀬戸際に追い込まれました。

ドイツのアンゲラ・メルケル首相…

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ドイツのアンゲラ・メルケル首相は10年、ユーロ経済圏が崩壊し、欧州の安定が損なわれることを懸念し、国際通貨基金(IMF)やドイツを含む欧州連合(EU)加盟国などによる1100億ユーロの資金援助に同意しました。これを踏まえ、ユーロ圏諸国は12年、参加国の財政規律などを定めた欧州安定メカニズム(ESM)を発足させました。

ドイツ国内では、ギリシャやポルトガルなどが放漫財政を続けるのではないかと心配する声が少なくなく、ドイツの財政負担の是非は与党のキリスト教民主同盟(CDU)と野党のドイツ社会民主党(SPD)の間で政争となります。SPDはヘルタ・ドイブラーグメリン元法相が中心になり、憲法裁判所に「ESMはドイツの主権を侵害しており、憲法違反だ」と提訴しました。

国の財政の是非を、憲法論争にすり替えるのは、やや筋違いではないかという印象ですが、EUが発足して以来、加盟国ではEUの権限と各国の主権のあつれきはずっと続いてきました。20年に英国がEUを離脱しましたが、EUに国の針路を勝手に決められているとの不満が16年の国民投票で離脱派が勝った主因となったのをご記憶でしょう。

ドイツ連邦議会の議事堂=AP

ドイツの連邦議会は12年6月、ESM条約を批准しました。しかし、左派系だったヨアヒム・ガウク大統領は憲法裁判所の判決が出るまで、発効に必要な署名をしないと表明します。欧州経済はセーフティーネットなしの状態が続きました。

事態はさらに混迷します。ドイツにつられる形で、フランスの憲法院もESM条約が合憲か違憲かの審査に取りかかりました。アイルランドはEUの欧州裁判所にESM条約が加盟国の主権を侵害していないかの審理をするように求めました。アイルランドは欧州裁判所で審理中は自国の裁判を停止する仕組みなので、「ドイツの憲法裁判所は審理を停止せよ」との要求もしました。

ドイツの憲法裁判所は外野の声には全く耳を貸さずに審理を続け、9月に「ESMへの資金提供は認めるが、追加支援をする場合は議会の承認を必要とする」という条件付き合憲判決を出しました。追加出資案を否決する、すなわちESMから離脱するという選択肢を議会が担保できれば、主権の侵害に当たらないという理屈でした。

最大の出資国であるドイツがゴーサインを出したことで、ESMは10月にようやく発足にこぎ着けました。仏憲法院も自国の憲法を改正せずにESM条約の批准は可能であるとの判断を示しました。

ドイツの憲法裁判所について、前回の政党の違憲審査のときに「連邦議会とある種の一体感がある」と指摘しました。このときの判決でも、追加出資の手続きを具体的に示すなど、議会での与野党の法案修正作業のようなことをしています。

日本では、裁判所は憲法や法律をどう適用するのかだけを考えている組織という印象ですが、ドイツの憲法裁判所はもっと政治的な場であると見た方がよいと思います。

ESM条約に関する判決に先立ち、連邦議会にこの条約だけを審議する特別委員会を設けるのは合憲か違憲かという審理もしています。このときは議会全体の予算審議権を侵害しないことを条件に、特別委の発足を合憲としました。

第2次世界大戦後の欧州では、東西冷戦を踏まえ、西側の結束をどう強めるのかが課題でした。そこでドイツの憲法裁判所では、北大西洋条約機構(NATO)やEUなどがドイツの主権を侵していないかどうかがしばしば議題になりました。

初代党首アデナウアーの写真の前で記者会見するキリスト教民主同盟(CDU)のツィーミアク幹事長=ロイター

SPDは野党の時期には、議会での不利を補おうと、欧州統合的な組織への参加はドイツの主権の侵害であるとの訴訟をよく起こしています。フランスが50年に提唱した欧州防衛共同体に加盟するために当時の西ドイツのコンラート・アデナウアー首相が調印したパリ条約の批准をめぐる論争はその典型です。このときは、フランス国民議会が54年に同条約の批准案を否決し、構想が頓挫したため、西ドイツの憲法裁判所は最終的な判断を示さずに済みました。

次回も、ドイツ憲法裁判所の話を続けます。

上級論説委員兼編集委員 大石格
1961年、東京都生まれ。政治部記者、那覇支局長、政治部次長、ワシントン支局長を歴任。現在の担当は2面社説、コラム「風見鶏」(2004年5月~現在)など。主著に「アメリカ大統領選 勝負の分かれ目」。慶応義塾大学特別招聘教授。ツイッターは@OishiItaru