ミャンマー国軍、中国背景に強気 バイデン米政権に試練

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『ミャンマーで1日未明に起きた国軍による権力掌握は、20年ぶりの総選挙を実施した2010年以来の民主化に逆行する暴挙として国際社会から強い批判をあびる。だが、ミャンマーへの影響力を高めようとする中国の存在や同国内の政治闘争を考慮すれば、必然的に起きたクーデターだとも捉えられる。民主主義の回復を公約の1つに掲げてきたバイデン米政権は発足早々、対応が試されている。

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電撃的なクーデターから一夜あけた2日、首都ネピドーや商都ヤンゴンは平穏さを取り戻しつつあった。インターネットや携帯電話の通信は復旧し、銀行やスーパーも営業を続けた。ネピドーは、連邦議会議事堂の周辺などに装甲車が配備されていたが、主要省庁には特別な警戒がなかった。民主化運動家によるSNSを通じた呼びかけに応じ、抗議の意を込めて金属鍋をたたく音は聞かれたが、市中に混乱は見られない。

アウン・サン・スー・チー氏が率いる国民民主連盟(NLD)が2015年の総選挙で地滑り的な勝利を果たし、政権を握ってから5年。NLDと国軍の間は常に緊張していた。スー・チー氏側が国軍側に譲歩することはあったが、それは融和でなく、政治的な戦術だとみられていた。

国際社会ではかつてスー・チー氏をノーベル平和賞を受賞した「人権擁護者」とみる向きが多かった。だが、国軍が17年、ミャンマー西部ラカイン州から少数派のイスラム教徒である75万人のロヒンギャを追放すると、スー・チー氏は国軍を擁護した。人権運動家は(スー・チー氏が)人道に対する罪を犯したと激怒し、同氏を「堕天使」として扱うような論評も近年では目立っていた。

実際、スー・チー氏は社会正義よりも法と秩序を重視する。暗殺された独立運動の英雄アウン・サンの娘として育ち、父親の後を追い、国家のリーダーとなる目標に固執していた。

現実主義の側面を持つスー・チー氏だが、国軍との間の溝は20年11月の総選挙(上下両院選)で決定的となった。NLDが議席を伸ばす一方、国軍系の野党、連邦団結発展党(USDP)は屈辱的な大敗を喫した。国軍総司令官としての任期切れが迫っていたミン・アウン・フライン氏は、スー・チー氏が(事実上)指名する大統領の下で副大統領として仕えるという選択肢もあったが、それを望んでいなかったのは明らかだった。

政治的緊張を抱えていたミャンマーは地政学上の要衝でもある。中国とインドの間にあり、地域大国がひしめきあうなかで重要な位置を占める。中国にとってミャンマーは東南アジアや南アジアへ抜ける足がかりとなる国でもある。西側がかつてミャンマー軍政への制裁を続けていた際にも軍の装備を提供し、「親しい友人」であり続けた。フライン氏も頻繁に中国を訪問し、緊密な関係を築いてきた。

そのため、中国に事前通告せずにミャンマー国軍がクーデターを起こしたはずがないと多くの専門家はみている。中国の王毅(ワン・イー)国務委員兼外相はわずか数週間前の1月にミャンマーを訪問し、フライン氏、スー・チー氏とそれぞれ会談した。これは重要な意味を持つ。関係者によると、フライン氏は20年の総選挙における不正行為(の可能性)について不満を漏らした。王氏は、ミャンマー国軍が「正当な役割を果たし、国に積極的に貢献すべきだ」と答えたという。

一方、ミャンマーの政変は米国にも大きな意味を持つ。バイデン米大統領は早速、「(民主化の)後退によって、制裁を再び検討することが必要になるだろう」と指摘した。

バイデン氏は米国で起きた連邦議会議事堂の占拠事件を受け、民主主義の回復を公約の1つに掲げる。米外交問題評議会(CFR)シニアフェローのジョシュア・カーランティック氏は「ミャンマーへの対応はバイデン氏の実力が試される最初の課題になる」と指摘している。

米国が対ミャンマー制裁に踏み切れば、逆効果が生じるという意見もある。取材に応じたミャンマーの歴史家タン・ミン・ウー氏は「制裁は(ミャンマー国内の)改革を遅らせ、民主化への歩みを弱めかねない」と懸念する。

それでも、米国はミャンマー関与を続けざるを得ない。バイデン氏は米国家安全保障会議(NSC)の(新設ポスト)インド太平洋調整官にカート・キャンベル氏を任命した。キャンベル氏は(バイデン氏が副大統領を務めた17年1月までの)オバマ政権時代に国務次官補(東アジア・太平洋担当)を務め、ミャンマー民主化の立役者として活躍した人物だ。

シンガポールのビラハリ・カウシカン元外務次官は「ミャンマーを孤立させることは無益で、その事実や中国との競争を考えると、戦略的に対応することの重要性をキャンベル氏は認識している」と指摘する。

(バンコク=グウェン・ロビンソン、ヤンゴン=新田裕一、トムソン・チャウ)

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