このままでは勝てない パナソニック、持ち株会社化へ

このままでは勝てない パナソニック、持ち株会社化へ
苦闘パナソニック(1)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOHD264S70W1A120C2000000/

 ※ 『コロナによる出張抑制など経費削減の効果は想定以上に出た。津賀は「普段の無駄が多いからだ」と憤る。事業部は34。自分たちが収益悪化しても他がカバーしてくれる。緊張感が欠如する事業部を、支出を気にしない高所得者層の家庭になぞらえ、「家計簿をつけていない」と役員会などで繰り返し注意を促した。』

 ※ 『持ち株会社化の推進に心変わりした背景には19年5月に公表した経営方針への社外の失望もあった。「本当に成長できるのか」。空調や照明などを組み合わせ、快適な空間を提案する事業などを基幹事業に据える方針には厳しい声が相次いだ。方針策定の中心となったアナリスト出身で最高戦略責任者の片山栄一とともに批判にこたえる解を模索した。たどり着いたのが不採算事業を「見える化」し撤退と攻めを明確に判断できる持ち株会社化だった。』

 ※ 『グループ幹部が議論を戦わせることから「G戦」と呼ばれるグループ戦略会議で、20年春から持ち株会社化を議題とした。「コロナで大変な時期にやることか」。担当事業を守りたい幹部間でも意見は割れた。業を煮やした津賀と片山は利害関係のない社外人材が約半分を占める取締役会に議論の場を移し退路を断った。これが津賀の後任人事とリンクする。』

 ※ これも、「コロナ禍」の波及効果の一形態と見ることも、できるだろう…。

 ※ 『業を煮やした津賀と片山は利害関係のない社外人材が約半分を占める取締役会に議論の場を移し退路を断った。』という部分からは、「社外取締役」制度の一定の効用も、見て取れるな…。

『「これが駄目なら次の事業、それも駄目ならその次では勝負にならない」。2020年11月27日、パナソニック社長の津賀一宏は東京ミッドタウン日比谷(東京・千代田)で組合幹部と向き合っていた。2週間前に社長交代と22年4月の持ち株会社化を発表したばかり。厳しい言葉で変革に向けた覚悟を求めた。

「まさか生煮えで発表するとは……」。傘下に車載電池など8つの事業会社をぶらさげる持ち株会社化の発表に、その議論の過程を知る中…

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傘下に車載電池など8つの事業会社をぶらさげる持ち株会社化の発表に、その議論の過程を知る中堅社員は驚いた。詳細を細部まで決めてから発表するのが同社の流儀だからだ。非中核とされた事業の扱いや賃金制度など具体的な肉付けはこれから。「どう変わるんや」。取引先の不安を代弁し、関西地盤の国会議員からも問い合わせが舞い込んだ。

「製造業でうまくいった会社はほとんどない」。津賀は持ち株会社化には懐疑的だった。だが新型コロナウイルス禍で米テスラと共同運営する米国の車載電池工場やマレーシアの主力家電工場が相次ぎ休止……。在宅勤務中に入る報告は深刻なものばかり。「うちは固定費が大きい。売り上げ減は利益を直撃する」。赤字転落も覚悟した。

コロナによる出張抑制など経費削減の効果は想定以上に出た。津賀は「普段の無駄が多いからだ」と憤る。事業部は34。自分たちが収益悪化しても他がカバーしてくれる。緊張感が欠如する事業部を、支出を気にしない高所得者層の家庭になぞらえ、「家計簿をつけていない」と役員会などで繰り返し注意を促した。

持ち株会社化の推進に心変わりした背景には19年5月に公表した経営方針への社外の失望もあった。「本当に成長できるのか」。空調や照明などを組み合わせ、快適な空間を提案する事業などを基幹事業に据える方針には厳しい声が相次いだ。方針策定の中心となったアナリスト出身で最高戦略責任者の片山栄一とともに批判にこたえる解を模索した。たどり着いたのが不採算事業を「見える化」し撤退と攻めを明確に判断できる持ち株会社化だった。

グループ幹部が議論を戦わせることから「G戦」と呼ばれるグループ戦略会議で、20年春から持ち株会社化を議題とした。「コロナで大変な時期にやることか」。担当事業を守りたい幹部間でも意見は割れた。業を煮やした津賀と片山は利害関係のない社外人材が約半分を占める取締役会に議論の場を移し退路を断った。これが津賀の後任人事とリンクする。

発表2週間前の10月30日夕、津賀は社内に悟られないようにウェブ会議システム「チームズ」で横浜市の事業所にいる楠見雄規を呼び出し、社長交代を告げた。「持ち株会社なら私はふさわしくない」と楠見は一瞬たじろいだ。現場にこだわるタイプだからだ。「今と同じスタンスでいい」。研究所の後輩でもある楠見に受諾を促した。以前から津賀の意中の人物とされる。「怖い」という社内評も「人に嫌われる決断ができる」と映る。

津賀はプラズマテレビなど不採算事業を整理する一方、日本マイクロソフト元社長の樋口泰行ら外部人材を登用し改革を進めた。だが投資を重ねた車載電池などは見合った利益を上げていない。時価総額はソニーの4分の1以下。交代会見では「収益を伴った成長は難しかった」と振り返った。

パナソニックは通例2月に次期社長を発表する。前年11月という異例の発表となった裏には津賀のじくじたる思いがある。「役員人事は事前に決まり、やるべき政策さえも同じだ」。12年、社長就任時に感じたのはやりにくさだった。前任者が敷いたレールの軌道修正に時間を割かれたが「今はそんな余裕はない」。現在、次期社長の楠見主導で事業会社のトップを含む人選が進む。

津賀は18年にも交代を模索していた。創業100周年を迎え、前任の大坪文雄、その前の中村邦夫も退いた在任6年に並んだ。18年3月期に久々の増収増益となり、周囲に退任意向を示したが慰留された。この後に業績は失速。好業績を花道にできなかった。「会社を変える」と公言してきた津賀は志を遂げる道半ばで退場する。

9年続いた「津賀改革」でも成長できなかったパナソニック。苦闘が続く姿に迫る。(敬称略)