[FT]ユダヤ人差別問題が軽視される理由

[FT]ユダヤ人差別問題が軽視される理由
2冊の新刊書に反ユダヤ思想が横行する背景をひもとく
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『ユダヤ人を指す「yid(イード)」という言葉には明らかに軽蔑のニュアンスがあるのになぜ、禁句扱いされないのだろうか。英BBCが最近、T・S・エリオットの詩の朗読を放送した時、なぜ「ベデカーを携えたバーバンク」のなかの有名な驚くべき人種差別的なくだりを読み上げたのか。他のマイノリティーに対しては、たとえ芸術の名の下においても、そんな侮蔑を繰り返すことは考えられないのに。

ユダヤ人はなぜ、ダイバーシテ…

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ユダヤ人はなぜ、ダイバーシティー(多様性)やマイノリティーの問題に注目する人たちの監視の対象にならないのだろうか。ユダヤ人は宗教で分類されているが、だからといって無神論者のユダヤ人を迫害から免除すべきだと考える反ユダヤ主義者はいまだかつていない。ホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)が今も現代人の記憶に残っているにもかかわらず、左派の多くの人はなぜ、歴史上最も迫害された人種に属する人たちの恐怖を一蹴し、ユダヤ人に対する差別思想を他の偏見ほど重視せず、いわば第2級の差別と見なすのか――。

こうした疑問には、非常にシンプルなポイントと、深い傷が通底する。反ユダヤ主義が高まっているが、政治的な進歩派、つまり日ごろマイノリティーの体験に耳を傾ける必要性を強調し、本来は味方になるはずの人たちが、ことユダヤ人の問題となるとそうしたルールを保留しているようにみえる。それはどういうわけか。作家兼コメディアンのデービッド・バディール氏は短編の著書「Jews Don’t Count(ユダヤ人は考慮されない)」で問いかけている。

Jews Don’t Count (デービッド・バディール著)

この本は、確信的な反ユダヤ主義者や、そうした差別に無関心な人向けに書かれたものではない。進歩派を自認しながら、なにげない(また、そうでない)ユダヤ人差別に死角があるような人に向けられている。一見読みやすいが実は奥が深く、個人的な体験談と随所にきらめくバディール氏のウイットによって深刻さが和らげられている。

同氏の著書は、現代のユダヤ人差別について書かれた短編の新著2作の1つだ。フランス人ラビ(ユダヤ教指導者)のデルフィーネ・オルビルール氏もこの問題を取り上げ、ユダヤ人差別が英国以上に悪質で極端な形で出た国の視点から論じている。オルビルール氏の熟考は興味深いが、あまりにもラビ的で、説教じみている。だが、1つ、重要な金言がある。同氏は新著「Anti-Semitism Revisited(反ユダヤ主義再考)」で、この偏見の根底には「ユダヤ人は、あまりに同じで、あまりに違う」という点があるという。とがりすぎていて溶け込めず、十分に同化しないというのだ。

ジェレミー・コービン前党首の下の英労働党内の反ユダヤ主義をめぐる論争に特に苦しめられたユダヤ系英国人は、バディール氏の著書を共感と絶望が入り混じった気持ちで読むだろう。労働党の問題が持ち上がって以来、人々のユダヤ人差別に対する関心は高まった。だが、暴言や暴力が増えているなかで、ユダヤ人がこの問題への対処をどれほど声高に大声で叫ぶ必要があったか、いかに多くの人が問題を前にただ肩をすくめてきたか、ということを考えると愕然(がくぜん)とさせられる。

なぜ善良な人が気に掛けないのか

Anti-Semitism Revisited (デルフィーネ・オルビルール著)

バディール氏が問うのは、なぜユダヤ人差別が存在するかということよりも、なぜ善良な人が気にかけないのかという点だ。ここでバディール氏はオルビルール氏に通じる領域に入る。疑問を解くカギは、ユダヤ人は社会的・経済的に不遇であるとか、疎外されているとはみられていないことだ。ユダヤ人は典型的には金持ちの資本主義者と描かれる。また人権活動家が扱うには「(肌の色が)白すぎる」。これはユダヤ人が社会正義を唱える活動家の興味の範疇(はんちゅう)に入らないことを意味する。こうした活動家は人種差別を階級の概念としてとらえ、擁護するには経済的または社会的に不利な状況に置かれている必要があると考えるからだ。

こうした進歩派にとっては、「被害者の経験を擁護することで手に入れられる勝利が存在せず、それがさりげない――それも無意識の――除外につながる」とバディール氏は書いている。人種差別と戦う使命は、差別の被害者のニーズではなく、活動家の政治的大義に合う形にすり替えられてしまう。

この点について、バディール氏は「シュレーディンガーの白人」なる概念を持ち出す。ユダヤ人は白人であり、白人でない。大半のユダヤ人は白色人種として通り、「金持ち」であるため、白人の特権を享受する。この洞察を誰かが白人至上主義者に忘れずにシェアしてくれたらよかったのだが。

人種差別の被害者の大半は劣った人たちとして見下される。だが、ユダヤ人は見下されると同時に、裕福で、力を持った邪悪な勢力、つまり内なる敵として描かれる。アウシュビッツを生んだレトリックに通じる。この偏見が、進歩派の死角をあらわにする。ユダヤ人は力を持っている、だからあえて守る必要はない、というわけだ。極左の一部がユダヤ人による陰謀論に加担することすらある。

地位に関係ないユダヤ人差別
これこそが反ユダヤ主義問題の最も鈍感なところだ。反ユダヤ主義は、地位がほとんどものを言わないという奇妙な特質を持つのだ。ユダヤ人差別に対する現代の恐怖の基準点となるホロコーストについて、ユダヤ人自身、多くのユダヤ系ドイツ人の成功や、社会への溶け込み、尊敬される地位は彼らを救う役には立たず、逆に攻撃材料にされたと見ている。

フランスで反ユダヤ主義に抗議するデモ参加者。「我々は、反ユダヤ主義、イスラム嫌悪、人種差別を名乗らない」と書いたプラカードを掲げている=ロイター
ここには、もちろん、左派の看板大義であるイスラエルに対する怒りが包含されている。だが、この点については、イスラエル支持者ではないバディール氏は明快に切り返す。パレスチナ問題は英国におけるユダヤ人差別を正当化する理由にはならず、立派な大義は人種差別を正当化しない、というのだ。

バディール氏の議論はすべてが首尾良く着地しているわけではない。同氏は、トランスジェンダーの役にトランスジェンダーの俳優をキャスティングしない(もしくは、黒人やアジア人が演じる役に白人を起用しない)映画に文句を言う多くの人が、なぜ、漫画風のステレオタイプとして描かれるユダヤ人の役を非ユダヤ人が演じることを何とも思わないのか、と問うている。

バディール氏も、ユダヤ人は必ずユダヤ人によって描かれなければならないとは思っていないと認める。だが、けんかをする時はけんかを選ばなければならない。映画やドラマへの出演では、ほかのマイノリティーの方が大変な思いをしている。バディール氏はここでダブルスタンダード(二重規範)に陥っている。T・S・エリオットの詩に関する議論と同様、文学を検閲することは議論されしかるべきだが、公平な競争の舞台を願うのはもっともなことだ。

その人たちの懸念が無視されているとは到底言えないコミュニティーが特別な要求をしているという批判もありえる。また、緊急性に序列をつけることは、人種差別に序列をつけることを意味しないということも可能だ。世の中にはユダヤ人差別よりも差し迫った問題がある。筆者は英ロンドンで暮らしてきた過去50年間で、理由なく警官に呼び止められたことは1度しかないが、平均的な黒人は異なった体験をしている。

だが、バディール氏はこの点を認識している。「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命は大切だ)」運動の焦点を支持すると同時に、歴史のなかでは、折々に一部の闘いが前面に出るのは当然であり、実際に前面に出ると指摘している。同氏が訴えているのは、ひとえに平等なアウェアネス(認知・気づき)だ。

筆者自身、中立とは言えない立場だが、この簡潔で皮肉が効いた本の読者は、世間で受け入れられている反人種差別の対策が、歴史上最も迫害された人種・民族の1つであるユダヤ人に関しては、あっさり捨てられていることに憤りを感じるはずだ。

ひとつ心配があるとすれば、本著が主にユダヤ人に読まれ、本来読むべき人に読まれないことだ。これは進歩派、自称人種差別反対論者、そしてダイバーシティーやアウェアネスについて教える人たちの必読書であるべきだ。これらの人の座右の書になったなら、バディール氏は素晴らしい貢献を果たしたことになる。そうならなければ、自説の正しさが証明された暗い満足を得る結果になるだろう。

「Jews Don’t Count」(デービッド・バディール著、ウィリアム・コリンズ出版、希望小売価格9.99ポンド、全144ページ)

「Anti-Semitism Revisited: How the Rabbis Made Sense of Hatred」(デルフィーネ・オルビルール著、デービッド・ベロス訳、マックルホース・プレス出版、希望小売価格12.99ポンド、全140ページ)

By Robert Shrimsley

(2021年2月4日付 英フィナンシャル・タイムズ電子版 https://www.ft.com/

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ロバート・シュリムズリー
Robert Shrimsley 英政治について毎週火曜日と週末に出るFT weekend magazineに論評を執筆。以前は、英政治担当の筆頭記者、ニュース担当デスク、FT電子版編集長を務めていた。

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