2020年ナゴルノ・カラバフ紛争

https://ja.wikipedia.org/wiki/2020%E5%B9%B4%E3%83%8A%E3%82%B4%E3%83%AB%E3%83%8E%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%A9%E3%83%90%E3%83%95%E7%B4%9B%E4%BA%89#:~:text=2020%E5%B9%B4%E3%81%AE%E3%83%8A%E3%82%B4%E3%83%AB%E3%83%8E%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%A9%E3%83%90%E3%83%95,%E3%82%92%E5%B7%A1%E3%82%8B%E8%BB%8D%E4%BA%8B%E8%A1%9D%E7%AA%81%E3%81%A7

侵攻ルートが予想外? ナゴルノ・カラバフ紛争に参戦した兵士が語る敗戦理由
https://grandfleet.info/european-region/reasons-for-losing-the-nagorno-karabakh-conflict/

『アルツァフ共和国視点から語られるナゴルノ・カラバフ紛争の真相

動画の内容はアルメニア語で語られているので何を言っているのか分からないのだが、彼が語った内容を要約した英語文を読むとアルツァフ共和国視点でアゼルバイジャン軍に何故負けたのか見えてくる内容(個人の視点なので全体を全て網羅している訳ではない)なので非常に興味深い。

彼が語ったアゼルバイジャン軍に負けた理由は大きく分けて3つある。

1つ目はアルツァフ共和国軍では2016年頃から無人航空機(UAV)の脅威(恐らくシリアやリビアでUAVが敵装甲車両を葬ったこと)を認識していたが今回のナゴルノ・カラバフ紛争が発生するまでの4年間、特に対策をとってこなかった点。

2つ目はアルツァフ共和国軍は25年以上、攻めてきたアゼルバイジャン軍を撃退することのみ特化=防衛しかしてこなかったため安心してアゼルバイジャン軍は攻撃することに専念することができ、そこから幾つも教訓を学ぶことが出来た点。

出典:航空万能論GF管理人の手書き

3つ目はアルツァフ共和国軍はアゼルバイジャン軍がラチンから幹線道路に沿って首都ステパナケルトに侵攻してくると想定(青矢印)して防衛線を構築、そこに強力な装備をもった部隊を配置して待ち構えていたのだがアゼルバイジャン軍が南(赤矢印)から森や山を超えて侵攻してきたためシュシャを7日までに失ってしまった。そのためシュシャ陥落時に首都ステパナケルトには300人の守備隊しか配置されておらず降伏を受け入れざるを得なかった点。

※アゼルバイジャン軍がシュシャ陥落を宣言したのは8日、アルツァフ共和国がシュシャ陥落を認めたのは9日、アルメニアは停戦協定に署名直後までシュシャでの戦闘は続いており「軍を信じろ」と言っていた。

余談だがアルツァフ共和国軍には多くの市民がボランティア=志願兵として参加したが、その多くは配属先の地形や状況を詳しく説明されないまま送られたため、残念ながら戦況に何の貢献もできないままアゼルバイジャン軍に包囲され戦死、さらにアゼルバイジャン軍の侵攻ルートを読み間違えたため戦闘にすら参加できなかった兵士が多くいたらしい。

あと興味深いのはアルツァフ共和国の防空網が何故崩壊したのかについての話だ。

彼がいた部隊の指揮官は「アルツァフ共和国の防空網はハチも通過できない」と言っていたと証言しており、実際に彼の部隊はアゼルバイジャン軍のUAVを撃墜したこともあると話しているが、防空システムは結局破壊されてしまったと言っており、彼はアゼルバイジャン軍の陽動作戦(恐らく複葉機のAn-2を無人機に改造して飛ばしてわざと撃墜させて敵防空システムの位置をあぶり出した作戦)に引っかかって防空システムの位置を晒してしまったのが原因だろうと言っている。

出典:Dmitriy Pichugin / GFDL 1.2 An-2

最後に彼は今後の選択肢としてアルメニアとアルツァフ共和国は指導者と政府の人間を入れ替えて平和維持軍とアゼルバイジャンに対して軍事行動を起こして敵を追い出すか、アルメニアと協力して次の戦争に備えるかの2つを挙げており、彼は「どんな国で生きる人生でも涙を流さなければならない瞬間がある」と語り後者を選ぶべきだと主張しているのが印象的だった。

どちらにしてもアゼルバイジャン軍の侵攻ルートを正確に予測して、装備をもった部隊を配置をシュシャに配置していたら結果は違っていたのだろうか?恐らく補給路が絶たれた絶望的な戦闘が長引くだけで、最終的な結果は同じだったのではないかと管理人は思っている。』