バイデン氏の「お歳暮」演出、習近平氏が巧妙な時間稼ぎ
編集委員 中沢克二
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『中国には春節(旧正月)の長い休みに際し、目上の人へご挨拶に伺う「拝年」という習慣がある。もちろん、何らかの手土産は欠かせない。日本式に考えれば「お歳暮」や「お年賀」である。国家主席の習近平(シー・ジンピン)らも旧正月を前に電話などで元国家主席の江沢民ら長老を慰問したと報じられた。
そして春節を翌日に控え、大みそかに当たる華やいだ11日、習と米大統領のジョー・バイデンの初めての電話協議がようやく実現…
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そして春節を翌日に控え、大みそかに当たる華やいだ11日、習と米大統領のジョー・バイデンの初めての電話協議がようやく実現した。公式ニュースを見た中国の一般国民の大半は大喜びだった。「バイデンからの丁重な『拝年』は吉祥である」。そう受け止めたのだ。
11日といえば、友人間では「吉祥新年、万事うまくいきますように」などという新年の挨拶のメールがやりとりされる。夜には国営放送による日本の紅白歌合戦に当たる派手な演出の歌謡・演芸番組を一家で楽しみながら、新年のカウントダウンに至る。夕食のうたげの頃、バイデンから電話があったと聞かされれば効果抜群だ。
2011年8月の訪中時、北京での歓迎式典に臨むバイデン米副大統領(当時、左)と中国の習近平国家副主席(同)=共同
祝賀動画は中国への配慮か
中国の人々がバイデンへの好印象を強めたエピソードがもう一つある。米国時間での旧正月元日というめでたい日に、バイデンが夫人のジルを伴ってお祝いを述べる動画を公開したのだ。その対象はまず米国に住むアジア系市民らだが、中国国営系メディアの関係者はミニブログで「中国に対する姿勢を示すものと広く受け止められている」と解説している。
根拠もある。バイデン夫妻が登場した今回の動画の背景の壁やソファが赤で、文様も中国風だ。一見して強い中国色が感じられる。元大統領のオバマによる過去の旧正月祝賀動画メッセージは星条旗をバックにした仕事部屋からのもので、映像的には平板だった。今回は工夫を凝らしている。
それでもバイデン夫妻の映像全体をつぶさに観察すると、中国共産党を想起させる赤での完全統一は微妙に避けた。バイデンは青みがかったネクタイを身につけ、夫人のジャケットも青系。なにより左後方には青と白が浮き立つ磁器の花瓶が配された。青は米民主党のシンボルカラーだが、孫文が唱えた「三民主義」を示す青赤白の「青天白日満地紅旗」に似た全体構図で、台湾の人々にもメッセージを送ったという解釈も成り立つ。旧正月を祝うのは中国大陸の専売特許ではない。
バイデン米大統領夫妻による旧正月を祝うメーセージ動画 の背景は中国風だったが…(バイデン氏のツイッターから)
では、バイデンから習近平への「お歳暮」はあったのか。バイデンは電話協議で、経済上の不公正な慣行に加え、香港への弾圧、新疆ウイグル自治区での人権侵害、台湾への威圧的行動などを特に厳しく糾弾した。中国公式報道はバイデン発言を詳しくは紹介せず、香港、新疆ウイグル、台湾などの諸問題について「中国の内政であり、米側は中国の核心的利益を尊重し、慎重に行動すべきだ」と反論した。文面を見る限り、かなり自重している。
中国にはもっと重要なことがあった。電話協議で春節祝いの言葉を受け取る形式こそが肝だったのだ。バイデンの大統領就任から時間が過ぎても米中トップ協議を設定できず、心配する声も強かった。皆が「米中関係は厳しい」と予想しているだけに、とにかく関係を壊すことなく、わずかでも和らいだ雰囲気を醸し出せれば十分、成功といえる。中国側はよりよい雰囲気の演出に心血を注いだ。
中国側はバイデン発言について「気候変動など幅広い分野での協力が可能だ」と紹介している。これで十分だ。あとは今後、時間をかけて、じっくり協力の枠組みを探ればよい。時間稼ぎができる環境は整った。
旧正月を祝う北京の街角の飾り付け(14日)=AP
2021年は共産党創設100年の大事な年であり、冒頭から米中が激突するわけにはいかない。一致点を明記できない欠点には目をつぶるしかない。それより表面上、「円満」にみえる米中電話協議の実現に価値があった。バイデンからの「お歳暮」の巧妙な演出には、中国のしたたかさとともに苦悩もにじむ。
2時間にわたったという電話協議の実際の雰囲気はどうだったのか。次の習の言葉から、おぼろげに浮かんでくる。「中国と米国が対抗すれば、両国と世界にきっと災難を及ぼす」。きつい表現だ。そちらがやる気なら、こちらにも考えがある。そんな脅しを含んでいる。
大失態の反省
習には過去に苦い経験がある。16年11月、同月の米大統領選でトランプが当選を決めて間もなく、習は機先を制して電話協議に踏み切った。根が「商人=ビジネスマン」のトランプは実利を武器にすれば簡単に落とせると甘く見たのだ。
ところがトランプは奇策に出た。その年の12月2日、次期米大統領として、台湾総統の蔡英文(ツァイ・インウェン)との歴史的な12分間の電話協議に応じた。電話口では蔡英文に「プレジデント(総統)」と呼びかけ、ツイッターで「台湾のプレジデントから大統領選の勝利を祝う電話があった。ありがとう」と報告した。中国においては1979年の米中国交樹立後、同国指導部の初めての大失態だと受け止められた。
習は中国時間の17年2月10日、大統領に就いたトランプと再度、電話協議し、ようやく「一つの中国」を確認した。ちなみに、この局面でも旧正月に絡む行事がかすがいの役割を果たした。同年2月1日、ワシントンの中国大使館で開かれた旧正月を祝うレセプションにトランプの娘、イバンカが娘のアラベラを連れて参加し、関係改善へのシグナルとしたのだ。しかしこれも長続きしなかったのはご承知の通りである。
習は16年の大失態を反省し、新任の米大統領との最初の電話協議こそが重要だと認識した。より早い米中協議の実現が望ましいが、焦ると主導権を相手に握られてしまい禍根を残す。中国側もかなり慎重になったのだ。
バイデン氏見下す「紅眼病」
バイデン絡みではもう一つ、後話がある。「バイデンは『紅眼病』か。中国のすごさに嫉妬しているんだ」。バイデンを紅眼病と蔑む書き込みが中国の交流アプリ上などで広まっている。
紅眼病とは中国の俗語だ。もともとは他人の稼ぎのよさに嫉妬する感情を、自嘲気味に表現した流行語だった。「改革・開放」後、成長の波に乗って一気に成功した「成り金」を無性にうらやむ複雑な気持ちを指す。世界でもっとも豊かな米国の生活への憧れ、移民熱も紅眼病の一種とされた。
ホワイトハウスで開いたインフラ整備に関する会合で発言するバイデン米大統領(11日)=AP
なぜバイデンが紅眼病なのか。米中電話協議の翌日、バイデンは冗舌だった。「私たちが動かなければ、彼ら(中国)に打ち負かされてしまう」。インフラ整備に多額の投資をする中国への警戒感と対抗心をあらわにしたのだ。
このバイデン発言は中国でも報道され、波紋を広げた。バイデンは大統領候補の一人にすぎなかった19年5月に「中国が米国を打ち負かすだって? 冗談はよしてくれ。彼らは悪い人たちではない。競争相手でもない」などと一蹴していたからだ。
それから2年もたたないうちに豹変(ひょうへん)したバイデンの姿に、中国の人々も目を見張った。「ついにバイデンも中国を見習わざるをえなくなったんだ」。自尊心をくすぐられ、まんざらでもない反応がある一方、気になるのは中国内部での攻撃的な意見だ。
「中国に打ち負かされる(eat our lunch)」いうバイデンの英語表現を中国語にじかに置き換えると「中国が我々の昼食を食べてしまう」になる。これを逆手にとった中国のネット市民らの表現は先鋭化している。
中国の国慶節を祝うレセプションで乾杯する習主席(2020年9月、北京の人民大会堂)=共同
「この100年以上、あなたたち米国はずっと他国の昼食を食べてきたではないか」「我々はまもなく(米)帝国のたそがれを見ることになる」
新型コロナウイルスへの対処の時間差もあって、米中の経済規模の逆転がそう遠くない未来に起こりうるとの予測が出始めている。激変があるならば、トップの考え方も劇的に変わらざるをえない。厳しい米中関係に落としどころはあるのか。バイデンが口にする「激しい競争」の行き先はなお見通せない。(敬称略)
中沢克二(なかざわ・かつじ)
1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員兼論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。
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