中国「第2海軍」の法律戦 習近平氏の権力闘争透ける

中国「第2海軍」の法律戦 習近平氏の権力闘争透ける
編集委員 中沢克二
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『「(中国の)軍、武装警察(武警)ばかりか海警局まで直接指揮できるような『集中統一指導』は、習近平(シー・ジンピン)主席が自ら指示してきた闘争に継ぐ闘争の末、勝ち取った。それがようやく完成しつつある」

中国の政治、行政機構に詳しいある研究者は、いわば権力闘争のたまものとしての権限集中に注目する。2月1日の中国海警法の施行で波紋を広げている中国海警局の成り立ちも権力闘争と無縁ではないという指摘は極めて…

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中華人民共和国の警察
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E8%8F%AF%E4%BA%BA%E6%B0%91%E5%85%B1%E5%92%8C%E5%9B%BD%E3%81%AE%E8%AD%A6%E5%AF%9F

中国人民武装警察部隊
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E4%BA%BA%E6%B0%91%E6%AD%A6%E8%A3%85%E8%AD%A6%E5%AF%9F%E9%83%A8%E9%9A%8A

「(中国の)軍、武装警察(武警)ばかりか海警局まで直接指揮できるような『集中統一指導』は、習近平(シー・ジンピン)主席が自ら指示してきた闘争に継ぐ闘争の末、勝ち取った。それがようやく完成しつつある」

中国の政治、行政機構に詳しいある研究者は、いわば権力闘争のたまものとしての権限集中に注目する。2月1日の中国海警法の施行で波紋を広げている中国海警局の成り立ちも権力闘争と無縁ではないという指摘は極めて興味深い。

ICPO総裁だった孟宏偉氏(18年5月)=ロイター

どういう経緯があるのか。まずカギを握る人物を紹介したい。国際刑事警察機構(ICPO)のトップとして中国が送り込んだ孟宏偉である。国際犯罪防止を目的に世界各国の警察機関によって組織された機関の総裁だったにもかかわらず、ある日、突然、帰国中だった中国で行方不明になり、最後は汚職などの罪で懲役13年6カ月の刑に処された。

 海警局トップだったICPO総裁が最後は失脚

国際常識からかけ離れた中国独特の手法が浮き彫りになった事件の主人公には、あまり知られていない過去の経歴がある。2013年、まず政府組織として立ち上がった中国海警局のトップに就いたのだ。警察組織を管轄する公安省の次官との兼務であり、当然、出身母体の権益を守る使命も帯びていた。

孟宏偉は16年、海警局局長の身分を保ったままICPO総裁としてフランスに赴任する。しかし17年12月になって兼任していた海警局局長を解任された。

ポイントは時期である。同じ頃、軍や武装警察では大変な事態が進行していた。軍では中央軍事委の委員だった上将2人が失脚している。連合参謀部参謀長だった房峰輝と、同政治工作部主任だった張陽である。張陽は自殺にまで追い込まれた。これに先立ち武装警察の指揮をとる司令員としての経歴が長い上将も失脚し、断罪された。

注目したいのは、この一連の劇的なドラマが従来、2期10年までとしていた国家主席の任期制限を撤廃した憲法改正と同時に進行した経緯だ。既に再編を終えていた軍に続いて、武警と海警の完全掌握は、習の権力固めにとって極めて重要だった。

迷彩服姿の習近平国家主席(16年4月、中国の国営中央テレビの映像から)

18年に入ると全てが一変した。1月初め、中央軍事委の事務部門がある北京の「八一大楼」で習近平は武警部隊のために設計した「武警旗」を自ら授与した。国務院(政府)との共管だった武警は、習がトップを務める中央軍事委だけの指揮を受けることになった。

時を同じくして党・政府の機構改革案が発表され、海警が武警に組み込まれることが固まった。国務院の下にあった国家海洋局が管理してきた海警は姿を変えた。海上の法執行でも習→中央軍事委→武警→海警局という一本化された指揮命令系統になった。

 伏線は「新四人組クーデター」

習近平がここまでこだわった伏線は12年と13年にある。12年の出来事は、秋の共産党大会で習が党トップに就く際の権力闘争に絡んでいた。内部からリークされたいわゆる「新四人組クーデター」である。

12年の共産党大会の際は真っ黒な髪だった周永康氏㊧と、15年に中国の国営中央テレビに映った白髪姿で法廷に立つ同氏

武警を動かす権限を持っていた当時の最高指導部メンバーである周永康、重慶市トップだった薄熙来、軍制服組トップ級だった徐才厚、党中央弁公室主任だった令計画らが組み、習政権誕生を阻もうとしたというのだ。

この時、クーデターの成否のカギを握っていたのが、軍に準じた実力武装組織である武警だった。国務院と中央軍事委による二重の指揮体制だったが、実質的に党の政法委員会を牛耳る実力者、周永康の胸三寸だったとされる。

この時、絶大な力を持っていた周永康の庇護(ひご)の下、孟宏偉は出世の階段を駆け上がり、海警局トップになる。だが、その周永康が習近平の「反腐敗」運動で失脚し、海警局が中央軍事委の指揮下に入ると孟宏偉の運命も暗転する。

今や海警は人事上も軍の指揮下にある組織であることが明確だ。公安省出身の孟宏偉は海警局トップの地位から追われたばかりか、とらわれの身となり、その地位には東海艦隊副参謀長だった海軍出身の少将、王仲才が就いた。

中国海警局の艦船(「微信」の公式アカウントから)=共同

一連の措置を通じて習近平がこだわってきたのはあらゆる面でのトップの権限強化だ。中心に据えたのは中央軍事委主席が持つ軍権である。武装警察、海警を含めて自らトップを務める中央軍事委が直接、指揮する形に変えた。

この流れを見ると、先に紹介した「新四人組クーデター」封じ込めを狙った汚職撲滅運動の究極の目的は実力組織を自在に動かすための大胆な組織改革にあったのではないか。やみくもに号令をかけても既得権を持つ組織は必ず抵抗する。そこで抵抗の核になりかねない重要人物を一人、また一人と潰していった。

 中国が仕掛ける「法律戦」

習近平が共産党トップに就いて以来の権力闘争は8年以上の時を経て予想もしない形で周辺国の安全保障に影響している。問題は軍、武警、海警をまとめて掌握した習政権がいかなる対外姿勢をとるのかだ。

習にとって社会学でいうところの「暴力装置」が政治権力の源泉なら、抑制的な運用にはなりにくい。しかも中国は新たに法律を整備すれば、時期は別にして必ず何らかの形で使ってくる。それが法律を管轄する部門の利益でもある。

そもそも習は昨年、対外問題に関わる法整備の加速を指示していた。その最初のケースとして成立・施行された海警法は、中国側が一方的に設定した「管轄領域」での法執行という法律戦の武器である。

新造の中国公船は既に1万㌧級に大型化している。76㍉までの機関砲など武器を搭載し、ヘリコプターの発着も可能だ。中央軍事委による指揮系統をみても有事の際には海軍を補完する「第2海軍」の役割を担うのは間違いない。

沖縄県・尖閣諸島久場島北東の接続水域内を航行する中国海警局の海警2506(奥)と、並走する海上保安庁の巡視船かとり(13年)=共同

海警法は違法に領海などに入った外国船が命令に従わない場合、武器の使用を認め、島しょなどに外国が造った建築物も強制排除できるとした。威嚇効果は抜群だ。

沖縄県の尖閣諸島に関しては、領海内に繰り返し侵入できる実力を世界に見せつけることで事実上、日本による実効支配を崩そうともくろむ。

日本の漁船が(中国が主権を主張する)敏感な海域に入るから中国公船が法執行するだけであり、互いにやめようではないか――。昨年11月、来日した国務委員兼外相の王毅(ワン・イー)は攻勢をかけた。

日本側がうっかりのめば、いわば「共同管理」を国際的に印象付けようとする中国のワナにはまってしまう。王毅の主張は、武器使用を明確化した今回の海警法施行を見据えた布石でもあった。法律戦を駆使した「力による現状変更」という圧力は今後、強まることはあっても弱まるという期待は抱けない。(敬称略)

中沢克二(なかざわ・かつじ)
1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員兼論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。