「核なき世界」遠く、新型兵器の開発競争止まらず

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN040IG0U1A200C2000000/

『【ワシントン=中村亮、モスクワ=小川知世】米ロ両政府は3日に核軍縮条約の延長に合意したが、核の脅威が一気に後退するわけではない。米ロは条約を順守しつつ新型兵器の開発や既存兵器の改良を推進。中国は核弾頭数を今後10年間で倍増させるとの予測があり軍拡競争の懸念は拭えない。バイデン米大統領が盟友のオバマ元大統領から引き継いだ「核なき世界」の理想にはほど遠い。

「制御なき核競争は全ての者を危険にさらす」。ブリンケン米国務長官は3日の声明で、新戦略兵器削減条約(新START)を失効させた場合のリスクをこう強調した。新START延長の効果は冷戦期のような米ロの軍拡競争の抑止だけではない。世界の核弾頭の9割を保有する米ロに核開発の制約がなくなれば他国に非核化や軍縮を迫る正当性が薄れ、核不拡散体制が一段と弱体化する恐れがあった。

核軍縮を重視するバイデン米大統領に新STARTの単純延長以外の選択肢はなかった。政権発足からわずか2週間後の今月5日に条約の期限切れが迫っていたからだ。中国の軍縮参加を棚上げしたり、核兵器の制限対象の拡大を見送ったりしたのはやむを得ない面があった。

一方、延長期間を5年間とした点に疑問の声が出ている。共和党のジム・リッシュ上院議員は「延長期間が長いほどロシアが今後の軍縮協議に応じるインセンティブがなくなる」と批判した。新STARTは2026年まで延長が決まり、バイデン政権の1期目に期限切れを迎えない。バイデン氏にとって、中国を交えた新しい核軍縮の枠組み構築などは優先度が下がる可能性がある。

ロシアは新STARTが単純延長となり「外交上の大きな成功」(リャプコフ外務次官)と評価する。経済力で米中に圧倒的に劣るロシアにとって核戦力は安全保障政策の要であるだけでなく、「大国」を誇示する数少ないよりどころでもある。際限のない軍拡競争に臨む財政余力も乏しく、米国との核軍縮条約の維持が重要だった。

新STARTを延長しても軍拡競争の流れは大きく変わりそうにない。

米国ではオバマ政権が核軍縮を提唱しつつ、30年間で1兆ドルを投じる核兵器の近代化計画を進めた。条約に従って兵器の保有や配備数が減っても、それぞれの兵器の性能を高めて核抑止力の維持を目指す。米国は陸海空で核兵器の使用態勢を整えており、各領域で兵器の新規開発や改良、更新が進む。計画は超党派の支持を得ており、トランプ政権を経てバイデン政権も大枠を維持する見通しだ。

米海軍は20年、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)に搭載する小型核を実戦配備したと明らかにした。同型の兵器を改造し、威力を大幅に低下させた特徴がある。敵基地や戦闘地帯に対象を絞った攻撃が可能となり、一般市民への被害を抑えるという。米軍は敵が核使用の脅威を感じやすくなり抑止力が高まると効果を説明するが、核使用のハードルが下がるとの批判も根強い。

ロシアも核兵器の近代化を急いでいる。プーチン大統領は18年の年次教書演説で大々的に新型核兵器の開発を披露した。米国のミサイル防衛網に対抗して迎撃が難しいとされる極超音速兵器の開発を進め、19年末に極超音速弾頭「アバンガルド」を配備した。20年10月には潜水艦などに配備予定の極超音速巡航ミサイルの発射実験に成功したと発表した。

米ロの核軍縮交渉の裏で核兵器の増強を進めるのは中国も同じだ。米国防総省は20年9月に発表した報告書で、中国が200発を超える核弾頭を保有し、今後10年で倍増させるとの見通しを示した。中国軍が大陸間弾道ミサイル(ICBM)など米本土を攻撃可能な核戦力を急拡大。米ロと同様に陸海空で核兵器の使用態勢を構築しつつあるとみる。

「広島と長崎の惨事が繰り返されないよう、核兵器のない世界に近づくよう取り組む」。バイデン氏は20年8月、広島への原爆投下から75年目の節目に合わせた声明でこう力説した。ただオバマ氏が「核なき世界」を提唱した09年に比べて中国は軍事力を大幅に向上させ、ロシアを含めた大国間競争は激しくなるばかりだ。元ホワイトハウス高官は「スローガンを掲げても実行することが一段と難しくなっている」とみる。』